妖精の森の魔女
屋敷内の応接室で待たされている間、ふたりは下座に並んで座り、くつろぐように足を組んでいた。
特にヴィナシスはそのソファーの座り心地に、何度もバウンドするように身体を揺らしている。
「んっふ~、見なさいよこれ。さすがは貴族の家ね」
「おい、少しは大人しくできないのか」
「ちょっとくらいいいじゃない別に。……それにしても変な縁もあるものね。魔王軍幹部であるこの私がよ? 人間の貴族様の手助けをするだなんて」
「まぁ、そうだな。次元を跨ぐなんて事態にならなけりゃ、こんなシチュエーションはありえなかったかもな」
「でしょう。……それにしても遅いわね。いつまで待たせるのかしら」
「色々と準備があるんだろう。入って来たときも、屋敷内が物々しかったからな」
「私たちが来たから……ってだけじゃなさそうね」
「だな。俺たち以外に誰か来るのかもしれない……────お」
ドアがノックされ、執事長が入ってくる。
ヴィナシスは姿勢を変えず、リヒトは組んでいた足を下した。
「お待たせいたしましたリヒト様、ヴィナシス様。……どうぞ、旦那様」
執事長のうしろから立派な衣装をまとった青年が現れる。
彼の護衛をするように魔術師や剣士が控えており、ゾロゾロと人数が応接室へと入り込んでいった。
「よく来てくれましたご両人。私はタウルス家現当主、コアグラと申す者。アナタ方の腕を見込んで、是非とも頼みがあるのです」
年齢はリヒトとより少し上かそれくらいだが、所作のひとつひとつに気品な雰囲気を宿す好青年と言ったところか。
出自不明のふたりを怪しむ様子はなく、ビジネスの相手として見ている。
コアグラは上座に座ると、柔からな視線をふたりに向けた。
「腕を見込んでいただけるとは、恐縮です。……早速ですが、お話というのを聞かせてはいただけませんか? 執事長からは"すべてを終わらせる"と聞いていますが」
「あぁそうでしたか。ではお話しましょう。────『妖精の森の魔女』、すべてはこの逸話から始まったのです」
郊外に西へ進んだところにある暗い森。
そこは古くから妖精の森と言われ、そこには恐ろしい魔女が住むと噂されていた。
しかし実際には罪人の処刑地として利用されていて、誰も近づけさせないように作られたフィクションであるそうな。
だが、数年前にどこからともなくその魔女は現れたのだという。
すさまじい魔力の持ち主で、人々を嘲笑うように近隣を荒らしまわっていた。
討伐のために編成された部隊は次々と彼女にやられたのだとか。
「……つまり、俺たちの仕事はその魔女の討伐ですか」
「そうとも言えます」
「そうとも言える? ……どういうことよ。話が見えないわ」
「おいヴィナシス、失礼だぞ」
「いいえかまいませんよ。実際言うと、一度は魔女を倒したそうなんです。多大なる犠牲を払い、トドメは確かに差したとのことでした。ですが……」
「よみがえった、と?」
コアグラは右手で口を覆うようにして少しうなだれる。
かなり手に負えない案件なのか、彼の表情に疲弊と困惑が見て取れた。
「これ以上魔女を野放しにしてしまえば、被害はより甚大なものになります。国王陛下も頭を悩ませておいででした。お願いします。アナタ方の力を我々にお貸しください。報酬は弾みましょう」
真っ直ぐに見つめてくるコアグラにリヒトは腕を組んで考える。
殺してもよみがえるというのは厄介だ。
そも、不死殺しなどこれまで一度もやったことがない。
しかし、こうして貴族が頭を下げてくれている以上なんとかしなくては思ったそのとき。
「コアグラ、入るぞ!!」
ドアの向こう側から勇ましい女性の声が響くや、破れんばかりの勢いで開かれた。
それは華やかな鎧甲冑を身にまとった国王の娘にして勇猛果敢なる姫騎士の姿。
