第十話 ~ 代行役者・パトリック・ロベール ~
第十話 ~ 代行役者・パトリック・ロベール ~
~ 序章 ~
マノンが"賢者の眠り"に就いたその日、爺はなんとかマノンの代役を果たそうとしていた。
しかし、あまりにも人としての根本が違い過ぎた……爺もその事を十分に理解していた。
爺は考えた……"だったら儂らしく振舞ってやろう"と……。
いつもよりかなり早く起きると身支度を整える、爺は男性であるので男らしくなるのは当然のことである。
そして、その内面は言葉使いに始まりちょっとした仕草や振る舞い、さては顔の表情まで影響し違ってくるのである……。
大賢者であり高位の騎士でもあるパトリック・ロベールが"秘薬ナイス・バディ"によりイケメンと化したマノンの器に入ると言う事は……。
第十話 ~ 代行役者・大賢者パトリック・ロベール ~
ロール川ではガリア王国軍とゲルマニア帝国軍が向かい合い、マノンを捕えようと旧シラクニア王国軍が本格的にガリア東部への進軍を始める事になる。
そして、約3週間後にはマノン達の村に到達することになるのだが今は片田舎のポルトーレ地方"(マノンの住む地域)"の住人達はそんなこと知る由も無かった。
戦が始まり国の情勢が一変したとはいえ戦火の及ばぬ片田舎での人々の暮らしはそう急に変わるものではない。
戦死者の葬儀が終わり、徴兵された人々を見送ると村はいつものように時が流れ始める……変わったのは、男手が減ってしまったので女達がそれを埋めなければならなくなったと言う事。
戦時下であり徴兵での人手不足もあって今年の収穫祭は取り止めとなってしまった……そんな中、マノン達にとって最後の学生生活の1か月が始まろうとしていた。
ガリア王国には建国の父であるクリストフ・ド・ガリアの意向によりこの世界この時代としては他国に比べ非常に充実した公的教育システムが存在しているために大陸の他国に比べ全ての国民が読み書きと簡単な計算ができ、基礎的な知識を持っている。
村々には教会に週二日の割合で国から出向いた導師により午前中だけの国民学校が置かれ、7歳から12歳までに読み書きと計算を習い習得することが出来る。
各地の主な地方都市には王立の学校施設があり週3日"(月・水・金)"の午前中に授業があり、男子は男子学校、女子は女子学校があり13歳から15歳まで通い基礎的な知識や技能・技術を習得することが出来るようになっている。
更にその上には王都ガリアンに大陸でも屈指の知名度と歴史を誇るガリア最高学府である王立アカデミーが存在する、学費・衣食住は全て王国が負担し年齢・性別・身分を問わないが入学は極めて困難であるが、更にそれ以上に卒業は困難である。
男女に分かれるのは、教育内容の違いによるものであり女子は家庭的な知識を多く学び男子には本格的な軍事教練が存在する。
男子学校は・女子学校ともに1年を通してあるのではなく農耕期や寒い時期は通学が困難なので休校となる。春と秋の農耕期の各2か月間と11月中旬から3月中旬の冬季休校であるので実質の一年間の通学期間は6か月ほどである。
入学は3月中旬で卒業は11月前半である。
(今回は、マノン以外の登場人物の視点となっています)
イネスは最近戸惑っていた……理由は"マノンお姉ちゃん"の事である。
寝坊助でだらしなかった姉が突然変異を起こしてしまったのだ、父と母は兄のエリクが戦死してしまったので"長女としての自覚に目覚めたのだ”と喜んでいたがイネスにはそうは思えなかった。
言葉使い、仕草・振る舞い、顔付まで突然に変わってしまったのだから……。
"別人"になってしまった自分の姉に戸惑うのは無理も無い事である、しかも、もの凄く素敵なのである……。
「おはよう、イネス……今日も朝食ありがとう」
「美味しかったよ」
お姉ちゃんがそう言うと朝食を食べ終えた後に私イネスを見てニッコリと笑うその笑顔に"やばいっっ! 素敵すぎる"心の中で身悶えしながら
「ありがとう、お姉ちゃん」
と何事も無いように答える私……
