第119話 ~ 異変 ⑥ ~
第119話 ~ 異変 ⑥ ~
序章
マノンが王都を旅立って3日が過ぎた、ルメラ達の補修授業もレナのレポート作成も終わりを迎えているのであった
迎賓者寮のリビングではルメラ達4人とエレ-ヌ、レナの6人がいつものように午後のティー・タイムを楽しんでいた
「そういや、ここ数日マノンの野郎の姿が見えないよな」
ハーブティーを啜りながらルメラが呟く
「また、誰かさんと温泉にでも行ってるのかもね」
エレ-ヌがもっともらしい事を言う
「ハハハハハ……」
6人が呆れたように笑うと……沈黙した重苦しい空気が漂う
「誰か……マノンの事、何か知ってる……」
重苦しい空気を打ち消すようにレナが言うと他の5人に目をやる……
「誰も知らないようね……」
レナがそう言うと皆が黙り込む
再び漂い始めた重苦しい雰囲気の中でルメラがハーブティーを啜る音だけがする
そんな状態が数分間続いているとルシィがそこに入ってくる
まったく事情の知らないルシィは異様な雰囲気に少し戸惑いながらも話しかける
「どうしたのですか……」
息が詰まるような異様な雰囲気に何かあったのかと心配したルシィの問いかけに
「……ここ数日、マノンの姿が見えないから……」
「また、誰かと温泉にでも行ってやがんだなって……」
ルメラが少し嫌そうに言う
「あ~あ~」
「皆さん知らないんですね」
なにかしっているようなルシィの口調に6人の視線が集中する
「マノン……いえ、大賢者様は誰かさんと温泉なんかに入ってませんよ」
そう言うとルシィはマノンがピオ-ネ山脈に用があって出かけていると説明をする
「なんだ……そうか……」
ルメラが納得したかのように言うと他の5人もスッキリとした表情になったのを確認したルシィはこれ以上の説明は不要と考え詳しい事は説明はしなかった……
その方が良いと判断したからであった
ルシィにしてみれば本当の理由を話すと余計に話がややこしくなる危険性を本能的に避けたと言った方がいいかもしれない
王立アカデミ-ではいつもと変わらない生活と時間が流れているのであった
マノンと爺が命を賭けてでも守ろうとしたのはこういった、いつもと何ら変わりはない人々の日常なのである
昨日と同じ今日、今日と同じ明日、当たり前が当たり前であることのありがたみはそれが失われて初めて気が付くものなのである
大賢者の持つ普通でない超常の力は、何でもない普通の日常を守るためにあると言っても良いのである
その頃、マノンと爺はイスパニア王国の王都トレリアで足止めを食らっているのであった
第119話 ~ 異変 ⑥ ~
イスパニア王国の王都トレリアが封鎖されたのは"解呪の儀式"を執り行うためである
だが、マノンと爺はその事を知らないので慌てるのは無理も無い事であった
「どうしよう……」
「門が閉ざされているから外に出れないね」
私が困ったように言う
「仕方がないじゃろう」
「門が開くまでゆっくりとしていくことにするか」
「儂は少し出かけてくる」
そう言うとパックは部屋の窓から飛び立っていた
"行っちゃった……"
"どうも、疲れているみたいだし……"
"爺の言う通り、今日はゆっくりしていよう"
私はそう呟くとベットに寝転んだ
その頃、パックは大神殿アンダルーサに向かって飛んでいた……
爺には大神殿アンダルーサの3女神像に気になる事があったからだった
残り少ない魔力を発動しパックは姿を消すと大神殿アンダルーサに入り込み3女神像の前に辿り着くと3女神像の一体"デルメア"の頭の上に降り立つ
"ワシの予想では……おそらく……"
"一度、試してみるか……"
そう呟くと爺は微量の魔力を女神"デルメア"の像に流し込んでみる
"なるほど……そういう事か……"
