記憶なき魔族の美少女と妙な違和感
十代後半の見た目にして、抜群のプロポーションを誇るヴィナシス。
身体のラインに沿って滴る水が、より目のやり場を困らせる。
しかし、そんな反応を気にもしていないように、彼女はリヒトを問い詰めた。
「アッハッハッハッ! アナタが勇者パーティーのひとりですって? バカにしてんの?」
(おいおいマジかよ……記憶までうまい具合に変換されてるぞ。……俺のやってきたことが全部アイツらのものになってやがる)
「あーおかしぃ。……それで、勇者パーティーのひとり様であるアナタはなぜここにいるのかしら?」
「なぜって決まってるだろ。俺もお前と同じくここに飛ばされた。覚えているだろう? 連中は特殊な術式で俺たちを吹っ飛ばしたんだ」
「もちろん。でも、そこにアナタはいなかったわ。いるはずないじゃない。だって勇者パーティーは『3人』でしょう? 勇者パーティーのメンバーは全部記憶してるもの」
(俺だけごっそり忘れてるんだよなぁ……)
これ以上はもう無駄だ。
ならば次の行動に移るしかない。
この空間からの脱出である。
現状を話すと、ヴィナシスはすぐさま理解したように周囲を見渡し始めた。
埋められるべきパズルの型がわかっているのなら、あとはその型を探せばいいだけ。
彼女の表情は、もうその段階に至るものだ。
答えを導き出すための簡単な思案、その最終段階。
「なにしてるんだ?」
「決まってるでしょ。術者の魔物を探してるのよ。アナタが感じているのは恐らく幻術の類」
「術者は魔物なのか? となると、ここはそいつのテリトリーか」
「そうよ。でも天下の魔王軍に、しかも魔王軍最強の私に挑むなんて命知らずにもほどがある。ちょっとお仕置きしてやらないと」
直後、ヴィナシスの視線が正体をとらえた。
岩壁の奥にへばりついていた巨大グモ。
ガラガラと不気味な声を鳴らし、ふたりを威嚇している。
半透明のガスを漏らしているあたり、あれが幻術の源だとでもいうのか。
「この私を知らないなんてとんだモグリね」
次の瞬間、巨大グモの肉体が不可視の力によって地面に叩き落とされる。
そして地面に召喚された無数の鋼鉄の槍が貫いた。
ヴィナシスの【権能】は健在だ。
地面に腐臭を漂わす体液が広がっていく中、巨大グモは静かになっていく。
ひと呼吸分にも満たない秒間の光景が、彼女との力の差を物語っていた。
「終わったわ。ホラ、出口の光が見えた。さっさと行くわよ人間」
「あぁ……」
ヴィナシスは歩きながら髪の毛を整えるため視線を上に向けていた。
ゆえに巨大グモの最期の抵抗に気付くのにワンテンポ遅れた。
────ザシュウッ!!
射出された矢のように伸ばした前足を、リヒトが前に出て光の力を凝縮した剣『エーテルブレイド』で斬り裂いた。
光を操る魔導剣士とあってその判断と行動は、まさに電光石火の早業である。
「生死確認はしたほうがいいぞ。俺もさっきし損ねたからな」
「……アナタ、名前は?」
「リヒトだ」
「とりあえず感謝するわリヒト。やるじゃない。それ魔導剣士の力でしょ? ふぅん、まぁ勇者には敵わなそうだけどね」
「さよですか」
ブゥン……と小さくも異様な唸りを上げるそれを霧散させると、彼女のうしろについていく。
ともかく今は情報が欲しい、ここはどこで、今はいつなのか。
暗闇から晴天の広々とした丘に出る。
洞窟の正体は巨大な岩山だったのだが……。
「あれ、この岩山……」
「どうかした?」
「いや、この岩山どこかで……。それだけじゃない。向こう側に見える河も、あの大きい木も……全部知ってるような気が」
頭の中が混沌としていく中で、記憶をかきわけ、これらに該当する光景を探っていく。
まるで危険信号のような違和感が拭えたときには、リヒトは丘の上まで駆け出していた。
「やっぱり、ここは……────俺の故郷じゃないかッ!!」
それを証拠に、生まれ育った村が見えた。
「間違いない……あれは、俺の村だ……帰って来たのかあの場所から?」
「ちょっと急に走り出さないでよ。ビックリするじゃない」
フワフワと低空飛行で追いついてきたヴィナシスはリヒトの歓喜ともとれない様子に呆れながらも、村のほうに目をやる。
どこにでもあるような村だ。
ちょっと権能を使えばそれこそ秒で滅ぶくらいの。
しかしどうも様子がおかしい。
いつの間にか村のほうへ駆け出して行ったリヒトは気づいていないのか、魔族特有の異様な波長をとらえる感覚が、違和感ありと告げている。
「まぁいいわ。ちょっとついていってみますか」
そしてふたりはすぐに知ることになる。
村には誰ひとりとして存在しておらず、もっとも不気味なのが……。
「俺の家が、ない────?」
リヒトが生まれ育ったはずの家は、影も形もなく、その跡もない。
ただ小さな井戸がポツンとあるのみだった。