食事をしている時も背筋がピンと伸びてとても上品なのだ、以前のお姉ちゃんは何処へ行ったしまったのだ……などと考えている
「それじゃ、学校、行ってくるね」
お姉ちゃんはそう言うと布の鞄を手に取り私に手を振る。
「行ってらっしゃい」
と私は答えるとお姉ちゃんはニッコリと微笑んだ
"ぅっっっ~! やばいっ! やばいよっ!"と心の中で身悶えしながら何事も無かったように私はお姉ちゃんを送り出した。
当然、マルティーヌ女子学校の女生徒の間でもマノンの変貌ぶりは話題となっていた。
休み明け突然に、お世辞にも優秀ではない成績がいきなりぶっちぎりのトップとなり、戦時下で特別に組まれた軍事教練では王都から派遣された女騎士の教官に模擬戦とはいえ剣術で一本を奪い打ち勝つなどトンビが鷹に芋虫が蝶に脱皮するかの如し見事なまでの化けっぷりである。
当然マルティーヌ女子学校では、特に下級生には〇塚歌劇団の男役トップさながらの人気であるが本人の爺は全く気付いていない。
その中で一人だけマノンを心配している者がいた、そう……レナである。
レナにとっては今のマノンより昔のマノンの方が良かった、何だかマノンが遠くに行ってしまいそうな感覚に襲われるようになっていた。
そんなある日の帰り道、いつものようにレナは一人で帰り急いでた。
ちょっと前まではマノンと一緒に帰る事が多かったのだがマノンは後期のクラスの代表役に選出され一緒に帰れなくなってしまったのだ。
これは、レナにとってはかなりの精神的なダメージとなっている、大好きな人と二人でいられる時間が無くなってしまったからだ。
「はぁ~」
レナは気の抜けた溜息を吐くと立ち止まる、辺りはすっかり冬の様子を呈してきている。
後、一か月もすれば雪が積もり歩くのも大変になるだろう……
"後……一か月も無いんだよね"
レナは心の中で呟くと再び歩き出す、すると後ろから声が聞こえてくる
「レナ~」
後ろを振り向くとマノンがこちらに向かって走ってくるのが見える
「えっ?」
レナは一瞬、自分の目を疑ったが間違いなくマノンだ……呆然としている私に
「レナっ! 一緒に帰ろう」
そう言いながらマノンが私の方に走ってくる
「うんっ! 一緒に帰ろ」
私もそう言うとマノンは少し息を切らしながらすぐ傍で立ち止まった
「今日は早いのね」
私が訪ねると
「ああ、今日は急遽予定が変更になってね」
そう言うとマノンも私も一緒に歩き出す、そんなマノンの横顔を見ているといつもと変わらないような気がしてくる……するとマノンが私を見て
「あの~レナ……聞きにくいんだけど」
「その……あれから……"交わりの儀"の事は……」
何だかとても心配そうに私の方を見ながら言う
「あれから"交わりの儀"の事は何も無いわよ」
私がそう言うとマノンとてもホッとしたような表情になる
私には"もしかして……私の事を心配してくれているの"そんなふうにに見えた
するとマノンは少し嬉しそうに
「そっか……良かった……」
そう言うと黙って歩いている、私も同じように黙ったままで歩いていくと
「わし……私はレナが……その……なんというか……」
マノンはなんか言葉に言い表し難そうな表情で
「レナの……"交わりの儀"の話がなくて……」
「その……ホッとしている……」
少し頬を赤らめながらマノンが小さな声で言うのを聞いた私は凄く嬉しかった
「……マノン……もしも……私が売れ残ったら引き取ってね」
私が冗談交じりに言うとマノンは"エッ"という表情をするが
「うんっ! いいよっ! 」
マノンはニッコリと笑ってそう言う、私は少し驚いたが笑顔でそれに答えた
何だか、照れ臭いのかマノンはそのまま黙り込んでしまったので
「最近のマノン……凄いね……まるで別人みたい」
私がそう言うとマノンは少し真剣な表情になる
「……レナ……近いうちに話しておきたい事があるから」
「レナの家に行ってもいいかな」
マノンの真剣な表情に私は少し躊躇うが聞かなければならない事ような気がする
「何だか、とても大切な事なのね……」
