第116話 ~ 異変 ➂ ~
第116話 ~ 異変 ➂ ~
序章
マノンがピオ-ネ山脈にある旧世界アル・マーノス共和国が残した魔力変換炉の遺構に行っている頃……
ピオ-ネ山脈を挟んで南にあるピオ-ネ南3ヶ国で最も大きいイスパニア王国の王都トレリアにある大神殿アンダルーサでは世にも恐ろしい事件が起きていた
大神殿の奥深くの祭壇に鎮座するピオ-ネ三国で熱い信仰を集める御神体の三女神"デルメア"、"ミネルア"、"ルノン"の3つ像の一つ女神"デルメア"が赤く変色したからである
大神殿アンダルーサの三女神の像が紅に染まる時、この世に恐ろしい災いが降りかかるという言い伝えがあるからだった
歴史上、一度も赤く変色したという記録はない
イスパニア王国が建国される遥か以前よりこの地にあったとされるこの三女神像は何時、誰が造ったのかすら分からないものだが他の二国のイベリア王国やダキア王国の民からも熱い信仰を集めこの像を目当てに多くの巡礼者が訪れる
その像が多くの信者の目の前で見る見るうちに赤く変色してしまったのだ
その時、それを目にした信者たちの動揺は想像に難くない……
当然、その事は侍従長のダリミルからイスパニア王国の国王のベルナルトに伝わると……
国王ベルナルトの顔から一瞬にして血の気が引き真っ青になり
「よもや……"大賢者の呪い"ではなかろうな……」
そう一言呟くと侍従長のダリミルの方を見る
「我がイスパニア王朝も滅びるのか……」
国王ベルナルトの脳裏にイベリア王国のカデーナ王朝の末路がよぎる
今迄に、手段を選ばず多くの者を貶め苦しめ命を奪いってきたベルナルトには"大賢者の呪い"を受ける心当たりは有り過ぎるほどにあった……
ベルナルトは顔面蒼白となりで手は小刻みに震えている
暫くすると、急に立ち上がる
「急ぎ、解呪儀式の支度をせよっ!」
「国の呪術師を集めよっ!!」
国王ベルナルトが血相を変えて大声で叫ぶと侍従長のダリミルが軽く頭を下げ、慌てて周りの者を集め、つまづき転倒しそうになりながら速足で王の間を出て行った
その次の日には、大神殿アンダルーサの三女神の像の祭壇の前には豪華な儀式の舞台が出来上がり……
その数日後には国中から有名な呪術師達が7人集められた
集められた呪術師達の顔色は国王ベルナルトと同じであった
これは、国王ベルナルトが恐れた"大賢者の呪い"ではない……
だが……三女神の像を赤く染めてしまった犯人は大賢者であるマノンだった……
第116話 ~ 異変 ➂ ~
その頃、イスパニア王国の騒ぎなど全く知らないマノンは爺のウンチク話を聞かされているのだった
白い石板と石の机から爺の弾き出した推測では……
旧世界の南極大陸に住んでいたアル・マーノス共和国の人々は北極大陸に住んでいたゲルマ帝国の人々とは魔術の行使方が根本的に違っていたという事だった
北側のゲルマ帝国の人々は個人差や得手不得手はあるものの大なり小なりの魔術を自分自身で発動し扱う事が出来た
しかし、南側のアル・マーノス共和国の人々はそうではなかった……
魔術を自分自身で発動し扱う事が出来きず、何かしらのハードウェアを用いて魔力変換して魔術を使っていたという事だった
余程の大規模な魔術や複雑な魔術を行使する場合は北側のゲルマ帝国の人々も魔法陣や魔道具などのハードウェアを必要としたが規模間小さい魔術ならば身体一つで魔術を発動できた
しかし、南側のアル・マーノス共和国の人々は魔術を発動させるには必ずハードウェアを必要とし身体一つでは魔術の発動が出来なかったという事だった
そして……北側のゲルマ帝国との最大の違いが南側のアル・マーノス共和国の人々は個々の魔術を発動させる専用の"魔法式"という物を用い効率よく術を発動していたという事だった
「魔法式……」
聞き覚えの無い言葉に私は疑問を隠せない
「……」
考え込む私……それを見ていたオウムの爺は私の肩に止まる
「簡単に言えば……」
「魔法陣を数式化し簡略化した物じゃ」
「魔法式の利点は魔力を送り込むことで高速で簡単に魔術を発動できる事だった」
「北側のゲルマ帝国でも考案されたが汎用性に問題があって普及せんかった」
パックの中の爺はそう言うと机の上の白い石板に投影されている立体ホログラムを見る
「これも、そうじゃ石の机から魔力の供給を受けて変換し」
「白い石板に記録された魔法式を介してこの飛び出す絵を表示しているのじゃ」
オウムの中の爺はそう言うと今度は石の机の事を話し出す
「そして、この石の机が魔力の供給源で魔力の受信機でもあり貯蔵機でもある」
オウムの中の爺はそう言うと石の机の天板に何か魔術を発動する……
石の机の天板に見た事も無い文字で書かれた数式らしきものが幾つも浮かび上がる
