第十一話 ~ 嵐の前に ~
第十一話 ~ 嵐の前に ~
~ 序章 ~
ガリア王国東部の奥深くへの進軍を開始した旧シラクニア王国軍の進軍速度は速くはなかった、随所でガリア王国軍の反抗を受けたために停滞することも多々ある上に、ゲルマニア側から与えられた"大賢者"の所在場所やその他の情報も大まかでガリア王国の地理にも不慣れだったために手探り状態での進軍となってしまったからである。
その頃、ロール川でガリア王国軍と対峙しているゲルマニア帝国軍には全く動きがなく対岸のガリア王国軍もそれは同じだった。
まるで動きの無い主力部隊……その一方で急遽、王都に戻ったシルビィは急いで兵を集めようとするも殆ど兵力が出払っていて集まらずポルトーレ方面各地に点在する予備兵力をまとめつつポルトーレ地方の主要都市であるサン・リベールへ出発することとなる……当然、周りは猛反対をするがそれを振り切っての出陣である。
王都に送り返してしまえば側近たちがポルトーレへのシルビィの出陣を思い留まらせてくれるだろうというエドガールの目論みはものの見事に外れることとなる。
そんな、周りの事情などとはお構いなくマノワール村では普段と同じ時間が流れているのだった……。
~ 嵐の前に ~
マノン……いや……爺は忙しかった……。
後期のクラス代表になったこともあるがセシルに剣術を教える事を約束してしまったからでもある。
いつも同じ時間に起床し他のクラスメイトより30分早くマルティーヌ女子学校へ登校し教育導師のオレリア・フィヨンとその日の打ち合わせを行い、クラスメイト全員の出欠と状態を確認する。
(因みにレナも付き合ってくれているので助かる)
オレリアは25歳で6歳と2歳の男の子の子供が二人いる、亭主を王都に残して実家に帰省して暮らしており両親が子供の世話をしてくれている(この世界ではごく一般的である)。
身の丈160センチ程で童顔やや小太りの巨乳、髪は金髪でショートカットである、王立アカデミーの卒業生で頭脳優秀ではあるが運動音痴でありで少し頼りない感じのする人である。
授業後は今日の授業のクラスメイト全員の課題・問題点をオレリアに報告、場合によってはオレリアの代わりに分からないところを教えたりする事もある。
その後に校舎裏の空き地でセシルに剣術を1時間程教えるのである……。
因みに、セシルの家はマルティーヌ女子学校までは徒歩で40分ほどの所にあるバイヨンと言う町である、マノンの家があるマノワール村とは反対側の方向に位置する。
そんなことしているうちに、授業終了後に分からなかったところを聞きに来るクラスメイトが一人また一人と増えて行くのだった。
各日とはいえ流石に世話焼きの爺も大変かと思われるが、爺にとっては苦では無かった。
肉体を失ってより250年、今こうして生きている人々と交流できることが嬉しかった……たとえ借り物の体でも充実した日々だったのだ。
そんなある火曜日の朝……。
火曜日と木曜日は学校は休みであるのでマノンは家でゆっくりとしていた。
父と母はブドウ畑に行っている……ブドウの木の冬支度をしている。
いつものように教会の鐘が8時を告げる……いつもより遅い朝食を食べると家の外に出て伸びをする
"いい天気じゃの~"そう心の中で呟くと庭の方に視線を変える……そこには……
「馬っ!」
「なっなんでこんな所に馬がいるのだっ!!」
驚いて思わず声を上げる
馬が"ヒヒィィーン"と鳴く、その傍にはセシルが立っている
「おっ、おはよう……」
驚いて呆気に取られている爺にセシルが挨拶をすると
「今日、暇だったら私に剣術を教えてよっ!」
そう言うとセシルが馬のサドルバックに吊るされた剣を2本手に取ると爺に一本を手渡すと剣を構える……
「えっ……ちょっと待って……この剣……」
剣を手にした時の重みでこの剣が本物の剣だと気付いた爺は
「セシルさんっ! これ真剣じゃないのっ!」
爺が慌てて言うとセシルはニヤリと笑い
「そうよ真剣よ、木の剣だけじゃどうも物足りないのよね」
「流石に学校じゃ無理だし、だからここまで来ったって訳よ」
「大丈夫よ刃は落としてあるし切れないから……」
「それでも切っ先は鋭いから突き技は無しでね」
セシルはそう言うと爺に斬りかかってくる、初めの一撃をかわした爺はセシルに
「刃引きしてあるとはいえ、防具も無しの真剣での稽古はまだ早い」
爺はセシルを説得しようとするが聞こうとはしない
「仕方がないの……」
爺は仕方なしに剣を構えるとセシルが不敵に笑う。
「ようやくその気になったようね」
セシルが爺に再び斬りかかる……爺はヒラリとかわすとセシルの背後に回り込む、後ろに回り込まれ焦ったセシルが振り向こうとすると
「べしっ!!!」
「ひいっ!!」
という鈍い音と共にセシルは小さな悲鳴を上げると剣を地面に落とし、お尻を押さえてのたうち回る。
「うっっっっ あっあっ……」
セシルは余りの痛みに声も出ないようだ、爺は地面に落ちているセシルの剣を拾う
「セシルさん……いくら何でも無茶し過ぎじゃよ」
言葉使いが爺にのようになってしまったがセシルは気にしていないようだった、お尻をさすりながら爺を見る
「もう少し優しくしてよね……ただでさえお尻が大きくて悩んでるんだから……」
