26.賽は投げられた
〇岡田弥太郎〇
うん? 朝です。ここは一体全体何処でしたか? ・・・思い出せません。
そういえば。誰かに担がれて寝床に入ったような気がします。
「おはよう。弥太郎。昨夜は良く休めたようで。重畳です。」
はっ!っと飛び起きる。
そこには。目の下に隈をつくられた姫様と。何かの書状を冷や汗を搔きながら、読みふける助左衛門様がいた。
「こ・・これは! 失礼をば! この弥太郎! 一生の不覚。」
姫様に。土下座をする前に、制される。
「何言ってんだか。顔洗っておいでなさい。不覚なんてないです。そもそも昨夜私が、お酒を勧めたせいなのですよ。」
とてもそれは、艶やかな。視線で私をかばって下さいます。
「はい。楓様? 」
「よくお分かりですね。楓です。今滋野様はお休み中ですよ。」
とても尊い笑顔を。私ごときに。勿体ない。勿体ない。
末の妹のお光の半分の歳である。楓様に懸想※1したなど。口が裂けても言えません。
私ごときに。手ぬぐいと。房楊枝※2を手ずから。与えてくださります。
「朝餉前に。大切な話があります。大叔父様には既に伝えてあります。」笑う姫様のその笑顔が眩しくて、直視できません。
「はい。直ぐに済ませます。」
姫様。喩え、お伝えできぬ赦されない。思いであっても、いつまでも弥太郎は、お慕いいたします。
〇氏家楓〇
大崎の爺さんから「ワシ頑張りすぎて。精魂尽き果てたから、寝る。お前が差配してみろ。」と言われて現在に至る。
大叔父様は爺さんの書面を見て。青ざめたり、興奮したり、怒りの表情をしたりと。色々と忙しいご様子。
そして四枚目を読むに至り。「なっ! なんじゃとお! 」と驚愕の声を上げた。
書面を置き。こちらを向く。
「楓わかっておるのか? こんな決断など。」
驚きと。戸惑いの表情をしながら。こちらに話しかける。
「はい。承知の上です。滋野様はこのままでは。庄内しか最上家の支配下にできぬ。」と嘆いておられました。
極めて冷静に返事をする。
「確かにな。この書面を読ませていただいて。あのお方の恐ろしさを実感した。まるで今孔明のようなお方じゃ。最上家にとっては千載一遇の好機であると思い知らされた。」
「しかし、何故にお前が死んだことになり。名を変え女を捨てにゃならんのだ? 」
「大叔父様。この戦国の世の武士階級に於いて。女子というものは子を作る為の道具でしかありません。滋野様の神算鬼謀※3を発揮するのに。この女の体が枷となっております。私はそれをやりきれぬ思いでおりました。」
「よい機会なのです。滋野様にも大叔父様と同様の思いやりの言葉を頂き。静止されました。しかしあの大軍略家様を世に知らしめる事が出来ないことは。罪であると考えます。」
「滋野様には、この楓の意地を通させてもらいました。大叔父様この楓を誉めてくださいませ。」
手をつき深々とお辞儀する。
「お前というものは。・・・あい分かった。ようやった。ようやったな。楓。」
大叔父様は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら。私の頭をやさしく撫でてくれた。私の目からも涙が溢れる。
「人の口に戸は立てられぬものです。このことは大叔父様と御父上とお母上のみに。他は父上が信用能うと思われた方のみでお願いします。」
「承知した。それでワシは何をすればよいのかな? 」
「ありがとうございます。先ずはこの書面に花押※4を、お願いします。そして私の新しい着物の新調にお付き合いを。明後日には羽黒衆の調略をお願いします。」
ニコニコしながら用事をまくし立てると。大叔父様が、我が意を得たりと。
「いや正に。退屈する間もない。ありがたいな。」
矢立と書面を取り。花押を入れ始めた。
私は四枚目の書状を大叔父様より受け取り。油紙で包み赤い紐で縛った。
「只今。戻りました。」顔を洗い。歯を磨いて。さっぱりした様子の弥太郎が部屋に戻ってきた。
「弥太郎。先ずはこれを。」三枚の書面を渡す。爺さんの最高傑作だ。
弥太郎はそれを受け取り。読み始める。見る見る間に額から脂汗を滲ませ。懐から懐紙を取り出し。汗を拭く。更に読み進めると。滝のような汗に変わる。目をカッと見開き。あの糸目が消えた。
書面三枚を読み終え。顔面蒼白になった弥太郎が。「ふうぅぅ」と大きく息を吐いた。
「今。お家の一大事とわかりましたね。」
コクコクと頷く、弥太郎。驚きで、声が出ないらしい。
「父定直より。旅中の差配を全て任されております。弥太郎。これより主命を申し付けます。謹んでお聞きなさい。」
「はは! 」
手を付け深々と頭を下げる弥太郎。
「朝餉が終わり次第。山形に向かいなさい。父上にその書面三枚とこの書面一枚を届けるのです。こちらは、父母への私信です。」
油紙を赤い紐で包んだ書面を見せる。
先ほどの三枚を受け取り。油紙で包み始める。
「大叔父様。」
「うむ。弥太郎よ。これを。」
大叔父様は懐から革袋を一つ取り出し、弥太郎に渡す。
