サシ正ノ半夜
世界の中心を右に曲がって、ジュクジュクに腐った自販機に出会った。
夜半は暗い。その自販機の発光だけが全ての灯りだった。
私は立ち止まって、顔に白い光を当てる。喉が渇いていたわけでもなく、機械との邂逅を受け入れた。
そいつにはボタンが無かった。ふつう飲み物の下にあって、購入決定意思を表現するそれが、存在しない。
まるで違和感の具現のように思ったが、私はすぐに考えを改めた。こんな世界では私自身が違和なのだ。
つまりは自販機の方が正規であり、私そのものが非正規的現象だと、そう解釈した。
アクリルの内側に並べられた飲み物はというと、酷く形容し難い。
ペットボトルやアルミ缶に擬態したかのような筒状が、不揃いに、不均一に、不等間隔にあった。いくつかのラベルには『サシ正』と書かれている。他は文字化けのごとく、読解が不可能な記号の羅列だった。
心地好いほど気味の悪いものだ。
しかし私は、衝動性の興味が湧いて、『サシ正』が欲しくなって、果たして数枚の硬貨を細く空いた隙間に入れた。
確信はないが、そいつを手に入れられる気がしたのだ。ボタンもない自販機に金を入れるのは、擬似的賽銭だ。手に入らなくても問題はない。
がこん、と音がしてそれが自販機の口から出てきた。
『サシ正』はよく冷やされており、そして熱されていたものだから、最低な感触だった。
それでも『サシ正』を手にした安心感は確かなものだったので、私はそれを右手に自販機を去った。