第115話 ~ 異変 ➁ ~
第115話 ~ 異変 ➁ ~
序章
この惑星に大氷河期が訪れが半球凍結状態になる以前には、南極大陸と北極大陸には高度に発達した魔術文明が栄えていた
総人口は6億人に達し、多少の争い事はあったものの、多くの人々は日々平穏に暮らしていた
しかし、その平穏な日々は突如として終焉を迎える事になる
この恒星系の太陽活動の減衰と、この惑星の周回軌道の変動である
これによりこの惑星の気温は物凄い速さで低下していくこととなる
両大陸の人々がこの異変に気付いた時には、既に海は凍り付き大地には猛吹雪が荒れ狂うようになっていた
生き延びた者も少数はいたが長くはもたなかった
そして……僅かに生き残った人類は大海のド真ん中に浮かぶ3つの島に取り残された約二千人ほどとなったのである
ヘベレス島やシラク島を支配していた北極大陸のゲルマ帝国はいわゆる帝政国家で皇帝が全ての権力を握るものでありローマ帝国に近い国家であった
一方、ピオーネ島を支配していた南極大陸のアル・マーノス共和国はいわゆる多くの国々か集まり代表を選出して政治を行う連合共和制国家でありいくつもの州が集まって大統領を選出するアメリカ合衆国に近い国家である
それぞれ一長一短があるものの一つの巨大国家として成立し機能しており多くの人民はその枠組みの中でそれなりの生活を送っていた
北極大陸の皇帝はその立地条件を生かしてヘベレス島やシラク島を政治犯などの流刑地とした
南極大陸はピオーネ島をその気候風土を生かし南海の楽園と考え保養地として利用することとなる
南北両大陸の人類は種の起源を同じくするが、長らく大海により隔たれていたためにその容姿や思想、価値観をはじめ言語・風俗なども大きく異なっていたことは言うまでも無い
それ故、互いにその存在を知っていたが敢えて大々的に接触を図ろうとはしなかった
それは、大氷河期に突入した時も同じであり、危険を冒し荒れ狂う海を航海し400ゲールも離れた島に行こうなどとは双方ともに考えもしなかった
それから約500年後に海が干上がり島が地続きとなった時には既にピオーネ島には人は一人もいなくなっていたのである
いつどのようにして南側の人々がいなくなってしまったのかは詳しい事は分からないが少なくとも島が地続きになる200年以上前には既にいなくなっていたことが遺構から推測できたと魔法工房に当時の大賢者の残した記録そうある
現在、魔法工房にある南側の資料は全てこの時に当時の大賢者により集められたものである
第115話 ~ 異変 ➁ ~
ピオ-ネ山脈の山中にある南側の魔力変換炉の入口に来て2日が経とうとしている……
安全に眠るために遺跡に転がっていた崩れた石材を適当に積み上げ、草木で屋根を葺き簡単な小屋を建て"幻獣"対策の魔術防御の結界を張り巡らせ、その中にテントを張って夜露をしのいでいる
実家のワイン壺運びで鍛えられた腕力と体力がこんな所で生かされ役立つとは思いもよらないマノンであった
爺の言った通り強力で厳重な魔術結界が施された石の扉は固く閉ざされビクともしなかった
魔術の基本は南も北も同じであるがその魔術構築法は異なっており、それが魔術結界の解除に手間取る事となってるのだった
「後3日分しか食料がないよ……」
私は爺のオウムに悲壮感に満ちた表情で言う
「心配するでない……なんとかなる」
「山は食料の宝庫じゃ……」
爺のいい加減な言葉に私は更に不安になる
「もう、扉を壊しちゃえば」
私が投げやりに言う
「駄目じゃな……」
「それをすれば、内部に侵入した後が大変じゃ」
「この施設には間違いなく防御設備があるはず……」
「それが発動すれば、さらに厄介な事になる」
「多少の手間は掛けても扉の結界魔法を解除する方が良い」
爺は私を説得するかのように言う
「夜も深くなってきたし、そろそろ寝るね」
私は少し不貞腐れたかのように言うと寝袋に潜り込み寝てしまった
"これは、予想以上に手間取りそうじゃな……"
"あと2日、粘ってダメなら一度、魔法工房に帰る方が良いな"
爺はそう呟くとマノンの寝袋の横に立てられた止まり木の上で爺のオウムも眠りにつくのであった
その夜、マノンは再び動きの止まった紙芝居のような夢を見る
それは……見た事も無い姿をした数人が何かをしている様子だった
その人々の足元には……あの石の扉がある
その内の一人が石の扉に何かをすると小さな棒のような物を右手に握りしめて祈っているように見える
石の扉の横の床石を剥がし、その小さな棒のような物を置き再び床石を元に戻す
そして……その人たちはそこから去っていった
「……」
マノンは少し肌寒さを感じて目を覚ます……
枕元では爺のオウムが止まり木の上で眠っている
「もう、朝か……」
適当に積み上げた石の隙間から日が差し込んでいる
「何だったんだろう、今の夢……」
"グゥー"っとマノンのお腹が鳴る
「腹減ったな……何か食うか……」
私は爺のオウムが目を覚まさないように小さな声で呟くとリュックの中から携帯食を取り出し外に出る
"それにしても、あの夢……妙にリアルだったな……"
火を起こし食事をしながら石扉の方を見る
"少し疲れてるのかな……魔法工房に帰ったら温泉にでも入るかな"
食事を終えた私は夢で見た床石の方に歩いて行く
"確かここら辺だったような……"
私は、夢に見た床石を手で剥がそうとするがビクともしない
"んんんっーーーっ!!! "
全身の力を入れて剥がそうとしても床石はビクともしなかった
"やっぱり、ただの夢か……"
私は心の中で呟くと再び小屋の方へと歩き出す
