25.楓の決意
〇氏家定道〇
「さっ。どうぞ越後屋さん一献。」
豪農齋藤家の主の弥平殿が、ワシに銚子を向けてくる。
「やっ! これは恐れ入ります。齋藤様。」
盃を両の手に持ち。拝むように。酒を受ける。
夕餉で酒宴を開いていただいた。庄屋殿自ら歓待してくださっている。
しばし歓談しながら。弥平殿と酒を酌み交わした。
「山形の方は、いかがですかな。家業は順調ですかな? 」
だいぶ酒が回ってきたのか。弥平殿は立ち入った話をしてきた。
「お陰様でして。順当に進みまして。此度丁稚や下働きなど。増やすこと能うようになりまして。」
滋野様との打ち合わせ通りにいけそうだ。
「ほうほう。お構いなければ、如何ほど雇われるのか。お教えいただきたいですな。」
興味があるらしい。身を乗り出して、主殿が聞いてくる。
「そうですな。おおよそ百名も雇いたいところです。」
「なんとまあ、豪儀なことで。それほど山形は景気がよろしいですか。羨ましい限りですな。それに比べてこちらときたら・・・。」と弥平殿は大きなため息をつく。
「いけませぬので? 」
今度はこちらが興味を持った顔をしてみる。
「昨年はこの辺りは日照りが、続きましてな。百姓は種もみをも食い尽くす始末でして。そこにあの大宝寺様の戦です。賦役と戦役と。容赦ない年貢の取り立てで、皆苦しんでおります。・・・いけませんな愚痴ばかりで。」
弥平殿はくいっと盃をあおった。
「得心しました。田畑の荒れ具合や領民の方が痩せているのは、そのせいでしたか。」
大きく頷いてみる。
「誠にもって誠にもって・・。」再び溜息をつく庄屋殿。
「実はですな。齋藤様。此度の人集めは、私が一任されてましてな。商売がうまくいきましたのも、私一人で成したものではありません。この恩に感謝して、困窮している。この地で人を集めようかと思っている次第でして。」
それを聞くや否やガバっと立ち上がる庄屋殿。
「まことですか! 越後屋さん! いや越後屋殿! 」
ワシの襟元を興奮しながら掴んでくる。
「はいはい。孤児を優先して、雇いますよ。」
なんとか話しをよいところへ持ってこれた。滋野様が満面の笑みで頷いておられる。
「ありがたい。ありがたい。どれ程の者が助かるか。」
目に涙を浮かべながら、ワシに手を合わせる庄屋殿。
「先ずはこれを。」懐から革袋を取り出す。袋の口を開けて中よりワシの隠居金であった。小粒金を膳の上に「じゃらじゃら」と転がす。
「銭20貫文(約300万円)ほどあります。」「厚かましいお願いなのですが。この銭で炊き出しを行ってくれませんか? 」
「これほどの銭。よろしいので? 」金額と小粒金に驚く庄屋殿。
「はい。集まった皆を雇うことは、能いません。腹を減らした子供中心に飯を食べてもらい。目ぼしい者を選んで声をかけようと思いましてな。是非名士の齋藤様のお名前で炊き出しをお願いします。」
「流石 義に熱い越後屋殿。その心意気にこの弥平打たれました。全面的に協力します。早速明日からでよろしいですかな?
」
乗り気に笑みを浮かべる庄屋殿。なんかすまんの。弥平殿。
「明日は下り坂のようですからな。先ずは炊き出しの通達を、齋藤様より出していただき。二日後から始めるのは如何でしょうか? 」
「分りました。早速家人と算段いたします。ではごゆるりとお楽しみください。失礼いたします。」
庄屋殿は我が事のように喜び、席を辞した。良い人物だ。騙している自責の念で、やりきれなくなる。
「お嬢様。私はそんなに飲めませんよ。」弥太郎の盃にどんどん酒を注ぐ。滋野様。
「いいから。いいから。」酒を勧めながら。笑みを浮かべる滋野様。ふっ。このお方は。
〇氏家楓〇
深夜。大叔父様と弥太郎は、酒をたっぷり飲んだせいで、寝床で大いびきだ。
大崎の爺さんは、私が寝ていると思い。黙々と手紙を書いている。草書体で読み辛いが、内容を見ると背筋がぞわりとする。
この爺さんやばい。策士で老獪だ。やばすぎ。いずれこの爺さんと魂が一体化するみたいだけど。今の私は何も役に立っていない。
そのうち。軽快に進んでいた。筆がぴたりと止まる。腕を組み。「うーむ。うーむ。」と唸り始める。
「あと一手足りん。これでは庄内しか手に入らん。いっそあいつら釣り野伏で、皆殺しに。」
物騒な独り言を呟く。
『爺さん。いいかな。』
「お。起きておったか。いいぞい、丁度策が詰まってたとこじゃよ。」
『私の将来の姿。フウお姉ちゃんなんだよね? 』
「そうじゃな。お前の十年後ってとこかな。それが? 」
『・・・・決めた。多分だけど聞いて。』
「ああ。聞くともさ。」
『手紙見たよ。あんたまるで妖怪だね。とても人の発想じゃない。』
「ひょひょひょ。誉め言葉として、受けておく。なんのことはない。医師会での根回しや。医療機器・製薬会社との折衝。役人への袖の下。派閥争い。族議員への働きかけと比べれば。子供のお使いクラスだ。現代日本人のスペックを侮ったらいかんよ。」
『その妖怪策士から見て。私の先のビジョンを話すから。意見くださいな。』
「どうぞ。実に興味をそそられる。」
『爺さんの策に足りないピースは。ここの領民の怒りと同情。そして最上家の怒りと同情。』
「なっ! 」
『簡単だよ。氏家楓はここの一揆の動乱で。大宝寺の兵に殺される。これで全て解決。』
「・・・続けてくれ。」
『女じゃ侮られる。ずっとだよ。なら死んでしまえばいい。男として再出発。フウお姉ちゃんは、軽く180センチあったよね? 胸なかったし、男装したらいけるじゃん。てね。』
「いいのか? 女として終わるぞ? 想像以上なイバラの道だぞ。」
『東北 盗ったら。カミングアウトすりゃいいよ。その頃なら侮られない。』
「そうか。すまんな。お前の決意無駄にせん。良し! 策は完成した。投了だ。」
筆が進んだので。本日中にもう一話投稿します。




