vs.妖精の森の魔女
「来たかね……姫騎士よ」
「ようやく現れたか、魔女め!」
森の中に開けた空間。
そこには蔦に絡まったいくつもの女神像が建てられ、あるいは寝かせられている。
その中心に佇むひとりの老婆こそ妖精の森の魔女だ。
カラスを彷彿とさせる衣装に両肩には獰猛な鳥をイメージした肩当てをしている。
魔女、というよりは歴戦の女暗殺者というような風貌に、リヒトもヴィナシスも一瞬あっけにとられた。
だがこの森の薄気味悪さと同化するような、静かな殺気にふたりも思わず身構える。
この魔女はタダ者ではないという、本能めいた警鐘がリヒトとヴィナシスの肉体をうずかせた。
しかし、そんなふたりや精鋭部隊の部下たちを差し置き、ソルーウェはケダモノのような形相で剣を引き抜いて斬りかかりに行く。
「我が愛しの乳母の仇ィィイイ!! ヴワ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
滅茶苦茶に振り回しながら肉薄するソルーウェだったが、魔女はひょいと上空へと飛んで回避。
「なんとまぁ、雑な剣だねぇ。王家の名と、その名剣が泣くよ姫様よ」
「うるさい黙れぇええ!! 降りてこいサシで勝負だオラァアアア!!」
すさまじい剣幕でジャンプしながら上に向かって剣を振る彼女をくぼんだ冷ややかな瞳で見据えながら魔女はリヒトたちに手をかざす。
コールタールのように真っ黒で毒々しい巨大な茨の渦が、地面から人間たちをえぐるように生えてきた。
精鋭部隊たちは瞬く間にその毒牙にかかるも……。
「ほう、見知らぬ力を使うねぇ。こんな味方がいるとは、やるじゃないか姫様」
エーテルブレイドが茨を斬り裂き、権能が茨を圧殺する。
光輝く刃と不可視の重力の脅威を垣間見て、魔女も一気に殺気立った。
「油断ならないねぇ。今まではこんなことはなかったんだが……」
「精鋭部隊を一瞬で片付けたお前の力、見事だ。だがここまでだ!」
「なるほど、少しはできるみたいね」
リヒトとヴィナシスが前に出ようとした直後、ソルーウェから怒号が飛んだ。
「邪魔するな浪人ども! これは私の戦いだぁ!!」
「ろ、浪人って……もっとほかにイイ表現ないの!?」
「んなこと言ってる場合か! 姫! ひとりでは危険です。援護します!」
「……そうしたほうがいいんじゃないかね、姫騎士様よ?」
「だまぁれぇぇえええええ!!」
聞く耳を持たない。
否、それ以前に彼女の中で『自分ひとりでやる』という自己完結をしているため、それを邪魔されることに異様なまでに腹を立てていた。
ましてや魔女と自分との差がここまで明らかなものになっている。
今の彼女ではそれを冷静に受け止めることができないだろう。
「アイツなんで弱いくせに突っ走ってんの?」
「乳母の仇って言ってただろう。さぁ行くぞ! これ以上は危険だ!」
喚き散らすソルーウェを無視し、リヒトは飛び上って魔女に斬りかかる。
いくつもの茨が行く手を阻むが、エーテルブレイドの敵ではない。
「よく斬れる光の剣だ。褒めてやるよぉ」
「まだまだこんなもんじゃないぞ! うぉぉおおお!!」
「コラァアアア!! 動くなぁあああ!! 私を差し置いて魔女を殺そうとするなぁああああ!! 無視するなぁああああ!!」
「ちょっと黙ってなさいよアンタ!」
魔女は無数の茨を操ってリヒトを近づけさせないようにする。
圧倒的なまでの物量作戦に、リヒトも中々近付けない。
それを見かねたヴィナシスも一気に躍り出て、権能を発動する。
鋼鉄の鞭が茨を弾き返し、超重力メスによって周囲の木や石像ごと魔女を斬り裂こうとするも、魔女の動きは異様なまでに素早い。
「ほぉう、やるじゃないか。……さて」
魔女が地上に舞い降りた。
同時にソルーウェが肉薄しメタメタに剣を振り回すも、すべて見切られる。
憤怒の形相を冷たい表情で見据えながら、魔女は溜め息交じりにソルーウェを蹴り飛ばした。
「がふぅぅう!」
ゴロゴロと転がるや大木にぶつかり、痛みで身動きが取れなくなってしまう。
「やれやれ、これじゃ相手にならないねぇ。さてやろうかおふたりさん。終わりにしようかね」
「ふん、私たちふたりを相手にずいぶんと余裕ね。言っておくけど、一度殺すと決めたら徹底的にやるわよ私」
「そりゃあ楽しみだねぇ。小娘とそこのお若いのがどこまでできるか……さぁ、見せてみな!」
「来るぞ!」
「わかってるわよ!」
異形の力を持つ魔女との決戦。
ソルーウェは歯を食いしばりながらも立ち上がり、なんとかして剣を取るも、そのハイスピードで行われる戦闘風景に度肝を抜かした。