第112話 ~ ノエル・バルテ ① ~
第112話 ~ ノエル・バルテ ① ~
序章
マノンがセシルと魔法工房に行っている頃、王立アカデミ-の迎賓者寮ではルメラ達が王立アカデミ-や王都ガリアンで見聞きした事を書にしたためていた
「あああああああ!」
急にルメラが奇声を上げる
「なんで、遠い異国に来てまでこんな事しないきゃいけないんだっ!」
持っていたペンを投げ出すと椅子にもたれかけて天井を見上げる
「マノンの野郎……今頃は……」
「ああああああああ!もうこんな生活嫌だっ!」
ルメラの言葉に他の3人も筆を止める
そんなルメラを見てユーリアが大きなため息を吐く
「どこにゲルマニア帝国の目があるのか分からない以上、仕方がありません」
そう言うと再び筆を走らせ始める
「でもな……半年しかここにいられないんだぜ」
「このままじゃ、マノンと……」
ルメラは途中で口籠ってしまうが……
「ヤれませんからね……」
それを聞いていたアイラがルメラの続きを言う
「……」
アイラのストレ-トな言葉に黙り込む他の3人……
「でも、そうですよね……」
「この留学はこのままでは本当に何事も無く無事に終わりそうですね」
エルナが平然とした口調で言う
「……」
4人とも黙り込み、沈黙の時間が流れる……
そして……4人は顔を見合わせると何かを決意したように頷く
すると、エルナが沈黙を破る
「例の作戦を実行すべきだと思うのですが」
エルナの提案に他の3人は互いに視線を交わすと大きく頷く
かくして、ルメラ達の何やら怪しい作戦が実行に移されることとなるのであった
第112話 ~ ノエル・バルテ ① ~
「マノン君っ!」
講義が終わり廊下を一人で歩いていたマノンの背後から不意にマノンを呼ぶ声がする
「えっ……」
私が後ろを振り返ると一人の男子生徒がこちらに向かって走ってくる
私は近付いてくる男子生徒の顔をジッと見るが心当たりがない
「あの~失礼ですが……」
「どなたでしょうか……」
私は見覚えのない男子生徒に話しかける
「あっ! 申し遅れました」
「錬金科の二年のノエル・バルテと申します」
そう言うとペコリと頭を下げる
「ノエル・バルテ……さんですか」
「私に何かご用でも……」
ノエルに覚えのない私は少し困惑した口調で尋ねる
「実はご相談がございまして……」
ノエルは少し言い難そうに私の方をチラッと見る
"男の子なのになんだか凄く可愛い子だな……"
私は心の中でそう呟くとノエルに何故か親近感を覚える
「私で力になれるのなら……」
少し困惑しながらも私がそう言うとノエルはにっこりと笑った
私とノエルは並んで歩きながら会話をする
吃驚したのはノエルが温泉好きだという事、他にもいろいろと話をしたが趣味嗜好がどうも私と同じようだ
趣味趣向が合う者同士、私とノエルが友達になるのには当然の成り行きだった
私は王立アカデミ-に入学して初めて出来た同性の趣味友に少し浮かれているのだった
……しかし、それは事前にノエルの情報収集をもとに父のデジレの手により周到に計画されたものであった事は言うまでもない
ノエルの相談とは実家の刃物専門店の商品に関することであった
より強靭で軽く切れ味の鋭い刃物を作るのに適した最良の鉄材の錬金方法に関する相談であった
ノエルが王立アカデミ-の錬金科に在籍しているのもその研究のためだそうである
(これは、本当の事である……)
かくして、マノンとノエルが仲良く並んで楽しそうに会話をしながら歩く姿が時より見られるようになるのであった
が……二人の仲睦まじい姿はありもしない誤解を招き、ある噂を生む原因となるのである
そんな噂を耳にしたマノンを取り巻く女子達の反応はそれぞれだった
例えば……そんな噂に心当たりのあるアレットの心境はと言うと……
"ノエル君がマノンの事を知りたがっていたのはそう言う事だったのね"
つい最近、ノエルにマノンの事をいろいろと聞かれたアレットは不思議に思いながらもノエルが自分好みの可愛い男子であったこともありいろいろとマノンの事を話していたからである
"マノンとノエル君か……"
"これは……アリよね……"
アレットらしい妄想に無い胸を膨らませるのであった
レナは全然、そんな噂など気にもしていなかった
何故なら、マノンとは普段からよく話しており、王立アカデミ-で初めて出来た同性の友達の事を嬉しそうに話すマノンを知っていたからであった
アレットが想像するような方にはいかにないという確信があったからでもあった
最近ご無沙汰のマリレ-ヌはと言うと……
