21.弟
〇大崎重雄〇
「ささ助左衛門殿。一献。」
銚子を氏家定道殿に差し出す。
「やっ!これは忝い。」
トクトクトクと白く濁った酒が、定道殿の盃に注がれる。
定道殿が、喉を鳴らし。その盃をくいっと飲み干す。
旨そうな濁酒じゃわい。
飲みたい。が楓の体(四歳児)で、飲むわけには、いかんのう。
じっと定道殿が、飲む様子を見つめていると。定道殿が、返杯を返してくる。
「ささ。滋野様も一献。」
ニカっと良い笑顔で、銚子を差し出してくる。定道殿。
「定道殿。われは今生の前より、酒は好きでな。目がないほうです。しかし。」
胸に手を当てながら答える。
「五つ児に飲ませるわけには、いきません。楓殿が成人なされた暁には、助左衛門殿。存分に酌み交わしましょうぞ。」
「誠にもって。返す言葉もありませんな。」
定道殿は頭を掻きながら、答える。
「ワシも楓が、成人するまで。死ねませんな。滋野様と一献交わすまでは、生き延びて見せますからな。」
爽やかな。春風のような御仁である。
「左様です。叔父上。滋野様への盃は、ワシが受けましょう。」
定直殿が盃を差し出し。定道殿と酌み交わす。
「楓。お前は本当に、家族に恵まれているな。」
『そうだね。感謝しないと。』
楓と心で、会話していると。定直殿が、耳打ちしてくる。他の者の目を気にしている様子で、周りに目配せをしている。
「滋野様。医術には、やはり精通されておられますか?」
「はい。薬祖神様の娘御様の、御使いですから。」
「では、後ほど診ていただきたい。者がおります。何卒良しなに・・・。」
耳打ちしながら、頭を下げる定道殿。
「承った。」
誰の診察か分からんが、医業はワシの畑だ。定直殿の縁者なら、しっかり診てやらんとな。
◇◇◇
朝餉の後。家人に手伝ってもらい。神棚に、四方那草姫の御神札を祭る準備が整った。家人全員に居間と、廊下に集まってもらった。
家長の定直殿を筆頭に。大叔父の定道殿。用人。侍女。女中。下男。総勢28名の大所帯である。神棚の前に祭壇を立てて。三方に先ほどの朝餉の一部。米や酒などを載せた。
「皆さん。これより。神棚に神様を祭ります。軽く礼の姿勢をしてください。茂助よろしいですか?」
「はい。お嬢様。」下男の茂助に「四方那草姫命」と書き込んだ木札を、神棚の社の中に入れてもらう。大社造りの神棚は、その構造上。後ろから、御神体を入れるしかない。裏の木枠を外す作業は、かなり難しい。器用な者が必要なのである。
「カタン」と裏を外し、器用に中に木札を納める。茂助。
急遽。お八重や侍女達に、作ってもらった。巫女服に身を包み。浅く一礼。三歩前へ。一礼。二拝。
「此の神床に仰ぎ奉る 掛けまくも畏き 四方那草姫命 産土大神等の大前を拝み奉りて 恐み恐みも白さく・・・」
祝詞を奏上しながら。四方那草姫に念じる。
『のじゃ~~。随分と早い呼び出しじゃの。・・・おおう神棚できたのか。』
「約束通り造ったよ。あと祠も近日中にな。で。お前さん2年経ってたの知ってたな?」
姫に言葉で、詰め寄る。
『当たり前じゃろ。自力でわれの神域に入ってきた者に。いちいち細かい話などせんのじゃ。』
くっ!悔しいが。正論だ。
「・・・その話は後でな。とりあえず今ここにいる者28名に。お前さんの託宣を下してもらいたい。定直殿の腹切りを止めた時みたいにな。」
『お安いご用なのじゃ。で?何と言えばよい?』
「われは四方那草姫である。そちに福を授けようぞ。・・・・こんな感じで頼む。」
『分かったのじゃ。』
暫くすると。礼をしている全員がビクリとしたり。辺りをキョロキョロと見回したり。中々良いリアクションを見せ始める。
「皆さまお平に!四方那草姫様の神託が、下されました。姫神様は皆さまのことを我が子のように、ご案じ召されてます。姫神様の御慈悲と恩寵に感謝しましょう。」
皆。目に涙を溜め深く拝礼した。
よし、掴んだな。
『奉納すまんなのじゃ。早速フウといただくのじゃ。もう良いかなのじゃ?』
「あともう二つ。一つは、楓の母君が、大和まで、薬師如来詣でに行っておるのだが、夢枕にでも立って。帰るように伝えてくれんか。[楓は目が醒めましたよ。]とでも言ってな。」
『むう・・。神使いちょっと荒くないかなのじゃ。』
薬師如来と聞いて、機嫌が急降下する。よも姫。
「そうそう。プレミアムお子様ランチ。」
『ゴクリ。なんじゃその気品 溢れる名は?』
「あとプリンアラモード。これらは貴人用の特別な食事でな。次回はそれらを饗応しようかと。思ってたんだが。」
『なんじゃみずくさい。われと大崎殿の仲ではないか。喜んで伝えるのじゃよ。で。もう一つは?』
「楓の加護って。疫病みや怪我にも利くのかの?」
『そうじゃよ。疫病み。病に利く。怪我は治りが、早くなるが、致命打を受けると普通に死ぬのじゃ。』
