鋼鉄と重力を司る権能【征服されざる太陽】
ヴィナシスが闘技場の舞台に上がる。
彼女へ贈られる黄色い歓声、対戦相手である女子生徒に向けられる熱狂。
「ふ~ん、このワタクシと戦うのはアナタですか」
この学園の人気者らしい彼女は、早速ヴィナシスを品定めするように見る。
実力も相当なものであるようで、すでに騎士団への入団が決まっているのだとか。
(なんでそんな情報を私に教えたのよアイツ)
腰に手を当てながら、片方の手で髪を撫でる仕草が気に入らなかったのか、女子生徒はフンと鼻を鳴らして嘲笑気味にまくしたてる。
「ずいぶんと舐められたものですわね。しかも武器も持ってない、魔力も微弱。……おまけにそんなはしたない格好でここへ来るだなんて。ストリッパーはお呼びではありませんよ!」
「視神経を新調してからモノを言いな。でないとその貧相な脳みそを、さらに貧相なレベルにまで小さく握りつぶしてやるわよ」
「な!?」
「ふん……」
ヴィナシスは自分が一番強い女であると自負している。
ゆえに同性からの挑発や敬意なき態度をとられると、表情にこそださないが嫌悪を募らせるのだ。
ただの威圧のみで、女子生徒に死を暗示させていた。
間合いの入り方を誤れば、ご法度関係なしにこの命は粉滅するだろうと。
そんな中、控え室から出たところ客席通路で、リヒトは苦い表情でふたりを見守る。
「うっへ~、あのカワイコちゃんたちめっちゃ言い合うなぁ」
「あ~、女の罵り合いってこえぇえ~。ウチの母ちゃんよりおっかねぇや」
「てかいつまでやるんだ。あのままだとラップバトルまでやりかねねぇぞ」
「ありえる」
近くにいた出場者たちが肩をすくめ始める。
見かねた審判が開始の合図を出した。
「く! 学園最強のワタクシの魔術と剣術! どこまで耐えられるかしら?」
「へぇ、学園最強ねぇ」
ヴィナシスが彼女を見下すような満面の笑みを見せる。
その瞬間に垣間見た重圧が一気に舞台を覆い包んだ。
会場がざわつき、恐怖の色に包まれる。
リヒトを除く出場者たちの一切が金縛りにでもなったかのように動けなくなった。
「この圧力!! まだこれほどの……!」
「この程度でそんなに動けなくなってるようじゃ、ガチで私の敵じゃないわね」
「なんで、すって……」
女子生徒の内心怖がるさまにゾクゾクと快感を覚えながらも、勝負を一瞬で終わらそうとその【権能】を行使する。
「そんなに怖いのなら、私に跪いてもいいのよ?」
「ハァ!? 誰がアナタなんかに────」
「跪け!」
刹那。
不可視の力が女子生徒を顔面から地面に叩きつけることになる。
尻を突き出すようなポーズでピクピクと痙攣する女子生徒に、誰もが呆然とした。
リヒトに至ってはあんぐりと口を開けて固まったあと、こめかみを押さえてため息をつく。
(思いっきりやりがったアイツ……いや、あれでも加減はしてる、のか? どっちにしろ、止めりゃよかったかもしれない)
ヴィナシスは魔族の中でも、千年に一度の逸材と言われている。
権能とは魔物のみが発現する先天的な能力であり、モノによっては魔術すら上回るらしい。
彼女はその力を魔王に見込まれて、幹部の座についている。
鋼鉄と重力を司る権能【征服されざる太陽】。
最初の巨大グモを始末した際の力の正体だ。
(だがこの権能の恐ろしさはもっと別にある。……どうやらまだ戦うようだが、あの女子生徒がそれに気づけるかどうか)
力を溜めるように女子生徒が憤怒の形相で立ち上がった。
未知の力への恐怖より、顔面ごと誇りを踏みにじられたことが彼女の頭を沸騰させる。
「この、よくも……」
「今の攻撃が見切れないんじゃ、アナタに勝ち目はないわ」
「なんですって」
「試しに私をそれで斬ってみなさい。すぐにでもそれは証明されるわ」
ヴィナシスの歩み寄りながらの挑発は効果テキメンだった。
青筋を額に走らせた女子生徒が雄叫びを上げながら斬りかかる。
その速度に誰もが目を見張った。
ヴィナシスは薄ら笑いを浮かべたまま、なにひとつ抵抗をしないからだ。
首筋に袈裟懸けの刃が食い込んだ、直後。
────パキィイッ!!
粉砕した。
折れたのではない、根元から刀身がガラス片のようにバラバラに砕けてしまったのだ。
(やはり無理か。……ヴィナシスに金属を用いた攻撃は一切効かない。剣だろうが槍だろうが、アイツの肌に傷ひとつつけることは叶わない)
さらに言えば、魔族ということで身体能力は人間などたやすく超えている。
権能を用いずとも、一瞬で背後に回り込んだり遠くまで蹴り飛ばしたりすることも簡単だ。
魔王軍最強は自称だけでなく、異名でもある。
けして誇張表現などはない。
「アイツに真っ向から挑める人間は……やはり俺しかいないってわけか」
強者との戦いは、たとえ戦闘狂でなくともなにか心に響くものがある。
元の世界を救うための光の戦士として、改めてヴィナシスの存在のでかさを目の当たりにした。