20.鬼助左
〇氏家楓〇
帰ってきた翌日の朝。朝餉前にお清と家人に、手伝ってもらい。新しい自室の元納戸部屋に、前の部屋から、身の回りの物を移動した。
お清は丁寧に雑巾で、箪笥や化粧箱を拭いてくれる。
「姫さま。だいぶ臭いが抜けましたね。あとで香り袋をお持ちします。お部屋の方は、臭い抜きをしておりますので、ご不便ですが、しばしご辛抱のほどを。」
申し訳なさげに、私に話すお清。
「ありがとね。お清。助かったよ。う~ん不便はないね。」
「そうおっしゃっていただくと、助かります。では朝餉までごゆるりと。」
そう言って挨拶すると、お清は部屋を退出していった。
『ええ子じゃの。あの娘。』
「そうだね。お清は私の姉さんみたいな存在だよ。ところで昨夜の滋野様って。奥さんの。」
『そうそう。婆さんの実家な。ほらワシ長野県民じゃん。無意識に、方言でるかもしれんし。この時代の信濃滋野家は、実権のない状態でな。裏を取られても、問題ないからの。名を使わせてもらったのよ。』
「なるほどね。確かに大崎は警戒されそう。」
『その通りじゃよ。最上家の本家は、奥州斯波氏だが。その一族が大崎を名乗ってるからの。ワシの先祖は、違う大崎氏だが。近頃。最上領民と大崎領民との間で、水争いがあったらしいから。大崎を名乗ることは、デメリットしかないの。』
「だね。それじゃ。よも姉ちゃんのお使いの滋野善盛様。今後ともよろしくね。」
『うむ。苦しゅうない。』
しばらく二人で笑った。
◇◇◇
神棚に、よも姉ちゃんのお神札を、祭ることになった朝。いつまで時間が、経っても朝餉の準備ができていない。未だに居間の外の廊下を、せわしなく動く、家人の衣擦れの音が聞こえてくる。
『爺さんこれって。さっきの600年ぶりの朝餉のせいなんじゃないの?』
お茶を飲み終わった。爺さんに訊ねる。
「そうじゃろな。」
飄々(ひょうひょう)と答える爺さん。
『あれに何の意味があったのか、分からないんですけど。』
「あれか。あれは、定直殿のよも姫への。期待度を量る為に、試してみたのよ。禍福の福が欲しければ、ひたすら祈り、祭れとな。その神に対する信用を信仰へと、昇華させようと思ってな。」
『ふ~ん。それで今のところ、上手くいってるわけね。』
「もう一押しじゃな。神棚にお神札を祭るときに、サプライズを計画しとる。これで定直殿だけではなく、家中の信用と信仰を一気に掴む。」
「楽になるぞ。動きやすくなる。何事も神のおぼし召しで通るからな。どんなキテレツな事をしても。疑われることが、なくなるからの。」
『ちょっとびっくり。爺さん結構策士なんだね。』
「ひょひょひょ。誉めてもなんも出さんよ。ただ雅子さんが他行中なのが、残念じゃが。まあそれは別の手を打てばいいしな。」
爺さんと一人会議をしていると。居間の襖がすっと開き。50代前半のがっちりとした。中年の男性が入ってきた。
「楓おはよう。調子はどうかね?今朝の飯遅くないか。腹が減ってかなわん。」
大叔父の氏家定道さん。父定直の叔父さんである。
「お初にお目にかかります。某四方那草姫様の御使いである。滋野善盛と申します。楓殿の御身を借りて顕現しております。」丁寧に手をついて、挨拶する。
一瞬びくりとする大叔父さん。
「やっ!これはこれはご丁寧な挨拶。恐悦です。ワシはこの家の当主。氏家定直殿の叔父にて、ここにお世話になっております。氏家定道と申す。」
「定直殿から話を伺っております。氏家家と楓に福とご加護を授けてくださる。大神様の神使いであられるとか。こんな爺いに、ご丁寧な挨拶は無用ですぞ。恐れ多いことです。はい。」
大きな体で、小さく畏まりながら、挨拶する大叔父様。超可愛いんですけど。右頬の刀傷の後が、とってもキュート。
「われの前では、遠慮も恐縮も要らぬものです。鬼助左殿。」ニッとほほ笑みを見せる私な爺さん。大叔父はかつて「槍の鬼助左」の異名を持った。勇将であったという。
