第104話 ~ 大賢者の災難(女難第二波の到来) ⑧ ~
第104話 ~ 大賢者の災難(女難第二波の到来) ⑧ ~
序章
「ここが王都ガリアン……」
セシルは初めて見る王都に少し感動したかのように呟く……
周囲を高い城壁と満々と水を湛えた深く幅の広い堀に囲まれた大陸でも最大規模の城壁都市の威容は訪れた多くの旅人もセシルと同じように目を見張っている
「ここにマノンがいるのね」
「会えるかしら……」
セシルは不安そうに呟くと城門に差し掛かる、検閲をしていた門番の兵士がセシルのマントを見ると微笑み敬礼をして道を開ける
「長旅、ご苦労さまでした」
恰幅の良い40代前後の隊長らしき人物がセシルに労いの言葉をかける
「お勤めご苦労様です」
「暫くですが、お世話になります」
セシルも労いの言葉をかけ馬から降りようとする
「下馬する必要は御座いません」
「このまま王都にお入りくださって結構です」
という隊長の言葉にセシルは改めて自分が王国騎士になったのだと実感するのであった
セシルは馬に乗ったままゆっくりと巨大な城門を潜る……
その数時間前に反対側の城門から出ていった馬車にマノンとアレットが乗っていることなど知る由もないのであった
第104話 ~ 大賢者の災難(女難第二波の到来) ⑧ ~
夜の王都ガリアン、表通りにある刃物専門店"バルテ"の地下室では一家3人がランプの薄暗い灯の下でマノン・ルロワとの接触方法を検討していた
20年近くも戦のない太平の時代が続いていたこともあり本格的な密偵活動をするのは本当に久しぶりである
長男のノエルに至ってはこれが初めての本格的な密偵任務であった
「直接的にアプローチするのは危険だ」
「誰かを挟んで対象者に接触する方が良い」
父のデジレの言葉に母のブリジットも同意する
「ノエル、誰か心当たりはあるか」
デジレの言葉にノエルはス今考え込む
「……アレット導師……あの人なら」
ノエルは呟くように言うとマノンとアレット導師との関係を父と母に話す
「いいな……」
「ノエルの学科担当導師でもあるし、自然に接触できる」
「さて……どうやって対象者に接触するかだが……」
デジレはそう言うと口元に他を当てて考え込む
「ノエル……マノン・ルロワの事を教えてもらえないか」
デジレの問いかけにノエルは自分の知っている事や学内でのマノンの評判など知っている限りの事を話す
「……"大賢者の弟子"候補か……」
「これは、一筋縄ではいかんな……」
デジレの表情が曇る
「僕にできる限りの事は何でもするよ」
そんなノエルの言葉にデジレとブリジットは顔を見合わせる
「今日はもういいだろう」
「後日、じっくりとプランを練った方が良い」
デジレはそう言うとブリジットとノエルに休むように言う
3人は地下室の明かりを消すとランプを手に階段を上り店の物置の隠し扉を開ける
ノエルは階段を上り自室へと戻っていった、それを見送るとデジレとブリジットも二人で自室へと戻っていく
「ねぇ、あなた……」
ブリジットはデジレに思い詰めたように何かを言おうとする
「わかっているよ……」
「この任務は初心者のノエルには荷が重すぎる」
「それに、相手が悪すぎる……」
デジレはそう言うとブリジットを見つめる
「もう、いいだろう」
「私たちの代で終わらせよう」
デジレがそう言うとブリジットは悟ったかのように微笑んだ
「例のプランを実行に移す」
「このために、ノエルには辛い思いをさせてきたのだから……」
そう言うとデジレはブリジットの手を握りしめた
「今日はもう寝よう……」
デジレの言葉にブリジットも頷き3人は眠りにつくのであった
そして……夜が更け朝になり、ブリジットに見送られ早朝に店を出て足早に何処かへと向かうデジレの姿があった
その対象者のマノンはアレットと共にタクサ温泉へ向かう馬車の中にいた
タクサ温泉は王都から馬車で約4時間ほどの距離にある有名な保養地である
ピオ-ネ山脈の麓に位置し豊富な山の幸が採れそれを使った料理が有名でもある
温泉と美味い物はマノンを釣る餌としては最高のものであり、実際にアレットも驚くぐらいの入れ食い状態であった
アレットと二人で温泉に行くとマノンから聞いたレナはすんなりとそれを許した
王都から許可なしでは出られないルメラ達も同じであった
許可が出ても王国騎士の護衛付きでは何もできないからである
かくしてマノンは安心して温泉に入り美味い物を食えるのである
因みに、爺も"行かん"の一言で私の部屋に一人で留まっているが、少し心配である