「これが魔法式じゃ……」
「儂も実物を見るのは初めでじゃ……」
魔法式を見ているオウムの爺に私が質問する
「これ……なんて書いてあるの……」
私の素朴な問いに爺は何も言わない
「どうやら……爺にも分からないようである」
石の机の天板に浮かび上がった魔法式を見ていると、私にある事が思い浮かぶ
「もしかして……」
「この方法だと魔力の無い人でも魔術が使えるようになるの」
私の単純な思い付きに爺のオウム(パック)が首を傾げる
「理屈ではそうじゃが……そうは簡単にはいくまいな……」
「魔法式の発動と構築にはそれなりの魔力を必要とするじゃろう」
「この石の机と白い石板を良く調べないと何とも言えん……」
「白い石板は魔法工房へ持ち帰るとするか……」
「石の机は……ちと無理じゃな・・・・」
そう言うと爺は黙り込む
「それにしても困ったのう……」
「これで、魔力変換炉の石の扉は鍵がないと開かんという事がハッキリした」
爺の困り果てているのが私にもよく分かる
「石の扉の鍵ってどんなの」
私が爺に問いかける
「儂にもよく分からんが……」
「おそらくは……この白い石板のような物じゃろうな」
爺は問う言うとオウムのパックが白い石板の方を見る
「合鍵を作ったり、鍵を探したりできないの」
私は爺に問いかける
「合鍵は簡単には作れん……まず無理じゃろうな」
「探すのは……」
爺は黙り込んでしまった
私はオウムのパックを肩に乗せると石の机のある遺構を出て魔力変換炉の石の扉がある遺構へと歩き出す……その足取りは遅かった
私の手には白い石板が握られているのだった
再び石の扉のある遺構に戻ると、私は手にした白い石板を地面に置き昼食の支度を始める
携帯食を温めるために火を越そうと焚火の後の種火を探すが消えてしまっている
仕方がないので細い木の枝を積み上げて火球魔術を発動するが上手く術が発動しない
"あれ……おかしいな……"
私は不思議に思いながらもう一度、術を発動するがやはり術が発動しない
"どうしたのかな……"
と考えていると地面に置かれていた白い石板が発動し立体ホログラムが映し出される
"あれ……白い石板が発動している……"
"そうか……私の魔力を吸い取っちゃったんだ"
"だから……火球魔術が発動しないんだ"
このままだと火が起こせないので白い石板を少し離れた所に置くと再び火球魔術を発動させる……
今度は火球魔術が発動し細い木の枝は燃え始める
携帯食を温める昼食を食べているとオウムのパックが森から帰ってくる
時より、爺は周辺の森の中を探索している
私は、オウムの餌を小皿に入れるとパックは餌を啄み始める
発動している白い石板に気付いた爺が私に尋ねてくる
私は、事の次第を爺に話すと爺は何かに勘付いたように小さく唸り声を上げる
「これは……もしかして……」
「お前さんっ! もう一度、何でもいいから空に向かって魔術を発動させてもらえんかの」
何かよく分からないまま、爺の言う通りに火球魔術を発動させる
発動した火球魔術は頭上で大きな火の玉となるが……
少しすると炎の一部が白い石板と石の扉の横の石畳に吸い込まれていくのが分かる
「あそこじゃ!!! 」
爺は突然、大きな声を上げるとパックが炎が吸い込まれていく石の扉の横の石畳の方へ飛んでいく
炎が吸い込まれた石畳は朝、私が引きはがそうとした石畳の敷石の扉を挟んで反対側の敷石だった
"あ……"
私は、この事を爺に話すか少し悩んだが話す間もなく爺の声がする
「お前さんっ! この石を引き剥がすのじゃ!」
爺に言われた通りに敷石の隅に指を掛けると敷石は簡単に捲れ上がった
「そこには、夢で見た石の小さな棒が置かれていた
「反対側かい……」
私は世の無常ともいうべき虚しさに襲われる
「それが……鍵じゃ!」
爺は興奮したかのように言う
「これ……どうやって使うの……」
小さな石の棒を手に取ると爺に尋ねる
「うっ……」
爺は小さな声を上げると黙り込んでしまった
どうやら……爺には使い方が分からないようであるが、私には何となく分かるのであった
私は小さな石の棒を手に、朝捲ろうとした敷石の前に行くと小さな石の棒を敷石の上に乗せる
敷石の四隅が青白く光ると石の扉が"ゴゴッ"という音を立てて開く
「お前さん……」
爺は呆気にとられたように呟く、流石に爺も驚いたようである
私は、爺に夢に見たことを話すと爺は少し考え込む
「残念思想……やも知れんな……」
「お前さんには優れた霊媒能力があるからの……」
爺はそう呟くとポッカリと開いた入口の方を見る
「それでは……行くかの……」
私には爺の言葉から無事に石の扉が開いたことで安堵感が滲み出ているように感じられるのであった