「いやいや。勿体なきお言葉。この老骨恐縮してしまいますぞ。」大叔父様は嬉しそうに、恐縮する。
「どうぞ。上座へ。誰かある!」上座を指し示しながら。人を呼ぶ私な爺さん。
「はい。」通りかかった女中が、それに答える。
「すまぬが、茶を二杯お願いします。」
「畏まりました。」すすすっと衣擦れの音を立てながら。去っていく女中。
「さて、朝餉までの間。茶でもいただきながら、鬼助左衛門殿の勇敢な戦働きのお話を、お聞きしたいものですな。」
大叔父は子供のように、目を爛々と輝かせながら、こちらを凝視している。
◇◇◇
「でな!滋野様。ワシは先代の殿の手綱を任されてな。襲いかかってくる敵を槍で、突いて突いて突き崩して、首級を数え切れぬほど上げたのですわい。後に先代様に[誠に助左衛門は全身これ肝なり!]と褒めたたえて頂いたことが、今でも忘れられん。」
大叔父様が、ややオーバーリアクションで、武勇談を語る。
かれこれ30分は聞いただろうか。
その間。私な爺さんは、適度な相づちと、適当に大叔父様を誉めて、持ち上げる。
心地よいのか、更に熱を帯びて、語りだす大叔父様。
「さてもさても。叔父上。ご機嫌よろしいようで、何よりです。」
父上がそう語りながら。居間に入ってくる。
「やっ!これは年甲斐もなく。はしゃぎすぎたようですな。定直殿。」
恥ずかし気に頭を掻く大叔父様。可愛い。
その父の後に、お八重を筆頭にして、朝餉の御膳を運んでくる。お膳を運んでくる侍女や女中が、10人を過ぎた辺りで、大叔父様と私の顔色が変わる。
更にお銚子と盃が載った膳まで、運ばれてくる。
「なんとまあ。豪奢で、たまげた。」大叔父様が、感嘆と驚きの声を挙げる。
私の前に十六客の御膳。それには魚の煮しめや煮アワビ。山鳥のつみれ汁や山菜や筍など。海の幸、山の幸が山盛りになり。お銚子と盃がこれでもか。と載せられている。
父上と大叔父様にはそれぞれに、お膳が五客づつ。それでもこの時代の朝餉にしては。かなり豪勢である。
「叔父上。滋野様は人の身に戻り。実に600年ぶりの朝餉だそうですよ。」父がニコリとして、大叔父様に話す。
「なんとも。600年とは。」大叔父様は放心している。
「滋野様。粗末な朝餉なれど、心を込めて用意致しました。どうぞご相伴くださいませ。」父が私に向けて慇懃に頭を垂れる。
「わっはっはっは!!これは!!夥しき!実に結構!」
立ち上がり。私な爺さんは、大笑いをする。
きょとんとする。父上と大叔父上。
「伊予守殿。誠に嬉しい。信義とは神宜に通じるものでありましてな。古来の人と神との繋がりは、このような互いの信義で結ばれていたのですよ。我らもそのように繋いでまいりましょうぞ。」
居間の奥に鎮座してある神棚に向け。二拝。二拍手。一拝。
「短い時間に、これほどの馳走。四方那草姫様もお喜びです。朝餉の後に家人全員をここに。皆に福を授けてくださるそうです。」
「はい。畏まりました。感謝します。」
父上と大叔父上が、私に頭を下げた。
「では、御馳走に相成る。」
膳に手を合わせて、軽く一礼する。
「お八重殿をこちらに。」
程なくして、お八重が来た。
「お八重殿。聞いていると思うが。われは滋野善盛と申します。この度の夥しき馳走の差配。感謝する。」
「滅相も。ございません。そのお言葉勿体のうございます。」
恐縮して手をつくお八重。
「素晴らしき堪能を頂いた。この楓殿での身体では、全て食すること能わず。」
「われには、これとこれの2膳を。」それぞれお八重に指さして示す。
「これとこれは。丁度良い。この後の祭りの御奉納に使いましょうぞ。」
「あとは家人の皆で、分けてくだされ。痛んでは勿体ないのでな。いわゆる神からの下がりもの。縁起物です。」
「殿様。」
お八重が、父上の顔を伺う。父はゆっくりと頷く。
「滋野様の御意思通りにしようぞ。」
豪勢な朝餉が、家人にも配膳され。朝から宴が催された。
次の投稿は02/26の予定です。




