洞窟の地底湖に浮かぶ彼女は敵幹部
魔導剣士リヒトは困惑していた。
目が覚めたときにはどことも知れない洞窟の中だったからだ。
「イテテ、ここどこだよ。確か俺は……ハッ!!」
痛みが一瞬で吹っ飛ぶほどの想起。
魔王軍最強とも言える幹部クラスの魔族との戦闘中のことだった。
「思い出したぞ……アイツら、『秘策がある』とかなんとか言って俺ひとりを前衛で戦わせて……ッ」
握った拳を地面に叩きつける。
勇者にして同期の魔導剣士であるモルスの策略だ。
炎の使い手であったが、リヒトに対して常につらく当たっていた。
しかし実力のあるリヒトに勝った試しなどありはしない。
そんなとき、魔術師のゲンヤと盗賊のビリーがモルスに悪策を与えた。
彼らもリヒトのことが気に入らず、どうにかしようと考えていたのだ。
『ちょっと強いからってよぉ。こりゃメチャ許せんよなぁ?』
『えぇまったくですぞ。少し出しゃばりすぎですぞ彼は、えぇ、えぇ』
『へっ、お前らもそう思うか。違ぇねぇ。……だが、アイツがいなきゃ魔王軍最強の【あの女】にも勝てねぇのは事実だぜ』
『そこでですぞ。この超てんさぁい魔術師ゲンヤの魔術と……』
『オレ様が集めた中での最強のレアアイテムを駆使すりゃ……』
『おう、詳しく聞かせろ……へっへっへっへっへ』
そうして決行されたのが、『ふたりをまとめて封印するというもの』だ。
敵幹部の【権能】と、リヒトの【能力】を利用した次元超越術式の応用。
最後に見た薄ら笑いを浮かべる3人と、背後からの彼女の悲鳴。
そこからは意識が暗転し、今に至る。
彼らの裏切りがあったことは確かである。
はらわたが煮えくり返ったが一旦抑えた。
(アイツらがなにをしたのか……ここはどこなのか。疑問は尽きないが、それでも今は立ち上がるんだッ!)
持ち前のガッツで飛び起きて、周囲を見渡した。
ダメージはそこまでではないので、十分に動ける。
かなり暗いが能力を使えばこのとおり。
リヒトは光を操る魔導剣士だ。
闇に対する心配などなく、順調に突き進んでいく。
「やけに静かだ……こういうとき大抵おぞましいことが起きるんだ」
いくらか歩いたとき、奥から水の音が聞こえる。
ちょうど喉が渇いていたので、天の恵みとばかりに走った。
────地底湖だ。
かなり広い。
奥まで照らしてみたかったが、今は喉の乾きを潤すのが先だ。
「……ふぅ、うまいな。ようやく生きた心地がした」
グビグビと飲んでいると、視線の先になにか見えた。
「ん、あれは一体なん────……なっ!?」
プカプカとなにかが浮いている。
目を凝らして見てゾッとするほどに理解できた。
「あれは……────ヴィナシス!!」
ほんのりと照らされる先には虚ろな瞳の美少女が仰向けで浮いていた。
魔族特有の灰色の肌にまとうのは、夏場のビーチを彷彿させるビキニのような衣裳。
トレードマークだったツインテールは崩れ、長い髪が絹のように水面に広がっている。
そんなヴィナシスと目があったような気がして、一瞬たじろいた。
完全に隙を見せてしまったため、なにかしろの攻撃をしかけてくるかと思ったのだが……。
(なんだ? ……なにも、してこない。浮いてる、だけ? いや、まさか……ッ!)
ここへ来たときに死んだのか。
だとしたら、魔王軍は貴重な戦力を失ったことになり、あとは烏合の衆にも等しい。
喜ばしいことなのだろうが、妙な違和感が残る。
ヴィナシスは本当に死んだのだろうかと。
触らぬ神に祟りなしと言うが、警戒しつつ彼女に近づいてみる。
動く気配はなく、彼に委ねるままに岸に引き上げられた。
「……なにしてるんだろう俺。まぁ、水に浮いたままにしておくのもなんか気が引けるし……」
彼女は好敵手であった。
傲岸不遜で、自分より強い存在は魔王を含めひとりもいないという自信家であり、それに見合うほどの実力者でもある。
綺麗に横たわらせたヴィナシスに手を合わせ、また進むことにした。
こうして進んでいくと、この洞窟がいかに大規模なものかがわかる。
特に分かれ道もない……はずだったのに。
「あれ? ここってさっきの湖じゃあないかッ!!」
嫌な汗が伝う中、咄嗟によぎった嫌な予感が的中した。
(ヴィナシスが、いない? でもここは確かに俺がさっきいた場所だ。……ありえないッ!)
次の瞬間、背後に急な気配と強い衝撃が走り、そのまま押し倒されてしまった、
背中に乗っかっているのはなにか確認するとそこには……。
「ヴィ……ヴィナシスッ!」
「……」
「どうして、お前……クソ、ちゃんと生死を確認をしておけばよかった。あれはお前の作戦か? やられたよ……俺もこの状況に動揺していたから、まんまと引っ掛かったよ」
様子がおかしい。
さっきから語りかけても返事をしない。
ジッとリヒトを観察しているようで気味が悪かった。
率直に言えば、ヴィナシスらしくない。
「オイ、バカヤローでもなんでもいいから返事をしてくれ。……あんなに過激だったお前が俺を取り抑えただけなんて珍しいな」
「……ちょっと」
「お、なんだ?」
「なぜ私の名前を知ってるの人間?」
「────え?」
ここへ来て、驚愕の展開。
少し話すと、彼女は記憶を失っているようだった。
よりにもよって、リヒトに関する記憶だけ。
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