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いつの間にやら憑依され……  作者: イナカのネズミ
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第113話 ~  ノエル・バルテ ➁  ~

第113話 ~  ノエル・バルテ ➁  ~



 序章


 王都ガリアンの一角に火の手が上がる

 燃え盛る炎、立ち上る煙、轟音と共に崩れ落ちる建物……

 百年以上続く老舗、刃物専門店"バルテ"の最後であった

 

 その翌日、焼け跡から"バルテ"の家族とみられる3人の焼死体が発見される

 近所からも客からも評判が良かっただけに人々の悲しみは大きく、暫くの間は焼け跡に献花の絶える日は無いほどであったが、時が経過するにつれ徐々に忘れ去られその跡地にはいつの間にか倉庫が建っているのであった


 場所や時代、次元や世界が違っても同じようなものだと私は思うのである



 古くからゲルマニア帝国は近隣諸国に多くの密偵を忍ばせている

 そのためのKGBのような諜報機関があり専門部署が設置されている


 中には"バルテ"のようにその国に溶け込み何世代にも渡って諜報活動をする者もいる

 その多くは何かしらの家業を営んでいることが多くごく少数だが"バルテ"のように長年に渡り住み続け地域経済と密接な関係を築いているものもいる


 そして、"バルテ"が刃物専門店を営んでいるのも重要な理由がある


 戦前の準備や戦になれば必然と武具の需要が高まる、取引関係者などから武具の発注量や納期などがわかり何時頃に戦を始めるのか、どの程度の兵員増強数なのかまでおおよその見当がつくのである


 それに、品質の良い武具を良心的に販売していれば客として騎士などが贔屓にしてくれることも多々あり、関係が良くなれば彼らの口から思いもよらないような情報が得られるからである

 例えば、何時頃どの地に赴くとかなどである

 これにより、どの地域からどの部隊が侵攻するのかなどの具体的な開戦時期と目的、その戦力の配置までもおおよその見当がつくのである


 このようにして"バルテ"は長年に渡りゲルマニア帝国の諜報に貢献し役立ってきたのである


 しかし、長年に渡り地域に住み続け溶け込むことにより里心が芽生える事も多々あり裏切りもありえる、そのためにゲルマニア帝国は監視者と呼ばれる目付け役を配置しているのである

 

 今回のように、本国に知られることなく監視者の都合で闇に葬られた密偵の数は決して少なくはないのである

 何故なら、今回の"バルテ"のように裏切るのは監視者も同じだからである


 

第113話 ~  ノエル・バルテ ➁  ~



 眠れぬまま、朝を迎えたノエルは服を着替えると階段を降り居間へと向かう

 そこには父のデジレと母のブリジットが簡単な食事を取っていた

 この家のこの居間で朝食をとるのはこれが最後となる


 「行ってくるね」

ノエルはいつものように鞄を肩に掛けると玄関を出る、普段から気にもしていなかったいつもと同じ光景が愛おしく思えてくる


 「あら、おはよう……」

 「ノエルちゃん、これからアカデミー」

近所の小母さんが声をかけてくる

 

 「おはようございます……」

 私は首を縦に振ると挨拶をする、幼い頃から良くしてもらっている小母さんだ


 「うちの馬鹿息子と違ってノエルちゃんは出来がいいからねぇ」

 「デジレの親っさんも安心して後を任せられるだろうね」

そう言うと高らかに笑う……


 そんな、他愛無いやり取りも今日で終わりなのだ

 "……"

ノエルの心は急に喪失感に襲われる



 王立アカデミ-の正門を潜ると錬金科の講義室へと向かう

 そこで偶然にマノンとばったり会ってしまった


 「あっ! ノエル君っ!」

マノンはちょっと大きな声を上げると私の方に走って近付いてくる


 「マノン君、おはよう」

ノエルは何時ものように意識して対応する


 「……どうしたの……何だか辛そうだよ」

マノンの一言にノエルはビクッとする


 "この人って鈍いようで鋭い所があるんだよね"

ノエルは心でそう呟くとマノンの方を見る

 「実は夕べ寝つきが悪くてね……」

ノエルはそう言うと首と肩をコキコキと鳴らす


 「そんな時は……温泉に限るよ」

そう言うとマノンはノエルの顔を見てニヤリと笑う


 「アハハハ……そうだね……」

全くブレないマノンの対応にノエルの失笑してしまう


 「ああーーっ!  今、呆れてたでしょう」

マノンはノエルの心境を正確に読む


 「ぅっ……」

ノエルは返す言葉も無かった


短い会話を交わし二人は別の講義室へと向かってい歩いて行く

ノエルは立ち止まると振り返り、去っていくマノンの後姿を見送りながら別れの言葉を呟く

 「騙してごめんね、マノン君」

 「でも……楽しかったよ」

 「ありがとう……そして……さようなら」

遠ざかっていくマノンの後姿を見ていると目が滲んでくる

 「あれ……涙……」

知らず知らずにノエルの目には涙が溢れているのだった


 アカデミーでの最後の講義はあっと言う間に終わってしまう

 ノエルは講義室を出て正門を潜ると振り返ることなくアカデミーを後にする


 変えに帰るとデジレとブリジットは既に用意を済ませていた

 3人とも荷物は無い、ただそれなりの大金を持っているだけである

 

