04.やっちまったなあ
〇氏家雅子〇
主人の目つきが変わりました。
お清の母御の良好な経過を聞いた辺りから、気配が尋常ではありません。
殺気すら感じます。
口をへの字に結び、見たことのない険しい顔で・・まるで 戦に臨む武者の顔です。
とても娘の部屋に向かう父の顔ではありません。
何があろうと、私にとっては楓は楓です。
腹を痛めて最初に身籠った、いと可愛いい我が娘。
身を挺して庇うことに、なんら迷いはありせん。
願わくば何事もなく収まりますように・・。
心の中で御仏に手を合わせます。
〇氏家楓〇
「・・えで・楓・起きなさい・・。」
体を揺すぶられる。
えーと・・ああそうか・・お清が母上に呼び出されて。
寝てしまったか・・2歳児ではまあこうなる。
「・・・はい。」
「ううん」と瞼を擦りながら目を開けると、父上様が優しく私の肩を揺さぶっている。
顔は優しく微笑んでいるが、目は笑っていない、怖い。
ああ・・これは・・やっちまったか・・油断してた。
「すまんな、訊ねたき事があってな。」
父の声色はとても優しい。
流石最上家の重臣もう見抜かれたか。
「父上しゃま・・3つの我には今の刻は、いささか厳しゅうございましゅ。」
うつらうつらと船を漕ぎながら父に答える。
「さもあらんや・・。」
ふむふむと父は頷く、その後ろで母上がはらはらと動揺している。
「何より母上様とこの家を継ぐ子が心配です。」
「!!!!」
父も母も八重も清も絶句した。
父上がさっと後ろを振り向き、母上を凝視している。
「労わってあげてくださりましぇ。朝に余すことなく全てを語りましゅ。」
「今宵はこれにて、ご勘弁く・・くださりま・・しぇ。」
意識が薄れていく。
〇氏家定直○
限界を超えた娘がコテンとうつ伏せに倒れ込み、寝息を立て始めた。
夜四ツ刻(約夜10時)か、謎が深まるばかりであった。
「・・・部屋に戻るぞ。お清、楓を頼む。」
「かしこまりました。」
このワシが、しくじったわい・・3つ子に手玉にとられておる。
「お雅。」
歩きながら妻に語り掛ける。
「はい。」
「明日の朝餉の後、先ずは楓とワシで話そうと思う。」
「・・・・・・。」
「返事がない。」
うん?と振り向くとお雅が廊下の床に手をついて土下座しておる。
「お殿様後生でございまする。何卒同席をば・・お赦しくださりませ。」
声が震えておる。
これはいかん!一途になると引かない女房殿だ。
「あいわかった!その姿勢は子に障る。楓にも忠告されたばかりじゃ。」
「お方様いけませぬ。」
お雅をお八重と共に抱え起こす。
身重の妻を動揺させ。土下座させる。
楓の申す通りじゃ。ワシは暗愚な夫であるわ。
家中で妊婦を「穢れ」と呼び、蔑み軽ろんずる輩を、侮蔑の眼差しで見てきたが、ワシもその同じ穴のムジナであったようだ。
寝床についたが、今宵は眠れそうもない。
お雅は先月より、奥の間の畳を敷き詰めた部屋で休ませておる。
季節は師走。夜の寒さは骨身に応える。
障子も無く小さな部屋であるが、漆喰塗りの壁で囲み、水鳥の羽を敷き詰めた布団にて畳を覆ってある。
火鉢を周りの部屋に置き万全の暖をとってあるが、まだまだ気遣いが、足りなかったようだ。
畳と水鳥の布団。
酒田湊の商家には随分と足元をみられたが、子は宝じゃ。お雅には安堵しながら我が子を産んでもらいたい。
家中の者が知らば「伊予守殿はほんに女子に優しい方じゃのう。」と陰口を叩かれよう、がそれがどうした。
憶わば四年前。
殿の官位を得る直奏の例にて京へ上った折、宮中をあないした女官に一目ぼれしたは、我である。
雅子はこの辺ぴな東国出羽に嫁いでくれた。
楓に続き、新たな子を授けてくれる。
感謝しかない。
楓の折は、一揆の鎮圧と、国人の反乱の対応にかまけて、手配が遅れ。お雅には苦労をかけてしまった。
眼をつぶり体を休ませようと弛緩する。
うつらと仕掛けた時「この家を継ぐ子」という甲高い我が子の言葉が頭をよぎり、目が醒める。
今宵は長い夜になりそうだ。
定直さんってば愛妻家~ヒューヒュー♪
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