第111話 ~ 王国騎士セシル・クレージュ ➄ ~
第111話 ~ 王国騎士セシル・クレージュ ➄ ~
序章
マノンが魔法工房でセシルと過ごしている頃、王都ガリアンの一角にある貿易商の薄暗い地下の一室で男女二人が何かを話している
「幻獣が飼育されていたという事はガリアの連中も既に気付いているはずだわ」
「あの倉庫の名義からここがバレる事はないだろうけど……」
女がそう言うと一人の男が頷く
「しかし、このまま何事も無く収まるまい」
「それに、本国へ何と報告するかもな……」
「止むを得んな……」
男が何かを決心したように言う
「まさか……"バルテ"を切り捨てるつもりなの」
「最古参の密偵なのよ」
「それに、"マノン・ルロワ"の件はどうするの」
「"バルテ"の息子でなければ難しいわよ」
女が少し慌てたように言う
「わかっている……しかし、何かを犠牲にせねば我らも危うい」
「気の毒だが"バルテ"には"トカゲの尻尾"になってもらう」
「本国への定期連絡まで一ヶ月ある」
「それまでは"バルテ"には計画通りに働いてもらう」
男が呟くように言うと女は無言で小さく頷いた
一方、刃物の店"バルテ"では帝国の監視者が自分たちを切り捨てると決めたことも知らずにマノンに接近する手立てを試行錯誤しているのだった
「とりあえず、ノエルはアレット導師(A)に取り入りマノン・ルロワ(М)に近づく」
「ノエルはМにそれとなく学問の事で相談を持ち掛ける」
「予め、Мの趣味嗜好を調べ上げておき、それを話題にして親しくなりМの心中を探る」
「これが私の考えた基本的なミッションの方向性だ」
父のデジレがミッションМの簡単な方向性を話す
「細かい事は、様子を見ながら煮詰めていくつもりだ」
「ノエルはМの趣味嗜好を探ることが当面の仕事だ」
「同時にAへの接近も進めておくのが良いだろう」
デジレの言葉にノエルは小さく頷く
「相手は"大賢者の弟子"だという事をくれぐれも忘れぬように」
「焦る事はない、無理もするな……いいな……」
デジレはそう言うとノエルの肩を軽くポンポンと叩く
「わかったよ、父さん」
ノエルは自分の肩のデジレの手を握ると力強く答えるのであった
そんな二人を不安そうに見つめる母のブリジットの目があった
かくして、マノン・ルロワはМというコードネームを与えられてノエルに監視される事となるのである
第111話 ~ 王国騎士セシル・クレージュ ➄ ~
「もう朝か……」
ベッドで目の覚めたマノンが休憩室の大きな時計を見て呟く、隣には裸のセシルが寝息を立てている
「ああ~」
私は気の抜けた力ない呻き声を出すと、寝ボケた虚ろな目を手で擦りベッドから身を起こしセシルの方を見る
"まさか……一晩で5回もヤるなんて……"
私は、少しやつれた様子で力なく呟く
そう……セシルはいわゆる"底無しの沼"だったのである
レナは違ったタイプの"絶倫女子"だったのである
この世界の女性は男性に比べ生殖本能が強く"交わり"に積極的である
これぞと決めた相手は絶対に逃さないところがあるのは、そのDNAに深く生殖本能が刻まれているからである
しかし、妊娠して子供が出来てしまうと急激に母性本能が強くなり"交わり"に興味を示さなくなるのもそうである
セシルを起こさないようにゆっくりマノンが起き上がろうとすると……
"うっ"という小さな声を上げてそのままベッドにへたり込む
"これは……"
以前に経験した事のある腰に力が入らない脱力感
"ヤり過ぎた……当然か……"
隣で幸せそうな表情で気持ちよさそうに寝ているセシルを見ていると"まぁいいか"と思えるマノンであった
セシルにしてみれば、今度はいつ会えるか分からないのであるから、ついついヤり過ぎてしまうのは仕方のない事でもある
私は裸のままで四つん這いになり這うようにしてベッドを出ようとしていると
「んん~っ」
セシルの声が聞こえた、どうやら目覚めたようである
「おはよう……セシル」
四つん這いのままでセシルに目ざめの挨拶をする
「マノン……おはようございます!」
セシルは寝起きだというのに凄く威勢のいい声である
肌艶も良く生き生きとしているのが分かる
「どうしたの、マノン……」
「そんな恰好でなにしてるの」
裸で四つん這いでいる私の姿を見てセシルが不思議そうに問いかけてくる
「その……ちょっとね」
ヤり過ぎて腰が立たないなどとは言えないので誤魔化そうとする
「ねぇ……マノン……」
セシルは私の方に這い寄ってくる
「何……かな……」
私はセシルの表情に何かしらの恐怖感を覚える
「ちょっとね温泉に入ってくるね」
私は、すごすごと這うようにしてベッドを出ようとするとセシルが私の足首を掴む
「ひぃっ!」
思わず声にならない悲鳴を上げる私をセシルはズルズルとベッドに引きずり込もうとする
その時、父のアルフレッドが言っていた言葉が脳裏をよぎる
