7・夫の野望と妻の妥協
「さて」
ギードは朝食の用意が揃った食卓の椅子にタミリアを座らせた。
「なあに、話って」
タミリアは分かっていながら知らない振りで、パンケーキに手を伸ばす。
ギードは「食べながらでいいよ」とタミリアに余裕の笑みを見せる。
いつもと違う雰囲気にタミリアは背中に汗をかいている気分だ。
タミリアの部屋はうっすらと金色の結界に覆われていた。
これは、ギードが自分の存在を誰にも気づかせず、他者からの侵入も許さない結界。
そういえば昨夜、ギードは最初からこの結界を発動させていた。
計画的だったんだなとタミリアは心の中で頷く。
タミリアは淡々と食事を続けていたが、目の前でうれしそうに自分を見つめる夫に違和感を覚える。
「えっと、ギドちゃん。 その、ごめんなさい」
「ん?、なんでタミちゃんが謝るの。 誰かに何か言われたのかな」
シャルネ辺りだろうと言うと、タミリアはコクッと頷いた。
「あはは」
自分たち夫婦のことを心配して口を出すとすれば、エグザスかシャルネくらいだろうと思っていた。
「タミちゃんは何も話さなくても大丈夫って思ってたよね。
驚いたとしても、結局は理解してくれるって」
タミリアの強さを求める貪欲さは良く知っている。
魔法剣士として実力を伸ばすなら、樹海は周りに気を使わなくて良いのでうってつけだ。
ギードの言葉にタミリアはウンウンと頷く。
「だよね」とギードは楽しそうに笑う。
「うん、その通りだと思う。
僕は結局はタミちゃんのことは許すしかない」
傍にいたい、誰よりも近くにいたい。
そう願う限り、ギードはタミリアを許すしかないのだ。
「だけど、それじゃ不公平な気がしない?」
ギードが目を細めてタミリアを見た。
その表情は笑っているが、タミリアには何か悪だくみをしているようにも見える。
「それで?」
確かめるようにタミリアはギードを上目で見る。
予想通り口元がニヤリと歪む。
「だからさ、昨夜も言った通り、こっちも同じ日数だけ好きにさせてもらいたいのさ」
ギードらしくない荒っぽい口調。
「私も許すしかないものね」
先にわがまま勝手をしたタミリアは、自分と同じようにしたいと言うギードの願いを許すしかない。
「だから、タミちゃんは今回のことは謝る必要はないんだ」
そのお陰でギードは自分の好きなことが出来る。
そう言って非常にうれしそうにギードは笑ったのだった。
「分かったわ、好きにして」
「うん、ありがと、タミちゃん」
ギードはトントンと足で地面を叩いた。
「お呼びでしょうか」
ギードの六体の眷族のうち五体が姿を現す。
「コンは、この砦の結界を確認しろ。
エンは、兵士に紛れて彼らを鍛え直せ。
リンは、上空からこの周辺の地形の確認と魔獣の動きを監視。
ルンは、王宮でこの砦の資料を入手してくれ。
ザンは、タミリアの影に入って護衛だ」
「はい、仰せのままに」
六体目の元ケット・シーの長老である『幻惑の森の主』は動くことは出来ないので、本拠地である館の管理を任されている。
全ての眷族がそれぞれの目的のために姿を消す。
タミリアの目の前には満足気な夫だけが残っていた。
その日タミリアは、砦の中をギードを案内して歩いた。
隊長から司祭、同僚、お世話になっている下働きにもギードを紹介させられる。
「タミリアの夫のギードと申します」
ギードにとっては『男嫌い』が治ったタミリアに言い寄りそうな相手を探るためだ。
今のタミリアは誰にでも無防備に近づく恐れがある。
面倒でも一通りの面子を見ておきたかった。
珍しい黒髪のエルフを見ると、たいていの者は、
「あ、あのギード商会の!」
と、気づくほどギードの商会は有名だった。
上司からは「手に入れて欲しいものがある」と持ちかけられたり、同僚や下働きからは「働きたい」と相談を受けたりした。
「そんなに大きな商会だっけ?」
休憩所でお茶を飲みながら、タミリアは首を傾げている。
「依頼があれば何でも手に入れるという噂があるのさ」
タミリアの横に座っているギードは、ずずっと薬草茶を啜る。
もちろん、『何でも』なんて出来るはずはない。