「なるほど。では今病などで、死んでは困るもの。定直お雅夫妻。定道殿。楓の弟御。用人の岡田弥太郎。そして下男の茂助。この六名にも同様の加護してもらえないかの?」
『分かったのじゃ。で。次いつ来るのじゃ?』
「2年後に伺おうと思っとるよ。よろしくな。」
『ぷれみあむお子様らんちと、ぷりんあらもーど。忘れるでないぞ。』
「ああ。分かったぞい。」
こうして祭事は終了した。
◇◇◇
「滋野様こちらへ。」
定直殿に案内されて、お雅さんの妊婦部屋だった。奥の間に通される。
「定直殿。お城への出仕は、よろしのですかな?」
通される途上。気になったので、聞いてみた。
「本日は休ませてもらいました。大事な事なので。」
どうも定直殿の顔色が、優れない。心配事のようだ。
奥の間に。乳児が寝かされている。羽毛布団にくるまれていて、2年前を思い出した。
「この子は道丸。氏家家 中興の祖である。氏家 道誠様より名を頂戴した。ワシの子であり、楓の弟であります。」
『私の弟。道丸ちゃん。』楓が即反応する。
「三日前より。熱が治まらず。最上家の薬師も匙を投げる次第にて。」
「あい。分かりました。全力で診ます。」ぜえぜえと息を苦しそうに、呼吸する。道丸殿を観察しながら。答える。
まず道丸殿の視診と触診。顔から首にかけて発疹。体までは進行していない。道丸殿の口腔をそっと開けて観察。口内にコプリック斑なし。額に手を当ててみる。高熱だ。脱水状態も酷い。
麻疹の発疹期だ。ワクチンは当然ない。体温を下げて、水分を補給しよう。
「定直殿。道丸殿の看病をした方は、誰ですか?」
「お八重が付き切りで、見てくれました。」
「お八重殿をここへ。」
直ぐにお八重がきた。
「八重にございます。滋野様。」
道丸殿を心配そうな顔で見ながら。挨拶する。お八重。
「お八重殿。貴女は麻疹に罹った事がありますか?」
「はい。幼少のみぎりに。」
「定直殿は、如何ですか?」
「ワシも患いました。まさか!道丸も!」
慌てる定直殿。
「定直殿。お平に。では、この後。道丸殿の世話は、お八重殿と私と麻疹に罹ったことのある。家中の者のみで、行います。」
「道丸殿は麻疹です。進行しています。この状態を放置していたなら。危なかったでしょう。」
「なんと!麻疹であったか!」
愕然とする定直殿。
お八重は手を口に当てて。ヘタヘタとそこに座り込む。
この時代の麻疹は治療法が確立しておらず。合併症や高熱で、死亡率が高かった。
『うあああん!道丸ちゃん!死んじゃう!死んじゃうよ~!』
楓が大号泣である。
「楓落ち着け。死なんし。死なせんよ。お前が中で大泣きすると。道丸殿の治療が遅れるぞ。」
『うん。分かった。御爺様よろしくお願いいたします。』
グスグスと嗚咽しながら。耐える楓。
さてと。
「お二方。どうされた?まるで訃報を聞いた。者の顔ではないか。われは滋野善盛である。薬祖神の娘御様の御使いですぞ。この家の宝。道丸殿を助けます。さあ!腑抜けている場合ではない。手伝っていただきたいことが、山ほどありますよ。」
「はい。」
定直殿は気を取り直し。お八重はすっと立ち上がった。
まず。お八重に桶一杯のお湯と。桶一杯の井戸水。塩と水あめを用意してもらった。
麻疹に罹患したことのある。女中2名にも手伝ってもらい。道丸の両わきの下(腋下)に、井戸水で冷やした。手ぬぐいを挟む。これを繰り返し行う。
続いてお湯を椀に移して、そこに一摘まみの塩と水あめを入れて、よくかき混ぜる。水あめが溶けたところで、指先を入れて味見をする。
ふむ。子供は甘い方が、よく飲む。痩せてるしよかろう。
更に水あめを足して、かき混ぜた。
お八重に道丸の上体を起こしてもらい。銚子に入れた塩水あめ水を、そっと口に注ぎ込む。
はじめ水の感覚を口内で拒んでいたが、甘い味に気が付いて
、次第にこくりこくりと喉を鳴らして、飲み始めた。
◇◇◇
治療を開始して。約2時間が経過した。熱が下がり。落ち着いてきたので、お八重たちに任せて。居間へと向かう。
居間の神棚に一礼して、姫神に念を送る。
『なんじゃ。お食事中なんじゃが。』
もきゅもきゅと咀嚼する音が、聞こえてくる。
「すまんな。さらにロイヤルミルクティーも饗しよう。」
『ありがたい。で。』
「楓の弟御の加護は、どの位で効いてくるのかの?」
『もう効いてるのじゃ。明日には平癒なのじゃ。体冷やして。水飲ませたのは流石じゃの。』
「見てたのか。」
『一応神じゃからの。加護した者の様子は、全て見える。』
「・・・いや恐れ入った。手数かけた。すまなんだな。」
『どうじゃ。恐れ入ったかなのじゃ。』
フンスと姫が鼻息を上げて、通信が切れた。
次回投稿は02/28の予定です。