"美しい薔薇には棘がある"
薔薇には棘があるように、美しいものには人を傷つける恐ろしい一面があるということの意味を身を以って痛感するマノンであった
"父さん……こういう事なんだね"
"これからは、美人には注意するよ……父さん……"
ズルズルとベッドに引き込まれながらマノンは父の言葉の意味をかみしめるのであった
かくして、朝から三回のお勤めを果たす事となるマノンであった……
「はひぃ~」
お勤めを終えたマノンは温泉に浸かり呆然としている
"疲れた体にこの湯は本当にいい……"
"もしかして……魔法工房に温泉があるのは……"
"このためなんじゃ……"
どうして魔法工房の温泉があるのか……温泉の本当の目的に気付くマノンであった
「あはははは……」
マノンが力なく笑っているとセシルも温泉に入ってくる
「ああ~いいお湯ね」
「疲れが何処かに飛んでいくのが分かるわ」
そう言うとセシルは両手を組んで頭の上に上げて大きく体を伸ばす
私はセシルの大きな胸がプルンと揺れているのを何げなく横目で見ている
「マノンってオッパイが好きなの」
セシルは少し意地悪そうな口調で聞いてくる
流石に"うんっ! 大好きっ!"なんて言えないので……
「胸とお尻は女性らしさを強調するものだからね」
「世の男共はみんな大好きだと思うよ」
私はそれらしいことを言って誤魔化そうとする
「ふう~ん」
セシルは目を細めて私の顔を覗き込む
「そういう事にしておいてあげる」
どうやらセシルにはバレバレのようである
ヤッた後なので当然であるのだが……
正確には好きというより貧乳女子だった頃の執着が尾を引いていると言った方が良い
「……」
私は何も言わずに視線を逸らす
「私、何だか凄く気分がいいの」
「何故だか、自分でもよく分からないんだけど……」
セシルはそう言うと私をジッと見つめるとにっこりと微笑んだ
その瞬間、私の背筋に悪寒が走る
"当然、セシルもこの温泉に浸かれば復活するのでは……"
私の勘は正しかった、温泉から上がると更に三回のお勤めが待っているのであった
ふと気が付けば、もうお昼前になっている
私とセシルは慌てて転移室へ行くと王都に転移する
広場の塔の頂上に転移するとセシルが私にそっと口づけをする
「マノン……ここでお別れね」
そう言うとセシルは一人でゆっくりと階段を降りようとする
「宿まで送るよ」
私が一人で帰ろうとするセシルを呼び止める
「ありがとう……でも、いいわ……」
そう言うとセシルは階段を足早に降りて行った
私は階段を降りていくセシルの後姿をただ見送るのだった
セシルは階段を下りて通りに出る、宿へと帰る歩みが徐々に速くなる
宿に着くと階段を駆け上り部屋へと駆け込む……セシルはそのままベッドに倒れ込む
その目から涙が溢れ出す
"離れたくないよ……一緒にいたいよ……"
小さな声で呟くと上着のポケットの中に何かあるのに気が付く
"何なのこれ……"
セシルはベッドから起き上がるとポケットに手を入れ取り出す
小さな小箱が二つ、セシルは一つ目の小箱のふたを開けると……
手紙と共に塗り薬が入っていた
"肌荒れの薬です、股ズレに効くと思います"
"道中の無事をお祈りしております"
"マノン・ルロワより"
そして、もう一つの小箱を開けた瞬間にセシルの目から涙が止めどなく溢れ出す
小箱の中には、青く輝く魔石の指輪が入っていたのだった
"もう……マノンったら……"
セシルは指輪を取り出すと左手の薬指にはめる
"ありがとう……マノン……"
セシルは小さな声で呟くと左手の薬指にはめられた指輪を優しそうな表情で見つめるのであった
暫くすると、セシルは立ち上がり黙々と荷物をまとめ始める
簡単な食事を済ませると服を着替え騎士団のマントを羽織り荷物を肩に掛け部屋を出る
宿の受付の女性に挨拶を済ませると代金を支払い宿の裏手にある馬屋に向かい愛馬に荷物を載せ自分も馬に跨る
「さあ、帰ろうか……マノン」
セシルの愛馬マノンは"ヒヒン"と嘶くとゆっくりと歩き出す
セシルの目から涙と悲しみは完全に消え失せていた
その瞳は、指にはめられた指輪の青く輝く魔石と同じように輝いているのであった
それから、2ヶ月後にマノンの元に1通の手紙が届く……その内容は
拝啓 マノン・ルロワ殿
この度、私セシル・クレージュは貴方様の子供を授かりました事をここにご報告いたします
父のジルベールは、それはもう大変に喜んでおります
ポルトーレにお立ち寄りの際は是非、いつでも当家にお立ち寄り下さい
父のジルベールと共にお待ちいたしております
追伸……高価な指輪を頂きました事に感謝しております
トルス騎士団付き王国騎士 セシル・クレージュ
この手紙を受け取ったマノンは手紙を手にしたままで窓の外をずっと眺めているのであった……
第111話 ~ 王国騎士セシル・クレージュ ➄ ~
終わり