もはやデート的ななにか
穏やかな昼の時間が過ぎていく。
ヴィナシスの表情は前までにはない柔らかな笑みが見てとれた。
本当に旅行へ来たみたいに楽しんでいるようだ。
風こそ吹いてはいないが、彼女が動くたびにその髪はゆるやかな曲線を描きながら揺れる。
「化粧品とか売ってるところないかしら? スイーツばっかり」
「あるにはあるだろうが、もっと別の区画じゃないか? ここは広いからなぁ」
「じゃあ聞いてみるってのもありね」
「俺が聞こう。お前がやると問題が起きかねん」
「失礼ねどういう意味よ。この私が誰でも彼でも食ってかかるとでも?」
「トラブルになる確率が高いから流れ的に食ってかかる可能性も高くなるってことだ」
「……むぅ」
頬を膨らませてみせるヴィナシスをよそに、リヒトは適当にその辺を並んで歩いていた女性たちに声をかけて情報を集めた。
その後もなぜか会話が弾むリヒト。
ヴィナシスはつまらなそうにジッと見つめている。
さすがに話が反れ過ぎだと思い、裾を少しばかり引っ張って合図を送った。
「ん、あぁ、すまないヴィナシス。……教えてくれてありがとう。良い午後を。────すまない。遅くなった」
「ずいぶんと楽しそうだったわね。アナタってもしかして女ったらし?」
「おいおい、それは差別的だ。ちょっと話したぐらいで女ったらしなんて不名誉すぎるぞ」
「どーだか」
「ハァ、待たせて悪かったよ。どれだけ話してたかわからないが、それだけ長話したのか俺は?」
「そ、そうよ。ちょっぴり長かったかしらね。……さ、行きましょう。いいお店なんでしょうね?」
「あぁ、この街で評判の店らしいからな。こっちだ」
今いる場所から東の地区へ行くと、いかにもな感じの店が見えてくる。
オシャレな外装で店の外で女性たちがたむろしながら窓の向こう側の商品を眺め、中では大勢の女性客が商品を手に取って品定めをしていた。
「すごい人だな。女性客ばかりだ。行ってこいよ。外で待ってる」
「なに言ってるのよ。アナタも入るの」
「お、俺もか?」
「うん。見てみなさいよ。男だっているじゃない。一緒に見るの」
「化粧品を見ても俺にはまるでなにもわからんぞ?」
「いいの! さぁ早く来なさい!」
「おい待てって。……ったく、はしゃぎやがって」
華やかな店内の雰囲気と薫りで、リヒトはクラクラしそうだった。
こういった店など踏み入ったことなどないため、耐性があるわけでもない。
ヴィナシスはというと、この雰囲気を楽しんでいるようで鼻歌交じりに商品を見だす。
リヒトも店内を見渡してみたがなにがなにやらさっぱりとわからない。
「口紅にネイル、チークに……あ、見て見て。男物もあったわ」
「え、嘘だろあんのか!」
「極東の島国の"公家マロスタイル"だって」
「お、おう……あそこの国は白塗りが流行っている……のか? おい、見つめるな。俺はつけんぞ」
「案外似合うかもよ? 買ったげるわ。フフフ」
「いらん!」
そんなことを言いながら笑い合うふたり。
ヴィナシスに荷物持ちなど色々と押しつけられるのではないかとリヒト覚悟していたが、彼女はそうではなく持つに困らない小さなものを選んでいる。
夜に殺人鬼と戦うとは思えないほどに、ふたりはデートとも言えるような時間を楽しんでいた。
知らず知らずのうちに、リヒトの表情も緩んでいき、ヴィナシスの明るい表情に和んでいる。
大抵戦闘でしか笑うことがないような彼女が、まるで人間の女の子のように化粧品を見て回るその背中をゆっくりとした足取りでついていった。
必死になって戦ってきた人間としては、感慨深いものがある。
(変われば変わるもんだな……。ずっとこんな表情をしてくれるなら、お前とは戦う必要がないのに。いや、今そんなことを考えても仕方がないことか)
昨日から彼女との距離が大きく縮まった。
闘技場での戦闘で力を見せたことが大きな分岐点だ。
あれのお陰でお互いが一歩歩み寄れたのだとすれば、これはこれで大きな変化だ。
願わくば敵対関係には戻りたくないなと、リヒトは内心祈りを込める。
「リヒトなにしてるの。次行くわよ次」
「ん、次ってどこだ?」
「さっき店の人に聞いたんだけどね。結構有名な演劇が向こうであるみたいよ。一緒に見に行きましょ」
「お前エンジョイしてるなぁ~」
「楽しまなきゃ損じゃない。大丈夫よ。なんかあっても私たちなら、ね」
「……やれやれ。で、どんな演目なんだ」
「それはね────……」
ふたりは精一杯楽しんだ。
謎多き世界とはいえ、今この瞬間を楽しまないのは損だとふたりの意見が一致した。
(演劇見てていいのかねぇ俺たち。まぁ、夜まで時間があるし、こういうのもいいかもしれないな)