第117話 ~ 異変 ④ ~
第117話 ~ 異変 ④ ~
序章
マノンが魔力変換炉の石の扉を開いた頃、イスパニア王国の王都トレリアにある大神殿アンダルーサでは三女神像の前に築かれた祭壇の前で"大賢者の呪い"の解呪の儀式が執り行われていた
祭壇には財宝をはじめ多くの供物が捧げられている、その前で7人の呪術師が各々の慣わしに従って儀式を執り行っていた
その姿を見守るイスパニア王国の鬼気迫る重鎮たちの形相、それに儀式で焚かれた香の煙と臭とで大神殿には異様な雰囲気が立ち込めている
中でも国王ベルナルトのその形相からは、もはや生ける屍ともいえる程に精神的に追い詰められている様子が伝わってくる
すると、三女神"デルメア"に続き"ミネルア"の像が紅に染まる
「おおおおーーーっ!!! 」
それを見た重鎮たちから絶望に満ちた声が大神殿に響き渡る
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
突然の叫び声と共に呪術師の一人が我を失い立ち上がり舞台を飛び降りるとその場から逃げようとする
余りの精神的ストレスに正気を失ってしまったのだ……
それに、明らかに自分達よりも遥かに格上の大賢者がかけた呪いを解呪するなど到底無理であり、下手をすれば呪い返しが自らに返って来ることを心底恐れているからでもあった
逃げようとする呪術師を警備の騎士たちが取り押さえ再び舞台に引きずり戻す、暫くすると、また別の呪術師が逃げようとする
このような事が何度も繰り返されながらも、ひたすら儀式は続けられるのであった……
第117話 ~ 異変 ④ ~
一度、魔法工房へ戻った私とパックは白い石板と封印の石(石の扉の鍵)を手に実験室へ急いで向かう
実験室へ着くと爺に指示通りに白い石板を魔術検査台の上に乗せる
(封印の石(石の扉の鍵)は損傷すると大変な事になるので手を付けない)
パックは魔術検査の操作盤の上に乗ると魔術検査装置が"ヴィィーン"という音を立てて動作し始める
解析といっても、魔法式の解明とかそう言った技術的な事ではなくて操作法といった基本的な事である
「う~ん~」
何か考え込んでいるような爺の唸り声が聞こえている
「これは……」
何かに気付いたように爺が声を上げる
「何か分かったのっ! 」
意味ありげな爺の反応に私は期待して声を大きくする
「サッパリ分からんっ!!」
爺は私の期待をものの見事に裏切るのであった
何とかならないかと思いながら私は白い石板に浮かび上がる魔法式の上にある得体の知れない文字列をジッと見ている……
そうしていると、何故か背中が痒くなってくる私であった
「この文字みたいなの読めるの……」
何気無く私が爺に問いかける
「……確か、南側の文字や言語に関する資料はあったはずじゃ」
「魔法書庫に収められているはずじゃ」
爺はそう言うと私と共に魔法書庫へと向かう
魔法書庫に収められたそれらしき石板を六冊ほど取り出して爺と一緒に内容を確認する
「これで間違いないようじゃの」
一つ石板に南側の文字や言語に関する資料を見つけ出した
その石板を手に実験室へと戻り白い石板の文字列とを照らし合わせては文字列の意味を調べていく
少しの時間を費やすだけでいくつかの文字列とその内容と意味を解読する事が出来た
文字列の示す意味はじつに簡単な事であった……
その意味することは……
"入れる"、"切れる"、"切り替える"、"映し出す"などの短い単語であった
文字列の意味を知った私と爺は呆気にとられる……もっと、複雑だと思い込んでいたからである
しかし、魔法式に関しては高度な数式であるという事が分かったがアルゴリズムという数学概念を知らないマノンや爺には手に余る代物であり解析するには無理があった
偶然、その文字列を指先で軽く触れると文字列の意味する通りに白い石板は動作するという事が分かった
この事から、北側が思考制御(Thinking control)であるのに対し南側はデジタル制御(digital control、魔力を電気代わりにしている)であるという事も分かるのであった
魔法式は電子回路のような物である
これにより南側の魔力変換炉の制御装置の操作法に一応の目安が付いたのではあるが……
当たり前の事であるが、魔力変換炉の操作は白い石板のようにはいかない事ぐらいは容易に察しが付いているマノンと爺であった
かくして、マノンと爺は魔法の書という言語辞典を片手に魔力変換炉の操作を行う事になるのであった……ある意味、自殺行為とも言える
「あの魔力変換炉の様子だと……」
「時間的にあまり余裕はない……」
爺が何かを悟ったかのように言う
「そうだね……」
私は爺の心中を悟る
「私と爺のだけでなんとかなるなら……」
私がそう言うと爺が鼻で笑ったように返事をする
「ゆっくり……とはいかんが……」
「温泉に浸かっていく時間ぐらいならあるじゃろ」
「その間に、儂はちと下ごしらえをしておくとするわい」
そう言い残すと爺はどこかへ飛んで行ってしまった
一人になった私は爺の言う通りに温泉に入る
「はぁ~」
何時ものように一息つくと今迄の事が思い出されてくる
「みんな……ごめんね……」
私の頭にみんなの顔が浮かんでは消えていく……
「レナ……」
最後にどうしても会いたいと思ったのはレナだった
「何なんだろう……この気持ち……」