セシルはそう言うとハッとしたような表情になり顔が真っ赤になっていく
「いっ今っ! 言った事忘れなさいっ!!」
セシルが恥ずかしそうに言うと爺は
「尻が大きいと言う事は安産と言う事だから、いい事でもある……」
そう爺が言うとセシルの顔がまた真っ赤になっていく
「それに、わし……っ私がお尻を叩いたのにはちゃんとした理由がある」
「剣を思う存分に振るうには腕・肩・背中・腰・脚どの一つ痛めていればできん」
「その点、尻はそんなものは関係ないので多少ぶっ叩いても問題ないからじゃ」
爺が笑いながら言うとセシルは納得したようで黙り込んでしまった、そんなセシルに
「お前さっ……セシルさんが速く剣の腕を上達したいのは分かる」
「"急いては事を仕損じる"という古い諺がある」
「剣術というものは、日々の鍛錬をしっかりとしておれば自然に基本は身に付く」
「後は実戦でそれをどう生かすかじゃな……」
爺がそう言うとセシルが何だか釈然としない表情で
「マノンさんって……私が思ってたより何だか爺臭いのね……」
「"……じゃ"、とか言ってるし……」
そう言うとクスクスと笑いだすとゆっくりと爺の方に近付いてくる
「私は……そんなマノンさんが好きかな……」
そう言うと再び顔が真っ赤になっていく
「いっ今言った事も忘れなさいっ!!!」
そう言うと私の手から剣を2本取ると再び馬の鞍にサドルバックに吊るした
「お姉ちゃんっ……なんなのこの騒ぎ、それにこの人誰っ」
傍で見ていたイネスが状況が分からなくて困惑したように私に問いかけてくる
庭先で真剣振り回しているんだから当然の事だ……
「始めまして、私はマノンさんと同じマルティーヌ女子学校でクラスメイトのセシル・クレージュと申します」
「お姉さんには剣術を教えてもらっているの」
セシルがそう言うとイネスも
「私は、妹のイネス・ルロワです……」
と少し戸惑いながらもセシルに言うと
「へぇー……マノンさんに妹がいたなんて……」
そう言うとイネスをジッと見て
「ホントに妹なの……全然、似てないんだけど……」
マノンとイネスがあまり似ていないので不思議そうに言うと
「まっいいか」
「よろしくねっイネスちゃん、マノンさんは私の剣の師匠なのよ」
そう言うとセシルは愛想よく笑うがイネスは逆に警戒しているようだ
「立ち話もなんですから、お茶でもどうですか」
一応、イネスらしい大人の対応をすると
「ありがとう……実は喉がカラカラなのよね」
「冷たいお水でも頂けたらありがたいわ」
セシルの言葉にイネスはジィ~っとセシルの顔を見ていると
「なんなら沢の水で冷やしたワインもありますけど」
とイネスが目を細めて言うとセシルの目元がヒクヒクと動くのが分かる……後でわかった事なのだが実はセシルはワインが大好きなのだ……。
イネスはセシルを見たその一瞬で彼女が酒好きだと言う事を見抜いたのである。
イネスの恐るべし洞察力である……。
当然、セシルも自分の酒好きを一瞬で見抜いたイネスの目に"この子に嘘は吐けない"と恐怖を感じるのだった。
(因みに、ガリア王国では15歳から普通に飲酒が可能である)
それから暇があると、セシルは私の家まで馬で乗りつけ剣術を習いに来るようになったが、いきなりくることはなく、ちゃんと私に許可を取るようになってはいた。
(後で、馬と剣を勝手に持ち出したことが親にバレて随分としぼられたようだ)
暫くしてから、セシルの父親が私の家に挨拶に来ると……私の父のとセシルの父ジルベールはすごく気が合うようでいつの間にか友達になりセシルと一緒に家に来ることもあった。
ワインを飲みながら陽気に話す二人を見ながら、私はため息をセシルは生唾を飲み込んでいた。
(因みに、ジルベールは初めてマノンを見た時は男の子だと思い込みセシルと"交わりの儀"を交わして欲しいと本気で考えていたそうだ)
セシルの父ジルベールの話だとセシルは幼い頃から"騎士の物語"とかが大好きでいつの間にか騎士を志すようになっていたそうだ……特に大陸最強の剣士と言われる"大賢者パトリック・ロベール"の物語が大好きだと知った時は流石の爺も少し恥ずかしかったようだ。
セシルが良家のお嬢様で結構なお金持ちだと知るのもその時である。
今から考えてみれば馬や剣をを持っているだけでもそれなりに財力のある家だと言う事は容易に察しが付くのであるのだが……どことなく傲慢な口調なのもそのためだろう。
曽祖父が王国騎士でゲルマニア帝国との戦闘で功績を上げるも負傷し騎士を引退した際に当時の国王より褒美としてこの地に所領を頂いたそうだ。
これもセシルが騎士を目指す要因の一つなのだと思う。
私の家に来るようになるとセシルは徐々に色んな事を私に話すようになっていた。
将来の夢、好きな事から始まり母親とは一緒に住んでいない事や名前も顔も知らないが腹違いの姉が王都にいるらしいと言う事など……かなりプライベートな事まで話すようになっていった。
セシルがマノンに剣術を習おうと考えたのは、剣術道場などが無いこの時代に剣術を習うには有名な剣士に弟子入りするか、それなりの腕のある者を雇い入れるかだが適当な人材が見つからずにら困っていたところに女子学校での教練で見事に現役の騎士から一本を取ったからだという事も.....
