パラレルワールド
「まるで別世界に来たみたいだぜ……」
手で頬をぬぐいながら、かつての思い出にふけってみる。
生活の名残があっただけの村に、リヒトの帰還を迎えてくれる人々はいない。
「ここがアナタの故郷ねぇ。ここまで閑散としてるんじゃ壊し甲斐もないじゃない」
「村の人間がいない。そして、俺の家もだ。どうなっているんだ? まさか魔王軍の仕業じゃないだろうな?」
「アナタの家を井戸にしてでも、魔王軍は水が独り占めしたかったって言いたいわけ?」
「そう、か……そうだよな」
もしも本当に魔王軍の侵攻なら、村はもっとめちゃくちゃになっているだろう。
争った形跡も見当たらないし、なによりいなくなってそう古くはない。
「なぁにかわかったの探偵さん、クスクス」
「呑気だなぁ。お前だって飛ばされた被害者なんだぞ?」
「だって私はそのまま魔王城へ帰ればいいだけだしぃ~。まぁここまでちょっぴりは面白かったわ。殺すのだけはやめておいてあげる。あとは勝手にどこかへ行きなさいな。私の気が変わらないうちにね」
「おい待て待て。なにか妙だと思わないのか? この村、いや、この世界そのものに得体の知れないなにかを感じるって」
「なによ私に命令する気? それにさっきから馴れ馴れしいわよ。私のことを知っていながら、恐れ知らずにもほどがあるんじゃない?」
「お前の実力は知ってる。何度も戦ったからな」
「またそれぇ? ……ハァ、頭痛くなっちゃう。いい加減この村ごと生き埋めにしてあげてもいいんだけど?」
リヒトのみの記憶を失っても好戦的なのは変わらない。
自分のみが相手との記憶を持っているというのは誰が経験してもきっと妙な感じだろう。
(クソ、解決策……なにか解決策はないのか……)
戦闘に移行しようとしたときだった。
下卑た笑い声とともにズシンズシンと地面を鳴り響かせながらこちらにやってくる巨体の影が。
その正体を見て、リヒトもヴィナシスも思わずギョッとした。
なにを隠そう、ふたりにとって見知った顔だったからだ。
「グワーッハッハッハッハッ! こんなところに獲物がひとーり! ふたーり!」
(あれは……オークキング!? 俺たちが最初に戦った魔王軍幹部じゃないかッ!)
(嘘でしょ? 歴代幹部最速の死亡記録を樹立した恥さらし、オークキング!? ……な、なんで生きてんの? 生き恥……)
かつて倒したはずの怨敵であり、死んで当然の無能な同僚。
謎を抱えたままふたりの前に姿を現したオークキングだが、特にヴィナシスに対する反応が違和感だらけだ。
「ちょっとオークキング、生きてたなら連絡ぐらいよこしなさいよ! 役立たずのアンタでもそれぐらいはできるでしょうが!!」
「なに……?」
「アンタ1番弱いし、魔王も私もそこまで期待はしてなかったけど……、まぁ生きてたんならいいわ。ほら、そこの生意気な人間一緒にブッ飛ばすわよ。私から口を利けば極刑は……」
「小娘、一体なんの話をしている?」
「え?」
「なにッ!?」
「魔王、だと? この世の魔獣を統べておられるは天上天下に邪神様のみッ! 魔王などと御伽噺の存在を持ち出し、邪神様とこのワシを侮辱するとは、許さんぞ小娘ッ!!」
ヴィナシスもリヒトも、オークキングに絶句する。
オークキングは嘘や策略といったものが苦手であるというのはふたりとも知っていた。
「どういう……ことよ、これ」
「言っただろ。この世界はなにかおかしいって」
「えぇいわけのわからんことをゴチャゴチャとッ!! 我が斧のサビにしてくれるわぁあ!!」
しかし今のこのふたりからすれば、特筆するほどの強さは持ち合わせておらず、勝負は一瞬で幕を閉じた。
「これでわかったろう。この世界には俺の家、即ち俺が存在した痕跡すらなく、お前の居場所だった魔王軍すらない。もちろん、お前の存在も」
「場所や人物は似てても、なにかが違う世界……」
「そうだ。……その、なんだ。眉唾なんだが、一部の魔術師たちが『その存在』を証明しようと躍起になってるって噂を耳にしたことがある。それは、もうひとつの可能性の世界らしい」
「もうひとつの、可能性の世界?」
「あぁ、詳しいことはわからないが、今とは違う歴史を歩んだ世界であったり、根本的に別の世界だったりで、意味が色々あるらしいんだが……」
「それなら聞いたことがあるわ。……まさか、勇者モルスが使ったアイテムが……」
「可能性としてはあり得る」
ふたりは確信したように声を合わせた。
────パラレルワールド!!
次元を飛び越えての追放にして封印。
ふたりの敵対者は、"自分たちの根源そのものが初めから存在しない世界"に来てしまった。
「勇者モルス、ずいぶんと姑息な手を使うじゃない。今までの正々堂々さはどこへやらってね。まぁ無理もないことかな。おおかた私が最強過ぎたから打つ手がなくなったんでしょ」
「アイツは昔から裏でコソコソやるような奴だよ」
「……嘘ね。彼の強さに嫉妬でもしてるの? そうよねぇ。同じ魔導剣士なら憧れて当然かもね。でも、それに泥を塗ろうって精神は恥ずべきじゃない?」
(泥を塗られてんのは俺なんだけどな……)
「とにかく、これからどうすべきかよ。さぁリヒト、どうにかしなさい」
「お前も考えろよ……ったく。帰れるかどうかもわからない以上、まずは情報収集だ。この世界の情勢が知りたい」
「そうね。邪神って奴も気になるわ。この私を差し置いて目立つだなんてイイ度胸してるじゃない」
「怖いものなしかお前は。まぁ頼もしい限りではあるが」
「ふふふ、そうよね。魔王軍最強のこのヴィナシス様が一時的とはいえアナタのパートナーになってあげるんだから、光栄に思いなさい」
(できれば記憶も戻ってくれると嬉いんだが、今はそれどころじゃないからな)
「さぁ行くわよ!」
こうして、パラレルワールドの奇妙な縁のふたり旅が始まった。
訪れるべき最初の街は すでに決まっている。