女神"デルメア"の像の胸の谷間に魔法式が浮かび上がる
その次に残りの2体の女神像"ミネルア"と"ルノン"二も同じように微量の魔力を流し仕込むと同じように胸の谷間に魔法式が浮かび上がる
"やはり、この像は南側の遺物のようじゃの……"
"転送ゲートの制御装置かなんかかの……"
爺にもこの像が何なのか詳しい事はよく分からなかった
パックは魔法式と同じように女神像の胸の谷間に浮かび上がった文字列をジッと見ている
"なんか……照れるの……"
爺は女神像の胸の谷間をジッと見ている自分が少し恥ずかしくなる
そして、暫くすると再び魔術を発動して姿を消すとマノンのいる宿に向けて飛び立つのであった
その頃、ベッドに寝転がったマノンは自分の体に異変がある事に気付き始めていた
"何だか体がだるいし火照っているような感じがする"
"この感覚って長湯した時と同じような感じだな"
"魔力変換炉室の中心に長くいたのが悪かったのかな"
"確か、爺もそんなこと言ってたし……"
マノンがいろいろと考えているとパックが帰って来る、ベッドに寝転がっているマノンを見た爺は驚く
「どうしたのじゃっ!」
「顔が真っ赤じゃ!!」
ベッドに臥せっているマノンを見て爺が心配して問いかける
「何だか……体だるいのと火照っているような」
「長湯しすぎて湯あたりしたような感じ……」
私は力なく答える
「魔力変換炉室で高濃度の魔力に曝されたらの」
「命に別状はないとは思うが……」
「魔法工房に帰ったら検査してみた方が良さそうじゃな」
爺はそう言うとパックが私の枕元に飛んでくる
「疲れているところ悪いが……」
「ちと、魔法の書で調べて欲しい事があるんじゃが」
そう言うとパックは窓際にある小さな机の上に飛んで行くと降り立ち備え付けられている木の板(紙の代用品)に黒炭のペンで南側の文字を書き始める
私は、ベッドから起き上がると店で買ったリュックサックに仕舞い込んである魔法の書を取り出して文字の意味を調べる
オウムの爺が書いた文字は下手で読むのに苦労したが、調べた結果は……
"デルメア"の文字は"真ん中の街"……"ミネルア"の文字は"東の街"……
"ルノン"の文字は"西の街"……という単純な単語の組み合わせであった
どうやら……転移先を意味しているようであった
この事を知った爺は少し考え込む
「……上手くいけば、魔力変換炉の遺構に転移できるかもしれぬ」
「お前さんの体の事も心配じゃし」
「転移ゲ-トのある村は不穏なようじゃし、門も閉じており外へ出れん」
「一度試してみる価値はあると思うがの……」
モノがモノだけに爺も自信はなさそうだ
「一度試してみる……のもいいかもね」
私は爺の提案に同意した
夜も深くなると、私は魔装服に着替えリュックサックを背負いパックを肩に乗せると部屋を静かに出る……
前金制度の宿なので支払いは既に済ませてある、宿を出た事を受け付けの連絡板に書くと認識疎外の魔術を発動する
後で知ったことだが、イスパニア王国は豊かなガリア王国とは違い治安が良くない、その為に食い逃げや無銭宿泊を避けるために先払いなのだそうである
おそらく、街全体が何処となく荒んだような感じがしたのはその為なんだろう……
宿で体を休めたので少し体のだるさは軽減されていた、こんな状態でも不思議と魔力は回復しているのが自覚できる
大神殿アンダルーサの門は開いており簡単に入り込む事が出来た
神殿の奥の3女神像が祭られている聖堂に入ると人がいないか辺り見回す、祭壇の前に作られた舞台も財宝などの供え物もそのままなのに誰もいなく見張りの者すらいなかった
「誰もいないね……」
不審に思った私が爺に語りかける
「んん~」
「本当に誰もおらんようじゃな……」