 深夜、町の皆が寝静まった頃に店に火を放ちその混乱に紛れて王都を出る算段であった


 そして、深夜になりその時は訪れた


 「そろそろ最後の身支度をするか」

デジレがそう言うとブリジットとノエルも頷いた瞬間、ドサッという音と共にブリジットが床に倒れる……


 「どうしたっ!」

突然に倒れたブリジットに驚いたデジレが叫ぶ……

倒れたブリジットの背中には投げナイフが刺さっていた


 「これはっ!!! 」

デジレは叫ぶとテーブルを倒しその陰に倒れているブリジットを引きずり込む

次の投げナイフがノエルめがけて飛んでくる


 「うっ!」

 ノエルは咄嗟にしゃがみ込み何とかナイフを交わすとテーブルを盾に袖口がナイフを取り出し構える

 すぐに三本目のナイフが飛んできて蝋燭の火を消し去り辺りは暗闇に包まれる


 "帝国の刺客だな……"

囁くような小さな声で呟く、その横でノエルが小さな声でブリジットに必死で声をかけている

 "お母さんっ! お母さんっ!! "

幸いにもブリジットはまだ息があり小さな呻き声を上げる

 "よかった、父さん……"

安堵の声を上げるノエルだったが今度は部屋に火の付いた松明が投げ込まれる


アッという間に火は燃え移り部屋に煙が充満する

 "このままでは窒息死する"

 "一か八か2人同時に部屋を飛び出してみるか"

デジレがノエルに向かって言う

 

 "お母さんはっ!! "

ノエルはデジレに詰め寄るように言う


 "仕方がないんだ……"

 "このままでは……3人とも焼け死んでしまう"

デジレは苦渋に満ちた表情でノエルに語り掛ける


 "そんなの嫌だっ!!!"

気が狂ったようにデジレに叫ぶノエル……


 "いいのよ……行きなさい"

 "母さんから最後のお願いよ……"

擦り切れそうな声でブリジットがノエルに話しかける


 "お母さん……"

ノエルはブリジットの手を握る


 "いいかノエルっ! 行くぞっ!! "

 "3、2……"

デジレが掛け声を掛けようとした時……

"ギャッ!"

という悲鳴と共に全身黒尽くめの人が部屋の入口に倒れ込み激しく痙攣をおこしている


「貴様何者だっ!」

部屋の外から複数の男の声が聞こえてくると部屋の外で争う物音と罵声が聞こえてくる

小さな悲鳴が2回ほど聞こえたかと思うと静まり返り炎の燃え盛る音だけになった


 その炎の中に茶色のローブを被った人物がゆっくりと部屋に入ってくる

 両手には青白く光る剣が握られている……


 「大賢者……なのか……」

その人物の姿を見たデジレは絶望したかのように呟く


 袖口に光の剣をしまい込むと、両手を燃え盛る炎にかざす

 あっと言う間に炎は消えて辺りは静まり返る

 そして……床に落ちていた蝋燭に火を灯し、その人物はゆっくりとノエルたちの方に近付いてくる


 "お父さん……どうしよう……"

泣きそうな声でデジレに問いかけるノエル


 "どうしようもないな……"

デジレは悟ったかのように言うとゆっくりと立ち上がる

 "大賢者殿……お助けいただき感謝いたします"

デジレは堂々とした態度で話しかける



 「ノエル君、大丈夫」

聞き覚えのある声にノエルは呆然とする


 「マノン……君なの……」

ノエルはゆっくりと立ち上がると恐る恐る話しかける


 「そうだよ、マノン・ルロワだよ」

 「アカデミーでの様子が変だったから……」

 「こんなに真夜中に来ちゃった……エヘッ……」

全く危機感のない口調はマノンそのものだった

 「ところで……何なのこの人達……」

 「盗賊かなんかなの……」

マノンの頭には以前にシルビィと行ったザッハでの出来事が重なっていた


 今の状況がよく分からずに困惑しているデジレにノエルがマノンの事を話すとあまりに吃驚したのか暫くの間は呆然としている


 「でも……マノン君が大賢者だなんて……」

ノエルも驚いた様子を隠せないでいる


そんな2人にマノンが不意に話しかける

 「そこに血を流して転がっている人は大丈夫なの……」

私の問いかけに2人は我に返る


 「ああっ! お母さんっ!! 」

2人とも瀕死のブリジットの事を忘れていたのである

この事は、後々にブリジットの心の傷となって残る事となるのであった

 