ゆっくりと進んでいく馬車には私とアレットの二人だけである
マノンたちが乗っている馬車は、以前マリレ-ヌと一緒に乗った王都ガリアンとドルトンを結ぶ旅客専用の早馬車ではなく荷物のついでに数人の客を乗せる荷客馬車である
乗り心地もよくなければ快適でもなく足も遅いが、その分の運賃は安く庶民向けの足として重宝がられている
今で言うなら高速バスとトラックの違いようなものである
アレットは私の席に座り何かの本を読んている、その左手の薬指に嵌められた指輪が輝いている
それに、今回も荷物が少ない……大きめの鞄が一つだけだ
多分、トロペ温泉の時のように荷物を運んでもらっているのだろう
こうしていると、以前にマリレ-ヌとドルトンへ薬草の買い付けに行ったことを思い出す
"マリレ-ヌ……元気にしているかな"
"あの時みたいにアレットも体調崩したりしないよな"
などと、馬車に揺られながらいろいろ考えていると睡魔がマノンに襲い掛かる
"なんか……凄く眠くなってきた"
マノンがウトウトしていると馬車がガクンと大きく揺れたかと思うと馬の嘶きが聞こえ目を覚ます
「なんなのよっ!」
読書をしていたアレットも驚きの声を上げた
"キッギギーーッ"
不快な音を立てて馬車は止まった
御者のオジサンが慌てて降りると馬車の周りを見回る
「ああ~、やっちまったか……」
「あとちょっとでタクサだってのによ」
御者のオジサンが落胆の声を上げる
「お客さん……申し訳ない」
「車軸止めが外れちまった」
「修理を呼ぶからそれまでここで足止めだよ」
御者のオジサンはそう言うと申し訳なさそうに頭を下げる
「仕方ありませんよ」
アレットが御者のオジサンに気にしないように言う
私は馬車の車軸止めを確認する……
"これか……"
車軸止めを固定している鉄の釘が折れている
"これなら何とかなるか……"
私は折れた鉄の釘を再錬成して直し下に落ちていた石を拾い鉄の釘の頭を叩いて緩んだ車軸止めを締め直す
"これでどうかな……"
私は途方に暮れてい御者のオジサンの傍に行く
「応急処置をしたので見てもらえるかな」
私の言葉にオジサンは"えっ?"っという顔しながら車軸止めを覗き込む
「ホントだ……直ってる」
オジサンは信じられないという表情で私を見る
「感謝するよ、これならタクサまで持ちそうだよ」
「でも……どうやって直したんだい」
オジサンは不思議そうに私に問いかける
「ん……どうやってって……」
私が答えに少し困っている様子を見たオジサンは
「まぁ……いいさな……」
そう言うと笑いながら馬車の御者台に座る
「それじゃ……行くとするかな」
オジサンの言葉に私とアレットも馬車に乗り込む
馬車はゆっくりと動き出す
「マノン君……」
「魔術を使ったんでしょ……」
アレットは私の耳元で囁くように言う
「……うん」
私は小さな声で答える
「この前のトロペの時もそうだけど……」
「あんまり目立つことしちゃダメよ」
「その内に正体がバレちゃうわよ」
アレットは子供を叱るように言うのだが……
本当は、私の事を心配しているというのが分かった
馬車はゆっくりと動き続け30分ほどでタクサに到着する
私とアレットが馬車から降りて歩き出すと御者のオジサンに呼び止められる
「お客さん、ちいっといいかね」
オジサンは私とアレットにここにいるように言うと急いで何処かに行ってしまった
「なんだろうね……」
私はそう言うとアレットと顔を見合わせる
暫くするとオジサンがこちらに向かって小走りに駆けて傍に来る
「お客さん、これ親方から……お礼だって」
そう言うと紙包みを手渡す
「少ないけど貰ってくれかね」
私に紙包みを手渡そうとする
「そんなの貰えませんよ」
私が受け取るのを拒んでいると横からアレットがオジサンから紙包みを受け取った
「ありがたく貰っとくわね」
そう言ってアレットが微笑むとオジサンも微笑み何処かへと歩いて行った
「あのねぇ、マノン君……こういう時はね」
「ありがたく受け取るのがいいのよ」
「悪い事して、その見返りに金品を貰うんじゃないんだから」
アレットは母親のように私に諭すように言う
「……うん……」
私は返事をし小さく頷いた
何だかアレットが本当の姉のように錯覚するマノンであった
因みに、紙包みには銀貨で300ガリア・フランが入っていた
丁度、二人分の馬車の片道運賃である
アレットが言うには
"私たちがあの馬車に乗っていなかった事にして、運賃分をお礼としてくれたのよ"
"馬車修理の出張費やら修理代、それに馬車の運行のスケジュール調整や何かを考えれば安い物だと思うわよ"