小屋に入ると爺のオウムはまだ寝ている
私は再び小屋の外へ出ると遺構の周りを散歩する
遺構の周囲100メートル半径は、魔石の除去効果により堆積していた土砂はその殆どが除去され南側の人々が残した遺構が剥き出しになっていた
三千年以上も経て居るとは思えないほど良好な状態の石畳の両側には何かの建物だったような崩れた高さが1メートルも無い石壁が残っている
石畳の道はずっと続いているようで、この遺構はそれなりの広さと規模があるように推察できる
私は何気無く、その一つの中に入る床にはタイルが敷き詰められていたようで割れたタイルの破片が至る所に散らばっていた
壁には白漆喰が僅かに残っている、隅っこの方に石で作られた椅子のような物が5個づつ壁の両側に並んでいる
不思議に思って近づくと5つとも椅子の真ん中には穴が開いている……
"もしかして……これは……"
"便器……なのでは……"
そう……この建物はトイレだったのである
流石に、ブツは残っていない
私は無言で人に出ると崩れた壁の中を見ながら歩く……
そして、ある遺構の前で立ち止まる
"これは……"
割れた大きな壺の底の部分だけが幾つも整然と並んでいる
実家で見慣れた光景……
"間違いない……ここはワインの貯蔵庫だ……"
"三千年以上も前の南側の人たちもワインを飲んでいたんだ……"
何故か、ノスタルジーに浸り感動してしまうマノンであった
ワインの貯蔵庫の遺構を出ると、再び遺構を覗き見しながら歩く……
すると、大きな石造りの机が残っている遺構があった
私は引き寄せられるようにその遺構の中に入っていく、大きな石造りの机の傍に近付くと真っ二つに割れた石の椅子が転がっていた……今度は便器ではなさそうである
私はその机に軽く手を乗せる三千年以上も放置されていたとは思えないほどに天板は滑らかで傷一つなく滑々していた
ふと足元を見ると白い石のような物が埋まっているのが見える、私はそれを掘り起こし土を払いのけると、それは小さな石板だった(文庫本ほどの大きさ)
"もしかして……魔法の書っ! "
私は期待に胸を膨らまし割れた石の椅子の上に白い石板を置き手を乗せて精神を集中させる……
が……何も見えてこないのだった
"何も見えないや……"
私は立ち上がり、手にしていた石板を石の机の上に置いて立ち去ろうした時、何か魔法が発動する気配を感じた
"これって……"
机の上に置かれた白い石板の上に高さ20センチほどの立体的な画像が浮かんでいる(立体ホログラムである)
"凄い……"
私は、生まれて初めて見る立体ホログラムに目を奪われている
投影されている立体ホログラムは明らかに私たちとは明らかに違う容姿、違う文化圏の人達だった
一定の時間が経つと次々に立体ホログラムが切り替わっていく……
投影される女性らしき人……、そして子供のような小さい人……私は、明らかにこの石板の持ち主の家族だと直感する
"こんな物を置き去りにして居なくなっちゃうなんて……"
"三千年前にここで何があったんだろう……"
マノンはそう呟くと、南側の人々の事を考えずにはいられないのであった
石の机に置かれていた石板を手にすると立体ホログラムはスッと消える
"あれ……消えちゃた"
私はもう一度、石板を石の机の上に置くと再び立体ホログラムが浮かび上がる
"この机の上じゃないとダメなんだ……"
"とりあえず爺に見せてみよう……"
"何かの手掛かりになるかもしれない"
私は石板を再び手にして遺構を出る
石の扉のある遺構に着くとオウムの爺が石の扉の前で何かをしている
四隅に魔石が配置され、石の扉を中心にして魔法陣が描かれている
どうやら……魔石の魔力を使って封印魔法を相殺し解除しようとしているようである
私に気付いたオウムの爺がこちらに飛んでくる
"どこに行っておったのじゃ"
"これから石の扉の封印魔法の無効化を試みるからお前さんも力を貸してほしい"
爺はそう言うと私を魔法陣の前に来るように言う
"では、始めるとするか……"
爺かはそう言うと魔法陣を発動させた
魔石に封じられていた魔力が魔法陣に流れ込む……
私の体にも魔力が流れ込んでくるのが分かる
石の扉の封印魔法を打ち消そうとするがどうも上手くいかない
何回か試みるが結局は石の扉の封印魔法を無効化する事は出来なかった
"うう~ん"
"これは……困った……"
"やはり……鍵がないと無理か……"
爺の困り果てた嘆き声が頭に響いてくる
そんな爺に、さっき遺構で見つけた石板の事を話す
"これが……その石板……"
爺のオウムが白い石板をジッと見ていると、その上に乗っかった
暫くそのままの状態でピクリとも動かない
"……これは……"
爺は何かに気付いたように呟く
"これは我らの魔道具とは違っておるな……"
"という事は……"
爺のオウムは再び動かなくなった
"お前さんっ! その石の机の所に案内してもらえぬかっ! "
爺はいきなり大きな声で叫ぶように言う
"はいっ!"
突然の爺の心の叫びに慌てて返事をすると遺構の中の石の机まで案内する
そして、白い石板を机の上に置くと立体ホログラムが投影される
"おおーーーっ!!! "
"これが……そうか……"
投影さる立体ホログラムを見た爺のオウムは感動したかのように呟くと石の机の上に乗った
"やはりな……そういう事か……"
どうやら爺は何かに分かったかのように呟く
"何か分かったの……"
私は爺に問う
"どうやら……南側の人々は儂らとは違うようじゃ……"
爺が何かに納得したような口調で答えた
かくして、爺の推測ウンチク講座が始まるのであった……
第115話 ~ 異変 ➁ ~
終わり