 「うう~ん……大丈夫だよ」

 「そんなに傷は深くない……というか」

 「何なの、この変な服……」

マノンはブリジットの着ている服装に驚きながらも傷口に手をかざすと手が金色に輝くのが分かる

 暫くするとブリジットは何事も無かったように意識を取り戻す


 何がどうなったのかまるで分らないブリジットにノエルが事情を話すとデジレと同じように呆然として固まってしまう


 「妻の命を救っていただき感謝いたします」

デジレがそう言うとブリジットとノエルも深々と頭を下げる


 そして、マノンにデジレが事の子細を包み隠さず全てを話す

 隠し通せる相手ではないと判断したからである……


 「……そうだったんだ……」

デジレの語る真実にマノンは少なからずショックを受けていた


 「ごめんね……マノン君……」

ノエルの懇願するかのような目に誠意を感じ取ったマノンは間にも言わずににっこりと笑った


 「それじゃ……そこに倒れている帝国の刺客さんに働いてもらいましょうか」

私はそう言うと床に倒れて気を失っている3人の刺客をズルズルと引きずってくると3人に同じ内容の記憶操作を施す


 "君たちは"バルテ"の暗殺に成功した"

 "最後を悟った"バルテ"は店に火を放った"


マノンは、強力な記憶改竄を施すとデジレ達と協力して3人を店の出口まで引きずり出す


 「これでいい……後は計画通りにすれば誤魔化せると思う」

私の言葉に3人は深々と頭を下げる


 「この御恩は決して忘れませぬ!」

デジレが涙ぐんで言うと3人は店の片隅で何かし始める

薄暗い蝋燭の灯の中で3人ともいきなり服を脱ぎ始める


 「あの……何しているのでしょうか」

困惑する私の問いかけにデジレが答える


 「変装を解いております」

 「これが本来の我らの姿にございます」

変装を解き終わったバルテの3人の容姿は完全に別人であった


 「えっええええっ!!」

流石に私も驚きを隠せず声を上げてしまう


デジレは黒髪から金髪に小太りの体型はやせた体形になっていた

詰め物の入った服を着て体型を誤魔化していたのである

妻のブリジットは金髪から銀髪にやや細身の体型は普通体型になっていた

体型を偽るために身に着けていたコルセットがナイフの威力を弱め致命傷を防いだのである


そして、息子のノエルの黒髪おかっぱ頭は金髪に……さらに、その胸には見事な膨らみがあるのだった


 「……ノエル君……」

 「もしかして……女の子……」

マノンにはこれが最もショックであった


 「ごめんね……騙して……」

そう言うとノエルはマノンに強烈なキスをする

 「これが私の本当の気持ちよ」

そう言うと優しく微笑んだ、そんなノエルを父のデジレも母のブリジットも優しそうに見つめいてるのであった


 そして……店に火が放たれる……燃え上がる炎は徐々に広まっていく

 「お別れね……」

ノエルはそう言うと微笑む


「先を急ぎます故、これにて御免」

デジレはそう言うとブリジットは軽く頭を下げる、そして3人は振り返る事も無く足早に走り去っていった


 マノンは店先で気絶している3人の刺客に軽く電撃魔法を放つ"バシッ"という音と共に青白い閃光が走り3人は飛び上がるように目を覚ます


 ほぼ同時に視覚障害の魔法を発動すると物陰に身を隠し刺客の様子を監視する

 状況が把握できずに混乱しているようだったが、騒ぎを聞きつけ人が集まりだすと慌てて何処かへと走り去っていった


 刺客が走り去るのを見届けた後、私もその場を後にするのだった


 アカデミーでも騒ぎを聞きつけた寮生たちが空を焦がす炎と煙の方を眺めて何やら話をしている

 マノンはそのまま、自室に帰ると大きなため息を吐くと、そのまま服も着替えずにベッドに潜り込む

"ノエル君が女の子だったなんて……"

マノンのショックは意外と大きいのだった


 その次の日、アカデミーはノエル・バルテが昨夜の火事で亡くなった話でもちきりであった

 私とノエルの仲が良かったことを知っていた、レナやルメラ達、そしてアレットは心配して随分と気を使っているのが分かった


 本当の事を話そうと思いもしたが、誰にも話さない方が良いと心に決めるマノンであった


 その後、刃物専門店"バルテ"の焼け跡は徹底的に調査されるが何も出る事は無かった

 デジレが予め都合の悪い物は完全に処分していたからである


 同時に、帝国の監視者も差し向けた刺客から"バルテ"の3人を確実に始末したという報告を受ける

 監視者は事実を捻じ曲げ帝国本国には事故により死亡と報告する

 これにより密偵"バルテ"は百年の歴史にピリオド打ち、帝国の密偵リストから抹消されこの世から完全に消え去った

 "バルテ"3人は晴れて完全に自由の身となったのである


 その後、ノエルからは何の音沙汰も無かった……


 そして……何年も年月が流れたある日、マノンは王都ガリアンで大陸の辺境に物凄く腕の良い女鍛冶いるという話を耳にするようになる

 刃物は包丁などの日用品しか打たず、金になる剣の注文は一切受けないという変わり者だと言う


 その女鍛冶が打ったいう包丁を手にしたマノンはハッとすると微笑む

 その包丁に刻まれた銘は"source chaude"……"温泉"であった




 第113話 ~  ノエル・バルテ ➁  ~


  終わり


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