戦前に人々を鼓舞する勇ましい女性と言えば聞こえはいいだろうが、実際のその顔は修羅そのものに堕ちていた。
本来の美しい顔は煮え滾る憎悪で歪んでおり、今にも応接室を血の海にしかねないほどのオーラを放っている。
「これはこれはソルーウェ姫。こんなにも早くおつきとは……」
「かまわない。それよりもだ! 魔女の討伐へ行くのだろう。いつだ。私も行く」
「やはり、お考えは変わりませんか……」
「何度も言わせるな! あの魔女を嬲り殺しにして晒し者にせねば気が済まん! ……で、こいつらはなんだ? もしかして、お前が用意すると言った魔女殺しの派遣要員か?」
「はい。彼らはすばらしい腕の持ち主です。是非とも────」
しかしコアグラの話を、ソルーウェは偏見と軽蔑を以て遮った。
「いらん! こんなどこの馬の骨ともわからん奴らに私の崇高なる目的の協力などと……見ていて不愉快だ。さっさとつまみ出せ」
「あらあら言ってくれるじゃないの。憎しみに目を曇らせるのは勝手だけど、人を見る目まで曇らせちゃ勝てるものも勝てないわよ?」
不遜な態度を変えずソファーにふんぞり返るヴィナシスの言葉に青筋を走らせるソルーウェ。
「この露出狂め……、ちょうどいい。王家に伝わるこの名剣。昨日砥がれたばかりでな。だいぶ斬れ味がよくなっているのだが……」
「じゃあそこにある果物でも切って下さる?」
「あーおいバカやめろやめろ!! 申し訳ありません姫様。このとおりのひねくれものでして」
「ならん。首を出せ! この場でぶった斬る!」
「ソルーウェ姫! 落ち着いてください! 彼らは必ずアナタ様のお力になります。私が責任を持ちますので、どうか……」
「……ふん、命拾いしたな。タウルス家とこの私の寛大さに感謝しろ」
(寛大……? いや、まぁいい。だが、かなり直情的な御仁らしいな)
安堵の息を漏らしながら、ヴィナシスを視線で睨む。
当の本人はプイッと不機嫌そうに顔を背けた。
ドカリと座るソルーウェは殺気をそのままに、話し合いに混ざる。
「すぐにでも出発し、魔女の首を叩き落としたいところだが、コアグラのメンツを汚すわけにはゆくまい。だがな! お前たちがたとえどれほどの腕前であろうと、やはり信用はできない! 聞けば、お前たちの情報はどこにもないらしいじゃないか!」
「なるほど。確かに俺たちはタウルス家に招かれたとはいえ、出自のわからない部外者であることには変わりがない。信用できないのももっともですし、警戒されて然るべきだと思います」
「ほう……」
「しかし、すでに俺たちは国の威信に関わることを『仕事』の話として聞いてしまった。であるのなら、仕事を頼まれた者としては筋を通しておきたい。いかがか?」
ソルーウェは顎に手を当て考える。
チラリとヴィナシスを気に入らなさそうに見るが、自分の隣に座るコアグラの心配そうな顔を見るや溜め息とともに、渋々承諾した。
「足手まといにはなるなよ。これは害獣駆除とはわけが違う。私にとっては人類が邪神の軍勢と戦うと同じくらいに崇高かつ大いなる戦いなのだッ!!」
「わかりました。全力を尽くします」
こうして、姫騎士ソルーウェ率いる精鋭部隊に混ざり、妖精の森へと向かった。
「ねぇリヒト。あのお姫様なんか……」
「あぁ、必要以上に気合が入り過ぎて、鬼みたいになっているな。父親である国王のためか? にして……」
「まぁとりあえずやってみましょ。不死身の魔女なんて、中々面白そうじゃない。さぞかし強いんでしょうねぇ」
「……たぶん、な」
森の奥へ。
鬱蒼とした空気と木々の陰が、皆を破壊のパワー渦巻く魔女の領域へと誘っていく。
そして、ソルーウェを待ち構えていたかのように、 ────魔女はいた。