私がそう言うとマノンは少し思い詰めたような表情をしていた……どんな話なのかは分からないが聞くのが怖い……そうしているとマノワール村が見えてくる。
村の教会の広場に来ると人影が見える、こちらを見ているようだった。
私とマノンが歩いていくとその人影が勢いよくこちらに近付いてくる、危険を感じたマノンが立ち止まると私の前に出て庇おうとすると、マノンの目前で立ち止まり。
「あっあのっ! マノン・ルロワ様っ! こっこれをっ!」
そう言うと頭を下げたままで両手を捧げるようにしてマノンに手紙を差し出す……その手は小刻みに震えている。
「えっ! 」
呆気にとられたマノンは固まっているが……その手紙を受け取てしまう
「あっありがとうございますっ!」
そう言って顔を上げた人物は見知った女子学校の同級生だった……
名前はセシル・クレージュ、身の丈170センチほど長く艶やかなストレートの黒髪、色白で細身だがメリハリのあるグラマラスな体型でマルティーヌ女子学校でもレナと同じぐらいの美少女である。
"どうしてセシルさんがマノンに手紙なんか……"私はただ混乱している、セシルさんとマノンにはこれと言った接点が全く無くこのような行為に出る心当たりも無いかったからだった。
顔を真っ赤にしたセシルは深々とお辞儀をすると物凄い勢いで走り去っていった
余りにも唐突でだったのでマノンは手紙を手にしたまま呆然としているが、少ししてからオロオロし始めると
「レナ……その……これ、どうしよう」
と困ったような表情で私に助けを求めてくる
「どうもこうも、受け取ってしまったからには読んできっちりとお返事しないとね……」
私はパニック状態の自分心を何とか沈めて平静を装いマノンに言う
「そうだね……レナの言う通りだよね……」
手に持った手紙を見つめながらマノンは呟いた、そして手紙をポケットにしまい込むと
「家に帰ってから、読んでからその内容に失礼のないように自分なりの返事を考えるよ」
「ありがとう……レナには後で報告するね」
そう言うとマノンは自分の家の方向に向かって歩き始めた
「あのっ! ちょっと待ってマノン……」
私は慌ててマノンを引き留めようとする、手紙の内容が気になって仕方がない……かと言って手紙を見せてなんて言えない……
「私にできる事なら何でも相談してね」
私にはそう言う事しかできなかった……当然、自宅に帰っても手紙の事が気がかりで眠れない夜を過ごすのであった。
そして、2日後の登校日にマノンと教会前の広場で会った……"本当は待ち伏せしていた"のだが……
私は偶然を装いマノンに近付くと手紙の事をそれとなく聞き出そうとする
「どう……マノン、手紙の返事は上手く書けた」
はやる気持ちを抑え込み私がそれとなく聞くとマノンは少し恥ずかしそうに頭を掻きながら
「あっ……あれ、私に剣術を教えて欲しいんだって」
「セシルさん、騎士になりたいんだってさ」
マノンの答えに私は張り詰めた糸が切れたように力が抜けた……そんな私をみてマノンが
「どうしたのレナ……何処か具合でも悪いの」
心配そうに問いかけるマノンに私は気を取り直して
「何でもないわよ」
「でも意外だわ、セシルさんが騎士になりたいだなんて……」
私はそう言って誤魔化したが、本当はあの手紙が"恋文"だと思い込んでいたなどとは言えるはずもなく……そんな自分にただ笑うしかなかった……。
「どうするのセシルさんに剣術を教えるつもりなの」
私が問いかけるとマノンは少し微笑んで
「うんっ! 教えるつもりだよ」
「手紙からはセシルさんの本気で騎士になりたいという思いが伝わってきた」
そう言うとマノンは空を見上げていた。
その後、ゲルマニア帝国軍が進軍してくるまでの短い間だったがマノンはセシルさんに剣術を教えることとなる。
……しかし、これがセシルも自分と同じ許されぬ"マノンに恋する"というきっかけになるなどとはその時の私には想像できなかった……。
第十話 ~ 代行役者・パトリック・ロベール ~ 終わり