03.藪虎
〇氏家定直〇
「ほう、それは誠であるか?」
夕餉の後に、妻雅子より、楓のことを聞かされた。雅子の腹もずいぶんと、大きゅうなったものだ。
それを見ていると、次こそは嫡男をと切に、願ってしまう。
「はいそらもう見事な所作にて、<母上しゃまどうぞ、お健やかな御子を賜れましゅように。>と・・・。」
楓の口調を真似ながら、お雅が喜々として話す。
「はっはっは似とる似とる。」
そうかそうか。我が娘御は、希代の才女であったか。
「そういえば、時折なんだが・・楓は突拍子もないことを言う。」
顎に手を当て、思いふけるように呟くと、お雅はきょとんした顔で、こちらを見る。
「何でっしゃろか?」
「覚えておるか?先月朝餉の場にて、ワシが、殿が<伊達のご隠居殿>と、稙宗様を随分と腐するもの言いを言ったのだが、何をお考えなのやら。・・とぼやいたことが、あったであろう。」
「確かにおっしゃりましたが、それが?」
お雅はさらに、不思議気に、訊ねてくる。
「あの時楓が、こそっとワシにな、<父上しゃまお殿しゃまは、稙宗しゃまと晴宗しゃまの親子仲が悪いことを、気にされているのでしゅよ。>・・と耳打ちしてくれてな。」
ワシも楓の物まねをすると、堪らず「ホホホホホホホ」とお雅が、上品に笑う。
「あの時は、子供の戯言と、聞き流しておいたのだが、先日酒宴で殿が、正にそのことを溢されてな。一気に血の気が引いて、酔いが醒めた。」
「なんとまあ。」
手を口に当て、お雅が唖然としておる。
まぐれにしても、出来すぎだのこれは。
ふむ!ここはひとつ試してみるか。楓は臥竜鳳雛であるかないか。
「お八重お八重はおるか?」
「はい殿様こちらに。」
八重が現れ手をついて、挨拶する。
「お清をここに、呼んでまいれ。・・そうさなお雅が、呼んでおると言うてな。」
「かしこまりました。」
ほどなくして、楓の侍女お清がきた。
「奥様清でございます。」
妻に挨拶するお清。
お雅はニコニコしながら、お清に告げる。
「実はお清、殿様からの、お呼びどした。」
「左様でございましたか。」
お清は改めて、こちらに向き直り、手をつく。
「まわりくどい事をして、すまなんだな。実はなお清、楓のことなんだが、ここのところ変わった事は、あるまいか?」
暫しの沈黙。お清は考えているらしい。
「はい姫様は、父徳兵衛に、伊達様の戦についての話を聞きたいと、我が家に、よく参られるようになりました。」
「ほう・・初耳じゃ。」
我が配下で、組頭の西井徳兵衛。お清の父である。
「その際、我が母の脚気に良いと、猪肉と猪の肝をご持参してくださります。」
「なんと!そのような事初めて聞いたぞ!」
さっとお雅の顔を覗くが、お雅も聞いたことがない、と顔をフルフルと、左右に振って、否定する。
激しく動揺したが、努めて冷静なふりを装う。
「さ・左様であったか、して母御殿。・・たしかお種であったな様子は、どうであるかの?」
お清は、パアっと明るい表情になり、目を輝かせながら話す。
「おかげ様でございまする。母の顔色は、つとに良くなり、今では当たり前に起き上がり、歩く様になっておりまする。」
脚気。・・あの不治の病の対処法を楓は、知っておったのか・・。
藪を突いたら、蛇ではなく、虎が金銀財宝を背負って、出てきた気分だ。
御したら、虎皮と金銀財宝が、ぬかると喰われそうだ。
唖然としながら、ボソっと呟く。
「猪肉は一体何処から、都合したのやら・・。」
お清は、困ったような、顔をして。
「姫様がこれ以上の事は、内緒です。とお約束いたしました。」
ふーむ・・正直猪肉の都合など、実はどうでもいいこと、のはずなのだが、気になる。その内緒に、なにやら重要なことが、あるのではないかと。
ワシは、お清の前に歩み出て、しゃがみ込み、諭すように語り掛ける。
「お清や、お主も、徳兵衛も、母御も、知らぬようだから、話しておくが、我が最上家の領民だけでも、毎年何十と脚気で、亡くなっておる。不治の恐ろしい、病なのだよ。」
「!!!」
事の重大さを察して、途端に顔色が土気色に、青ざめるお清。
聡い娘じゃ。
お清を使って楓から、いろいろ聞き出そうと思うておったが、止めだ。
「さてもさても、影でコソコソするのが、阿呆らしゅうなってきた。」
「本人に聞けばよかろう。お雅、お八重、お清共に付いてまいれ。」
三人を連れて楓の部屋に向かう。
聞きたいことが山ほどある。
本日は筆が進んで好調なので、もう一話投稿します。
楓の弟の予定になってます氏家守棟さんの幼名がさっぱり分かりません。
捏造待ったなし助けて偉い人!
プリーズペルプミーですぞ!
02/06改行変だったので、早速編集しました。