苺
「お待たせしました、ケーキをお持ちしました」という声に続いて、右横から、細くきめ細かい肌に青がすうっとひとすじに、手首の先端から肘裏の浅いくぼみ辺りまでのびた手先とともに、純白の皿にたたずんだショートケーキが顔を出す。それは、苺華のまえをいちずに下降して、白がベージュの木目に着くと時を同じく響いた、接地音に交じって、フォークの峰と柄がはねて皿をたたく黄色い音が髪のそばへひかえた苺華の耳にふれた。
こちらに整った断面を見せた西洋菓子は、一番下の段がさわやかなスポンジで、その上にホイップクリームと果肉を現したいちご、それからまたスポンジとクリーム、いちごが非対称に、それでいて均等に重なっている。いただきに敷かれた真っ白の毛布には、彼女の親指と人差し指で丸をつくったくらいの、半分に切られた真っ赤な果実がふた切れ、肩を寄せてのっていて、その背中を、ふわりと膨らむ生クリームがやわらかく支えている。
苺華は三つ股のフォークを右の手先に取って持ち、左側の刃でクリームをそっとすくって口元へ運ぶまま、フォークをなかに受け入れ、唇を閉じながらまぶたを落とした。鷹揚に押しつけた上あごから、しっとりした甘みが刹那に伝ってゆく流れに追われるように苺華は銀器を抜きとると、ふいの苦味が舌と唇を攻めるのから身を守るべく、水を口にする。
ひと息つくと今一度銀器を構えて、鋭角にのびた先っぽより一センチほど後退したところから、左側の刃を力まずやさしくおろしていき、こちらとあちらで無慈悲に裁断する。分断された小さいほうの島を、フォークへ串刺しに生け捕ろうとして、いきなりバタッと横ざまに倒れ、それに連れて中身がぽろぽろっと、外へ粒になってはねた。
苺華はももで遊ばせていた左手をテーブルへのせて、軽く指先で調子をとりながら口元は森閑と旋律を口ずさみ、銀器を指揮棒のごとく揮いながらぼんやり思案するうち、ぴたっと止まって瞳を見据え、倒れたままうごかない体へフォークを突き立てた。半分に切ると、間髪をいれず上半身へ突き刺しぺろりと平らげて唇をなめる。すっと伸びたフォークに捕まった片割れもすぐさま後を追う。
苺華は口から抜きとったフォークで、清潔なクッションにもたれた苺をつんつんしながら、わたしはいつからチョコレートケーキじゃなくて、ショートケーキばかり選ぶようになったんだろうと、機会が訪れる度とらわれる設問に、今日もまた甘くとらえられた。と、今こそ真剣に向き合ってみようと反省するそばから舌の渇きが始まり、それでいて口内はそれとは知らず、たちまちつばに満たされる。
唇をそっとなかへ包んで潤すと、フォークを皿の縁へそえて置いて、背を椅子へもたせて両手をももにのせたかと思うと、すぐにフォークをつかんで構え直し、しばし指揮をふるうが早いか、今度は赤もろとも切断する。
まもなく倒れたそれから垂れしたたる体液には目もくれず、いただきにそびえる苺へフォークを突き刺してクリームをからめ、自分のなかへ受け入れた苺華のからだに、ひさしく絶えて覚えない喜悦が走った。
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