「ここにはな。小粒金十粒(約38万円)が入っておる。遠慮なく使え、そして一刻も早く文を届けよ。これはお前の戦よ。岡田家の栄枯盛衰も。その働きにかかっておることを努々忘れるでないぞ。」
「はは! 朝餉を取る時間勿体なく。直ぐに出立いたします。」
「いけませんよ。しっかりと食と水は取りなさい。こちらのお女中に握り飯を頼んでおきました。腹が減っては戦はできません。これから雨も降るでしょう。気を付けて懸命に励みなさい。」
油紙に包んだ三枚と一枚を渡す。
弥太郎は。震える手でそれを受け取った。
◇◇◇
『ようやった。楓。80点だぞい。』
「え~。100点じゃないの? 」
朝餉が終わり。齋藤家の家人に庄内の街中を見て回る。と伝えて大叔父様に背負ってもらい。仕立て屋に向かっている最中である。
大叔父様は、雨が降り出す前に到着したいらしく。無言で急ぎ歩きである。空がどんよりと曇り。今にも泣きだしそうだ。
弥太郎は早速出立した。
『気にするな。初めての差配でワシから80点とか。ありえない快挙とおもってよいよ。』
「でも聞きたい。何が足りなかったの? そして起きてたのね。」
『足りなくない。むしろやり過ぎたんじゃよ。』
「???何それ。わけわかんないよ。」
『弥太郎じゃ。お前は気を使って送り出したつもりじゃろが。あんなに優しくするとな。おそらくあ奴一睡もせずに。一気に山形まで、駆け抜けるよ。一日半で到着する。』
「えっ!」
『あの若さじゃ。万一はないと思うが。疲労して峠で足を踏み外したなら。この目論見全てぱあじゃよ。』
「・・・返す言葉もないよ。」
『まあそう凹むな。時に主君は、無神経を装うことも大事なんじゃよ。』
「肝に銘じておくよ。」
『楓お前はよくやった。おや着いたようじゃよ。』
齋藤家の家人に教えてもらった。呉服屋である。若狭屋についた。こじんまりとした。店構えで、入り口に「呉服物」と書いた木の看板がある。
私を背から降ろして。手をつなぐ大叔父様。
「はい。御免なさいよ。」のれんをくぐり中に入る。商家の御隠居様が、堂に入ってきた。
「はい。いらっしゃいませ。」三十代後半と思わる。ほっそりとして小ざっぱりとした。男性が応対してくる。
「実はですな。この子は私の孫なんじゃが、快活な子でな。羽黒山の五重塔を詣でに参ったのですが。どうしても男物の服が欲しいとせがんで来ましてな。」
「左様でございましたか。お孫様の願いとあっては。それは断れませんね。」ニコニコしながら。接客してくる。
「その通りで。折角ですから。しっかりとした物を揃えてあげたいと思いまして。庄屋の齋藤様に伺いましたところ。こちらのお店を教えていただきましてな。」
「そうですか、齋藤様に。それはありがとうございます。」
丁寧に頭を下げてくる店員。
「直垂と袴をお願いしたい。紋は九曜紋でお願いできますかな。」
「それでしたら。引立烏帽子も併せていかがでしょうか? 昨今流行りの烏帽子です。」
「よさそうですな。それでお願いします。」
「ただお子様のお召し物とは言え。紋付となりますと。お値段のほうが・・・。」
「そうですな。これで足りますかな? 」
懐から革袋を出し。中身を見せる。大叔父様。
中には小粒金が、ぎっしりと詰まっている。
「これはこれは。大変失礼いたしました。今解き済みの生地と反物をお持ちします。おーい。お客様にお茶をお出ししておくれ。」上客と分かると。態度変わるよね。
その後。採寸と柄合わせを済ませ。金に物を言わせて。二日で仕上げてもらうことになった。
そして昼近くに雨脚が弱くなったので、齋藤家に戻った。
夕餉の後。爺さんと大叔父様が、羽黒衆の調略の算段である。
「齋藤家の炊き出しの通達が、朝なされましたね。明日には、庄内中に広がります。」
扇子を広げて自分の顔を仰ぐ爺さん。ほんと扇子すきだよね。この爺さんは。
「はい。予定通りですな。」
ちょっと悪い顔をする。大叔父様。めっちゃかっこいい。
「羽黒衆ですが、明日の段階で。首領か首領格が、焦りを見せているようでしたら。相当な切れ者です。士分取り立てだけでなく。里ごと調略しましょう。」
爺さんの実力至上主義は、徹底している。
「承知しました。」
「さて賽は投げられましたな。ルビコン川を渡ったぞ。」
「そのるびこん川とやらは? 」
叔父様が不思議そうな顔をする。そりゃカエサルなんて。知らないだろうし。でも可愛い。
「南蛮の古の将が、その名の川を渡って。立身したのですよ。」
「なるほど。天下分け目の富士川の戦い※5ですな。」
「ほうほう。助左衛門殿は源平合戦を。中々の物知りであられる。いや。恐れ入った。」
「そうおだて下さるな。照れますわい。」
頭を掻きながら。顔を赤らめる大叔父様。超可愛いのですけど。
※1 懸想 異性に思いをかけること。
※2 房楊枝 竹で作った昔の歯ブラシ。
※3 神算鬼謀 人知の及ばないような、すぐれた巧みな策略のこと。
※4 花押 署名の代わりに使用される記号・符号のこと。
※5 富士川の戦い 1180年10月平氏が大敗した合戦。実質上の源平の決戦。
弥太郎はロリ。楓は枯れ専。いろいろ大変な方たちです。
次回投稿は03/09の予定です。