小屋に戻り、装備を整えると肩にパックを乗せ入口から地下へと続く階段を降り始める
私の手には小さな石の棒が握られている、通路の天井全体が青白く光り照らしてくれているので松明の必要はない
長い階段をひたすら歩いて降りる……
どの位、下ったのか分からなくなり足が痛くなってきた頃に正面に再び石の扉が現れるが、この石の扉は手で押すだけで簡単に開いた
「なんか……拍子抜けだね……」
私が少し笑って言う
「気を抜くでない……何がある分からんからの……」
爺の緊張した声に私は少し危機感を覚える
真っ直ぐ続く通路をひたすら進んでいくと又もや石の扉が現れる
今度も手で押して開けようとするが微動だにしない……
「これ……開かないやつかな……」
私が少し困ったように爺に問いかける
「押してダメなら引いて見ろじゃ」
爺の言葉通りに石の扉の取っ手に手を掛けて引っ張るとあっさりと石の扉は開いた
「……」
「ブッ! ハハハハハーーーツ!!! 」
私と爺は思わず吹き出してしまう
一通り笑った後で中に入ると、そこは魔力が充満しており間違いなく魔力変換炉が近いとわかる
「お前さん……魔装服の調子はどうじゃ」
「ただのオウムの儂とは違って、お前さんは術師じゃから」
「魔装服とは言え高濃度の魔力に曝され続けると身体的に影響を受けるやもしれん」
爺の言う通り、この部屋に入ってから息が詰まるような感覚がある
そのまま、部屋の中心部へと進んでいくと魔力変換炉の中心部へと辿り着いた
直径20メール、高さ8メール位の灰色の石材を積み上げて造られたドーム型の魔力変換炉室は真ん中に6メール位の円を描いて高さ2メール程の魔石と思われる12本の石柱が立っている
その円の中心に3メール程の立方体の魔石らしきものがあり、そこから魔力が流出しているのが分かる
「ここが南側の魔力変換炉なの……」
「魔法工房の魔力変換炉とはずいぶんと違うんだね」
私は、初めて見る南側の魔力変換炉を前にして言う
「魔法工房の魔力変換炉とは違って魔石柱が無いからの……」
「代わりに地下深く竪坑を掘ってその周りを魔石で固めてある」
「竪坑の一番奥に魔石の楔を打ち込んでそこから魔力を吸い上げているんじゃよ」
「こちらの方が安上がりで建設もし易い……が」
「代わりに耐久性と安定性は劣るがの」
爺そう言うとパックが私の肩から飛び立つ
「あれが制御盤のようじゃ」
パックの飛んでいく方に地上の遺構にあったのとよく似た石の机の前に石の椅子がある
私もパックの後を追いかけるようにして石の机の前にいくとパックは制御盤の上に降りて首を傾げている
「どう……」
私が爺に問いかける
「……サッパリ分からん……」
爺のあっけらかんとした言葉が聞こえてくる
「えっええええっ!!」
「そんな……ここまで来て……」
私は爺の投げやりな言葉に呆然とする
「ん……困った……」
爺の苦悩する声が聞こえてくる
「それより、お前さんは大丈夫か」
「オウムの儂ですら、ここの魔力濃度が異常に濃い事が分かる」
「長居しても埒が明かん」
「一度、ここを出て地上に戻った方ががよさそうじゃ」
私はパックを肩に乗せると急いで魔力変換炉室を出て地上へと向かう
爺の言う通り、私は自分の体が大量の魔力を浴びて温泉に浸かり過ぎたように茹っているような感覚がある
地上に出ると石の扉は自動的に閉じる
「もう開かなくなるんじゃないよね……」
心配そうに閉じた石の扉を見つめる私に爺が話しかけてくる
「大丈夫じゃ……」
「その鍵があればいつでも開く……」
私は爺の自信ありげな言葉に安心する
「一度、魔法工房に戻ってあの白い石板とその鍵を分析せんとな」
「魔力変換炉の基本操作も分からんからの……」
「ここまで、南側の魔術体系が北側と違っておるとは思わなんだ」
「魔法工房の記録には詳しい南側の魔術体系の記載がなかったからの……」
爺はそう言うと私にリュクの中から魔道具を取り出すように言う
私は爺の言う通りにA4サイズのノートパソコンのような石板を取り出す
「何これ……」
「これのせいでリュックが妙に重かったんだよな」
私は不思議そうに石板を見ている
「これはポインタじゃ」
何故か爺は自慢げに言う
「ポインタ……なに……それ……」
私には何のことか全くわからない
「位置情報を記録する石板じゃよ」
「オウムになる前に錬成してあったものじゃが」
「転移ゲ-トの魔石とリンクしてこの石板のある場所に転移位置を移せる」
「有効範囲が狭いのが欠点じゃがの」
「このぐらいの距離なら大丈夫じゃ」
「一度戻って出直すとするかの」
爺がそう言うとパックが石板の上に乗り転移ゲ-トを作動させる……
光と共に私とパックは魔法工房の転移ゲ-ト室へと転移するのであった
第116話 ~ 異変 ➂ ~