爺も不審に思っているようである
これには理由があった、大賢者の呪いが解けたことで安心してしまった国王のベルナルも国の重鎮たちも呪術師達も警備の騎士達もその場にいた者全員が疲れ切っていたので全てをそのままにして帰ってしまったのだった
3日間も不眠不休で儀式をしていたのだから無理も無い事であった
因みに、欲を捨てた国王のベルナルトは後に祭壇に供えられた財宝は全て神殿に寄付している
と言う訳でマノンと爺は労せずに大神殿アンダルーサに忍び込む事が出来たのである
三女神像の前に行くとどうすればよいのか肩に乗っかっている爺に尋ねる
"どうすればいいの"
肩に乗ったったパックは首を傾げている
"デルメアの文字は真ん中の街じゃった……"
"地理的に見て魔力変換炉の遺構はピオ-ネ山脈の中心付近……"
"間違いなくデルメアの女神像が魔力変換炉の遺構へ通ずる転移ゲ-トのはずじゃ"
"デルメアの女神像の胸に触れ魔力を流し込むのじゃ"
私は爺に言われた通りに女神像の胸に触れ魔力を流し込むと胸の谷間に魔法式とその上に浮かび上がった文字に触れるが何も起きない
女神像の胸を掴むようにして更に魔力を流し込むが転移ゲ-トが発動する気配が全くない……
女神像の胸を掴んで力んでいる自分が恥ずかしく思えてくる
"あの……何も起きないんですけど……"
女神像の胸を掴んだまま肩に乗ったパックに話しかける
"おかしいの……"
爺は少し悩んだ後で何か思い立ったようだ
"もしかしたら……出口用と入口用が別なのかもしれん"
"南側の魔術体系だと双方向の転移ゲ-トは難しい"
"女神像の別の部分に入口用の転移ゲ-トがあるのかも知れん"
爺はそう言うと私に魔力を少し流し込んだままにして欲しいと言うと飛び立ち女神像の周りをぐるぐると回っている
"あったぞ……"
爺の声が聞こえてくる、私は爺の声がする方へと歩いて行くと女神像のお尻の割れ目の谷間に魔法式と文字が浮かび上がっている
"ねぇ……爺……"
"南側の人って……凄くエッチな人達だったの……"
私は呆れたように爺に問いかける
"さて……どうかのう……"
爺は言葉を濁すと黙り込んでしまった……
今は神聖な大神殿のこの場所が、かつて南側の保養施設(レジャー施設)だった頃は成金趣味のカジノ場であった……などとは爺に知る由もない
パックが肩に乗るのを確認すると、私は女神像のお尻の文字に触れる……
"フォォォォォーーー"
という音と共に眩い閃光が辺りを包む、閃光が消え去り目を開けると辺りは暗闇であるが手探りで石壁に囲まれた通路であることに気が付く
"どうやら、無事に魔力変換炉に転移したようじゃな"
"魔術は厳禁じゃ……"
"下手に発動するとまた何処かに飛ばされる"
そう言うと爺はリュックサックの中から携行ランタンを出すように私に言う
暗闇の中で手探りでリュックサックの中から携行ランタンを出すと芯に火をつける……100円ライターと同じように簡単に火が付く優れモノだった
ランタンの明かりを頼りに何とか外に出ると石の扉がゴゴッという音と共に閉じると外は真暗と静寂が全てを支配していた
"これで、魔法工房に帰れるの……"
爺の安堵した声が聞こえてくる、肩にはパックの気配を感じる
"帰るとするかの……"
"お前さんの体の事もあるしの……"
爺の言う通りに転移ゲ-トを発動すると魔法工房へと転移するのであった
"やっと、帰ってこれたね……"
3日程しか経っていないのに凄く時間が経っているような気がする
"お前さんも疲れているようじゃろうし"
"体の検査は明日にすることにしようかの"
私は爺の言葉通りに休憩室のベッドに潜り込むと直ぐに眠りに就くのであった
第119話 ~ 異変 ⑥ ~
終わり