マノンにはそれが何なのか理解する事が出来なかった
暫くするとマノンは立ち上がり再び魔装服を身を包む
転移ゲ-ト室に入るとそこにはパックが待っていた
「それでは、参ろうかの……」
爺のいつになく神妙そうな声が聞こえてくる
転送ゲートを作動させ魔力変換炉の遺構へ……そして、魔力変換炉室へと入る
室内は高濃度の魔力エネルギーで満たされた状態である
魔装服の防御がなければ気絶しかねないほどである
「あまり長居は出来ん……」
爺はう言うと魔力変換炉の制御盤へと飛んで行く、制御盤に浮かび上がる文字列を手帳に書き留めていく……
全て書き留めると急いで魔力変換炉室を出て地上へと向かう
制御盤に浮かび上がった文字列は全部で僅か5列しかなかった
それぞれの意味を魔法の書に照らし合わせて解読していくとやはり簡単な意味だった
"主な作業"、"主な原因"、"主な内容"、"主な出来事"、"主な概要"と解読できる
文字列の意味を知った私と爺は絶句してしまう……
「何の事か、まるで分らんな……」
「とりあえず、制御盤に行って確かめるしかないの」
爺の言う通り魔力変換炉室の制御盤の文字列を指先で触れると、同じような文字列が浮かび上がる
(我々の言うメニュー表示になっているのである)
何十種類もの文字列を解読するのに半日近くを浪費してしまうのであった
(タッチパネルのメニュー表示で目的の項目を探すのは操作に慣れた我々でも苦労する事がある……初見のマノンと爺の苦労が計り知れる)
かくして、制御盤の項目から魔力変換炉の停止を探し出すた頃には夕方なり日も傾きだしていたのであった
「それじゃ……やってみるね」
私がそう言って制御盤の"魔力変換炉の停止"と訳した文字列に触れると"ピィー"という甲高い音と共に制御盤に赤い文字列が表示される
私も爺にも文字の意味は理解できなかったが、良くない事であることは理解できた
「これは……マズいの……」
爺が"やらかして"しまったかのように言う
「どうしよう……」
困り果てたように私が言う
魔力変換炉室の中心にある12本の魔石柱が青く光り出す……
「何が起きたの……」
私は物凄い不安に襲われ爺に言う
「……」
爺は何も言わずに黙り込んでいる
暫くすると"ブォォォォ"っという音が鳴り始め中心の大きな魔石が震えるようにガタガタと振動をし始める
「ここまでのようじゃな……」
爺は悟ったかのように言うと、パックは魔力変換炉室の中心にあるガタガタと振動している大きな魔石の方に向かって飛んで行くとその上に降り立った
「何する気っ!!!」
私は突然の爺の行動に慌てて叫ぶ
「竪坑の中の魔力が強制開放されようとしているようじゃ」
「このままだと、この魔力変換炉室が吹き飛ぶ可能性がある」
「ここに来る前に、鱈腹食った魔石が儂の腹の中にある」
「これで竪坑の中に溜まってる魔力の一部を相殺すれば何とか止められる」
「すまぬがお前さんともここでお別れじゃ……」
「このオウムには気の毒じゃが冥途の土産に貰っていく」
「後を頼む……」
「分かったら、さっさと逃げんかっ!!!」
爺は怒るような口調で私に言う
「ちょっと待ってよっ! そんなことしたら……」
「嫌だよっ!!! 絶対に嫌だよっ!!!」
私はそう言うと爺の方へゆっくりと歩き始める
「この大馬鹿者めがっ!!!」
「お前さんまでおらんようになったらどうするのじゃ!!!」
「この後始末を誰がするのじゃ!!!」
「この大陸に住まう者達を誰が見守るのじゃ!!!」
「三千年以上も受け継がれ守ってきた魔術はどうなるのじゃ!!!」
爺は怒鳴るように私に訴えかけるが私は構わずに歩み続ける
「一緒に生きよう……」
私は魔力変換炉室の中心の大きな魔石に辿り着くと優しく爺に語り掛ける
「こっこの……大馬鹿者めが……」
爺は力なく言うのだった
二人合わせてありったけの魔力を直接的に大きな魔石に注ぎ込む……
それから10分後……静まり返った魔力変換炉室の中心に私とパックは横たわっていた
「おお~い、生きるとるかぁ……」
爺が疲れ果てた声で私に問いかける
「何とか~生きてるよ~」
私も疲れ果てた声で答える
「どうやら……本当に何とかなったようじゃな」
「この部屋の魔力濃度も下がっているようじゃし……」
「魔力変換炉も停止したようじゃな」
そのまま暫く、魔力変換炉の中心に寝転がったままでいる
「ああ……」
私は、お年寄りのような小さな呻き声を上げてゆっくりと起き上がろうとするが急に目眩がして再び床に座り込んでしまう
「パックの体は大丈夫かな」
私が心配そうに言う
「大丈夫じゃ……気絶しておるだけじゃよ」
「腹の中の魔石は空っぽになってしまったがの」
少し冗談染みたように爺か言う
私は再びゆっくりと起き上がると気絶しているパックを優しく抱きかかえて制御盤の方へと歩いて行く
制御盤を覗き込むと青い文字で"停止"と表示されている
「はぁ~本当に止まっている」
「どうして、無事に止まったのか分からないや……」
私が不思議そうに言う
「そうじゃな……儂にも分からんが……」
「落ち着いたら、ここに来て詳しく調べておいた方が後々のためにも良いな」
「これで、この大陸に住まう多くの者の命が救われたことは確かじゃの」
爺は嬉しそうにそう言うとパックが目を覚ます
「それでは帰るとするかの……」
爺の声に私は軽く頷くと歩き出すのであった……
第117話 ~ 異変 ④ ~
終わり