セシルもどうしてマノンに自分がここまで話してしまえるのか不思議だった……。
マノンに自分が理想的とする騎士の姿を重ね合わせそれが絶対的とも言える信頼となっていたのだったのだが当の本人のセシルは気付いてはいなかった。
それが憧れとなり、やがてレナと同じ"許されぬ恋"へと姿を変えるのはもう少し先の話である。
セシルはマノンの事を知れば知る程に好きになっていく自分が少し怖かった。
そんなある日、いつものように馬に乗りマノンの家にやってきたセシルはその途中で偶然にレナと逢ってしまう……。
その時点で既に村では馬に乗り鞍に剣を吊るした若い女が時より目撃され話題となっていた。
当然、レナもその噂を知っている……因みにマノンは知らない……。
「セシルさん???」
レナは思わず声にしてしまう
「えっ……レナさん……」
レナの声に気が付いたセシルが馬を止めてレナの方を見降ろす、目線が会う二人に何とも言えない数秒の沈黙の時間が流れる
「こっ……こんにちは」
レナが顔を引き攣らせながらセシルに挨拶をすると
「あっ……こんにちはレナさん」
セシルも少し遅れて挨拶をすると馬から降りる
「レナさんってこの近くなの」
セシルがレナに訪ねると
「そうよ私の家、パン屋なの製粉所も兼業してるのよ」
レナはそう言うと少し間をおいてから
「今日は、どちらまで」
レナは馬を見ながらセシルに訪ねると
「……ルロワさんに剣術を教えてもらってるの」
「私の家からこの村まで歩きだと一時間以上かかるし……」
「それに、2本も剣抱えて来るのは大変だからよ」
セシルは馬の鞍に下げられた剣を手で軽く叩く
(セシルは人前ではマノンの事をロルワと呼ぶ、理由はマノンが自分の剣の師匠だと思っているからである)
「セシルさんって……馬に乗れるんだ、凄いね」
レナは馬を見ながら感心したかのよう言う
「私、騎士になりたいのだから乗馬は当然よ」
セシルはそう言うと馬を手で優しく撫でると少し何か考えると
「あの……レナさん……」
「ルロワさんって乗馬は出来るの」
セシルの突然の質問にレナは首をかしげると
「……どうかな……私はマノンが馬に乗っている所なんて見た事ないわよ」
レナがそう答えると
「そうなんだ……私、ルロワさんは馬に乗れると思ってたのに」
「少しガッカリかな……」
セシルは少し残念そうな表情になる
「ロルワさんって馬に乗っている姿が凄く似合うと思うのに……」
セシルはそう言うと少し笑みを浮かべる、それを見たレナの表情が一瞬、強張る……セシルはそれを見逃さなかった
「……レナさん……もしかしてルロワさんの事を……」
セシルがレナをジッと見て言うとレナは無表情になる
「そうよね、ルロワさんって凄くカッコイイもんね」
「私、女の子が女の子に憧れてもいいと思うのよ」
そうセシルが言うとレナの表情が和らぐ、するとセシルは
「あ~あ~ロルワさんが男の子だったらな……」
セシルは遠い目をして言うと思わずレナも
「そうよね……」
と無意識に口にしてしまうとハッとして口に手を当てる
「やっぱり、レナさんもそう思うのね」
そう言うとセシルはクスクスと笑う、レナは自分の顔が火照るのが分かった
「じゃ、私行くね」
そう言うとセシルは馬に乗りレナに手を振ると馬はゆっくりと歩き出した。
レナはその後姿を見送りながらセシルも自分と同じようにマノンに恋するのではないかと、何となく予感がするのだった。
一方のセシルは、レナがマノンに恋している事に勘付いていた……。
"許されぬ恋"か……"あの子も大変ね"……そう呟くとマノンの家に向かうのだった。
その日の夕刻、この時期は珍しい嵐が来てセシルは家に帰れなくなりマノンの家で一晩過ごす事になろうなどとは思いもよらないのであった。
第十一話 ~ 嵐の前に ~ 終わり