私はアレットが以前にも増してしっかり者のお姉さんのように思えてくるのであった
マノンは、もはや剣の技や知識では学ぶことはなくとも一般常識はそうではない
実際、アレットは世間知らずのマノンにとってはそういう事については良い先生であった
マノンは、これからもアレットから多くの事を学ぶことになる
私はアレットとゆっくり歩いてタクサの温泉地へと向かう
馬車乗り場から歩いて5分ほどで旅館街に着く所々から湯煙が上がりいかにも温泉地という雰囲気である
アレットは一軒の小さな宿の前で立ち止まる
「ここが今日のお宿よ」
そう言って私に宿を指さす、小さい宿だが店構えから歴史と趣が感じられる
アレツトが旅館の玄関に入ると30代半ばの宿の女将さんが出てくる
身の丈165センチほどの標準体型で黒髪のショート・ヘアの品の良い顔立ちをしている
「ようこそ、お待ちしておりましたアレットさん」
そう言うと私を見て"あれっ"というような表情をする
「そちらのお方は……もしかして……」
「アレットさんの……」
明らかに女将さんは勘違いしている
「残念ながら……ちょっと違うわよ」
アレットは少しニヤけている女将に言う
「あらそう……」
女将さんはそう言うと少し残念そうな顔をする
そんな女将に案内されて別棟の離れへと案内される
「どうぞごゆっくり……」
女将はそう言うと母屋の方へと歩いて行った
完全に独立した別棟の宿はトロペ温泉のペンションと同じぐらいの広さであるが造りは遥かに良くゲルマニア帝国のザッハの高級宿に引けを取らないほどであった
「これ……相当、高い部屋なんじゃないんですか」
私がアレットに問いかける
「まぁ……それなりにね……」
アレットは何げなく言うが、本当は二人で一泊3食付き800ガリア・フランもするのである
(結果、馬車代をケチらざるをえなかったのである……)
「それに、アレット導師は女将さんと随分と親しいようですね」
先ほどのアレットと女将の会話の様子を見てわかる
「そうよ、20年ほどの付き合いかな」
「私が幼いころから父とよく来ていたから」
「普段はもっと安い部屋に泊まるんだけどねっ」
アレットはそう言うと舌を出して小悪魔のような笑いを浮かべた
別棟は室内と室外の両方に温泉が付いている
「もうすぐお昼だし、少し休んでから食事にしようか」
そう言うとアレットはベッドに横になる
「あ、痛てて」
どうやらアレットは腰が痛いようである
木の板の上に薄いカーペットを敷いただけの馬車の座席に4時間も座りっぱなしだったのだら仕方のないことだ
「大丈夫ですか」
私が心配して尋ねる
「大丈夫……」
「なんか、かっこ悪い所見せちゃったわね」
アレットは恥ずかしそうに言うと大きく伸びをした
「うっ! ああ……」
何だか、とても辛そうに見える
「アレット導師、俯せになっていただけませんか」
アレットは暫く私の方を見ると俯せになった
「少し痛いかもしれません」
「痛かったら言ってくださいね」
私はそう言うとアレットの腰を爺仕込みの指圧マッサージする
「あっ! あっあっ!」
「はあっ! ああっ! あっあっ!」
アレットは体を捩じらせ身悶えしながら喘ぎ声を出す
「なんなのこれっ! 凄くいいっ!!」
「はあっ! はあっ! うっ! ああっ!」
アレットはベッドのシーツを掴み息を荒くする
こうしていると以前、セシルに指圧マッサージをした時の記憶が蘇ってくる
「どうですか」
私がアレットに問いかけると
「あっあっ! 凄くいいっ!!」
「……じゃなかった……」
「きっ効くわっ!これっ!!」
アレットは息を切らしながら答える
5分程の指圧マッサージでアレットの腰の痛みはなくなったようである
"マノン君……"
"これ……癖になるわ……"
アレットはベッドの上でぐったりとしながら呟くのであった
そうこうしているうちに部屋に昼食が運ばれてくる
「何ですかこれ……」
私は見慣れない食べ物に興味をしめす
「これは、この地方の郷土料理よ」
アレットが説明をしてくれる
「これは、雑穀を臼で挽いて粉にしたものを煉って細く伸ばしたものを焼いた川魚の骨からとったスープで煮込んだもの」
「こっちは、山菜を油で揚げたものよ」
そう言うとアレットは私に食べるように促す
私は恐る恐る口に料理を運ぶ
「美味いっ!」
「美味しいですよこれっ!」
美味しそうに食べるマノンをアレットは微笑みながら見ている
その微笑ましい光景は仲の良い姉弟のようであった……
第104話 ~ 大賢者の災難(女難第二波の到来) ⑧ ~
終わり