何事にも無欲なマノンがそっちの方に走るとは思ってもおらず、どうやってマノンとの関係をより親密にするかの方がマリレ-ヌにとっては問題であった
ルメラ達も同じで、一度はマノンに疑惑の目を向けていたがマノンにそんな趣向は無いという事が分かっていたので気にする事はなかった
ルシィに至っては気にも留めなかったのである
ただ、この手の噂が大好きなエレ-ヌだけは違っていた
だが、エレ-ヌもマノンにそんな趣向は無いことを知っており面白半分で噂に聞き耳を立てていただけである
そのお陰でノエルは予測不能な邪魔も入ることなくマノンという人物をじっくりと観察でき、その心の内のあらましを探れたのであった
そんなこんなで、何事も無く一か月近くが過ぎようとしていた
ノエルは一か月間のマノンとの会話でマノンにゲルマニア帝国に何の関心も無いことを確信するのであった
そして、マノンが地位や権力、金や名誉にも関心がなく無欲である事も確信していた
マノンの頭の中は、温泉と美味しい食べ物の事でいっぱいだったのである
"この人……本当に"大賢者の弟子"なの……"
ノエルも疑ってしまうほどであった
刃物専門店"バルテ"地下室に薄暗い蝋燭の炎が揺らめいている
「マノン君はゲルマニア帝国なんかに何の関心も無いよ」
「彼には、欲というモノが全くといってよいほどないんです」
ノエルは父のデジレに確信をもって言う
「そうか……」
「ならば、そのように報告することにしよう」
「これで、マノン・ルロワの件については完了だ」
「よくやった、ノエル」
デジレはそう言うとノエルの肩をポンと叩く
「うん……」
嬉しそうな顔をしながらもノエルの心には何か棘が刺さったような気がするのであった
ノエルが感じた痛みは父のデジレや母のブリジットが長年感じていたのと同じ心の痛み良心の呵責なのである
父のデジレに最終報告を終えると自分の部屋に戻ったノエルは小さなため息を吐く
「はぁ~」
そのままベッドに倒れ込むように仰向けに寝転がる
「なんか……嫌だな……」
小さな声で呟くと両手で目を隠すように覆う……
そして、小さな水滴がポタポタと流れ落ちるのであった
そして、数日後に"バルテ"の最終報告書が帝国の監視者の手に届く
「なるほど、マノン・ルロワは危険人物ではなさそうだな」
「その旨を本国に報告するとしよう」
「残るは……"バルテ"の事だな……」
男がそう言うとため息を吐く
「手筈通りに事を進めるのね……」
女が少し躊躇うように言う
「ああ……」
男はそう言うと俯き黙り込んでしまった
その頃、自分達の身に危険が迫っている事に勘付いていた"バルテ"の3人は今後の身の振りについて最後の話し合いをしていた
幻獣騒ぎもあり、ガリアにここの存在が知れるのは時間の問題であった
何故なら、幻獣を移していた倉庫はデジレが偽名を使い借りていたからである
あれから1ヶ月が過ぎ確実にガリアの調査の手が近付きつつある事を実感しており、もはや今まで通りにここで商いをする事が難しいと判断したからである
それより気がかりなのは、1週間以上も前に帝国の監視者にも既にその旨を伝えてはいるが全く音沙汰がないがない事にもデジレは危機感を敏感に感じ取っていた
そんなデジレに抜かりはなかった、その空白の1週間で最悪の事態に備えていたのである
「間違いなく監視者は我らを見捨てるだろう……」
「その前に、ここに火を放ち姿を眩ませる」
「身代わりは既に墓地から失敬している」
デジレはそう言うとブリジットとノエルに交互に視線を交わす
「どこか遠くで3人で新しい暮らしを始めよう」
「今度は、何の枷も無く、何の偽りも無く……」
遠い目をしたデジレはそう言うと大きくいを吸い込む
「準備は整った」
「3人とも腹を括ったのだから事を起こすのは早い方がいい」
「決行は明日の夜、それでいいな」
デジレの言葉にブリジットとノエルは小さく頷いた
蝋燭を手にノエルは階段を登り自分の部屋に入るとベッドに横たわり天井をジッと見つめる
蝋燭の灯で照らされた薄暗い部屋の中、何もない天井に何故か笑っているマノンの顔が浮かび上がってくる
"明日でお別れか……"
"明日、王立アカデミ-へ行ったら挨拶ぐらいはした方がいいかな"
"もう、会う事も無いんだし……"
"そんな必要ないかな"
"ずっと、マノン君の事を騙していたんだし……"
"今更……"
ノエルの頭の中でいろんな事がぐるぐると回り出し眠れなくなってしまう
そして、夜は明け……一睡もしないままに運命の日の朝を迎えるノエルであった
第112話 ~ ノエル・バルテ ① ~
終わり