決勝戦、vs.ヴィナシス
リヒトとヴィナシスが戦うのにそう時間はかからなかった。
学生も外からの参加者も蹴散らして、決勝という華やかな舞台へとふたりは並ぶ。
「大して力も使わずにあっさりと来たわねアナタ」
「お前もな。いや、まぁ割りとマイルドにやってくれたことにビックリしてるよ。ありがとう。約束を守ってくれて」
「じゃあそろそろご褒美くれてもいいんじゃない? 雑魚ばっかりで逆に死にそうなのよ」
舌を出しながらわざとらしく笑んでみせるヴィナシスだが、研ぎ澄まされた眼光はリヒトをしっかりと射ぬいている。
期待の眼差しというやつだ。
目の前にいるのは勇者パーティーの一員を自称する魔導剣士で、自分のことをよく知る謎の男。
ヴィナシスのボルデージは徐々に上がっていっている。
吐息の中に、美酒のように意識がまろびそうな愉悦をにじませながら一歩、また一歩とリヒトとの距離をつめていった。
「ここまでオアズケさせたんだから、しっかり楽しませてくれなきゃイヤよ」
「心配するな。お前相手に手加減なんてできるか」
「フフ、威勢のいい男は好きよ。強くても弱くても嬲り甲斐があるから。勇者レベルのことまでしろとは言わないわ。ベストを尽くすことね」
「言われずともそうする。……あ~、ちなみに勇者レベルのことっていうのは?」
「アハッ! 気になるわよねぇ! ……かつて魔王が宇宙から隕石を降らせる術で大国を滅ぼそうとしたとき、勇者は自分から宇宙まで飛んで隕石を斬り飛ばしたのよ。……思わず私も興奮しちゃった。世の中にはこんな凄い男がいただなんてって……」
恍惚とともに重圧なオーラが地面を震わせた。
思い出しただけで頬を紅潮させながら、艶美な動きで身体をくねらせ、手を足から胸へと沿わせる。
(いや、やったの俺なんだけどなそれ。……ただ、アイツの功績として認識されてるのはやっぱ腹立つな)
リヒトは魔導剣士としての力を解放する。
右手に集まる光の渦、それを握りつぶすと真っ直ぐな刀剣の形へと変わった。
客席の、特に魔術師たちはこの技術に感嘆の声を漏らしている。
この世界には存在しない技術を目の当たりにし、誰もが知的好奇心を抑えきれない。
「エーテルブレイド、起動」
「それずっと使ってるわよね。アナタの主力かしら? いえ、まだあるわね。全部出しちゃいなさいよ」
「これは殺し合いじゃない。あくまで大会の試合だ。だが……そうだな」
────出させてみろ。お前の実力で。
この言葉に武者震いをしたヴィナシスから、空間がとろけそうなくらいの殺意をリヒトは浴びる。
殺意の余波ともいうべき空気の流れに当てられた客席の数名が気を失うなどする中で、リヒトは毅然とした態度で切っ先を向けた。
どちらにしろこうなることはわかり切っている。
それにぶつかってきてくれたほうが、もっと思い出しやすいのかもしれないとも考えた。
権能【征服されざる太陽】の脅威は知っている。
恐らくこの戦いでその片鱗をさらに露わにすることだろうとも。
鋼鉄と重力の合わせ技は、ヴィナシスのあふれる残虐性を形にしたものと言っていい。
これらによって百の術も千の兵も、最早敵ではなくなっている。
まさしく難攻不落の要塞のようなパワーを搭載した魔族なのだ。
しばらくして、審判が声を上げる。
試合開始の合図に、ヴィナシスの笑みに刀剣のような鋭さが宿った。
「お互いいい試合をしよう」
「えぇ、せいぜい私を楽しませなさい」
異次元空間ともとれる異様な雰囲気の決勝戦。
客席のはしっこで、ピンク色のショートヘアーの少女が微笑んでいた。
「あのふたり、不思議な力を使うネ。もしかしてもしかしてだけどぉ~……」