ただそれに近いことはしている。
「お茶目な国王陛下のご機嫌取りはしておかないといけないからね」
ギードは国王に進言して海上交易用の船を造らせた。
お茶目な要求には無茶なお願いを。
「持ちつ持たれつ、というところだよ」
ギードは自分が楽をするために人材を集めているので、従業員はいつでも募集しているのだ。
そして遠慮なくふるいにかけているのも確かだった。
「まさか、この砦にも店を出す気?」
タミリアの不安そうな顔に、ギードはただニコリと微笑んだ。
その夜もギードはタミリアを抱き寄せ、肌を重ねた。
翌朝、タミリアは朝食を取りながら不思議そうにギードを見た。
「ギドちゃん、そろそろ出かけるの?」
「ん?、なんで?」
タミリアはギードが『好きにさせてもらう』というので、どこかへ旅にでも出るのだとばかり思っていた。
「ギドちゃんが好きそうなところって、あの温泉のある町とか?」
外の景色を見ることが出来る天然のお風呂がお気に入りだったはず。
「それとも、聖域の迷宮にまだ調べたいことがあるとかかしら」
学者の一面も持つギードは、以前、エルフの森の奥にある聖域の迷宮の探索を希望していたこともある。
「ふふっ」
タミリアが色々悩んでいると、ギードは優しい笑顔を浮かべる。
「僕の希望は『もう一人くらい子供が欲しい』かな」
「は?」
「実はね、エルフ族と人族との子作りの違いが分かったんだ」
タミリアはポカンとしている。
異種族間の夫婦には子供が産まれ難い。
ギードはその難問を聖域の迷宮にある『子供に恵まれる部屋』を見つけることで解決した。
今では国の主要な人物に公開されている。
「だけど、根本的な解決にはなってないでしょ?」
迷宮には一定の戦闘能力がなければ入ることは出来ない。
では一般の異種族婚の者はどうすればいいのか。
それが今のギードの研究なのだ。
「その研究成果をタミちゃんと検証したいのさ」
「ちょ、ちょっと待って」
ギードの望みは子作りだった。
いや、実をいえばギードはただ単にタミリアとの甘い生活を望んでいた。
彼女に触れても殴られない今なら、その野望は叶うだろう。
「でも、もう私はそんなに若くはないのよ?」
「大丈夫、僕が付いてるからね。
体力は魔力で補うし、出産までずっと側にいるから万が一も無いよ」
ギードは自信たっぷりに言い切った。
タミリアはぐっとこみ上げるものを飲み込んで、聞かなければならないことをぶつけることにした。
「ねえ、ギドちゃん。
あなた、私に何か隠してるわよね?」
魔力を大量に使い、熟睡するほど気力を消耗している時期があった。
タミリアはそのことを訊ねる。
「ああ、なるほど」
それがタミリアを家出させた原因なのだと思い当たる。
「それはすまなかった」
ギードはタミリアに謝罪する。
「幻惑魔法を習ったのは確かだよ。 でもそれは、実は」
少し言い淀むギードに、タミリアは厳しい視線を向ける。
誤魔化されてはくれないようだと、ギードは覚悟を決めた。
「自分の容姿をね、タミちゃんの年齢に合わせる幻惑魔法だよ」
すでに真実を知っている者には効かない魔法。
だからタミリアはギードの変化に気づけなかったのだ。
しばらく俯いて考え込んでいたタミリアは顔を上げる。
「それで『お似合いの夫婦』?」
「うん、そう」
ギードは、タミリアが年齢による外見の衰えを気にしていることに気付いていた。
ならば、自分がその年齢の容姿になれば気にしなくなるのではと思ったらしい。
他の者には、ごく普通の四十歳代の夫婦にしか見えないように自分自身に幻惑魔法を施したのである。
「タミちゃん、僕はね。
タミちゃんがどんなに姿形が年老いていったとしても構わない」
その時の、その年齢のタミリアを愛しているから。
ギードはそう言って、タミリアの手を包み込むように握る。
タミリアはギードの言葉に、自分が何に悩んでいたのかを忘れた。
「君がここにいたいなら、ずっとここにいる。
僕の場所は君の傍にしかないから」
じっとタミリアを見るギードの目は、ただ優しく微笑んでいた。
~ 完 ~
お付き合いいただき、ありがとうございました。




