4・夫ギードの変化
少し前の話だけど、とタミリアが思い出しながら話す。
「子供たちの成人のお祝いで王都の私の実家へ行ったの」
ギード夫婦の長子はエルフ族の男子と人族の女子の双子で、先日成人した。
半年ほど前、シャルネたちも祝ったので覚えている。
人の多いところが苦手なギードはあまり気乗りではなかったが、祖父母と仲の良い子供たちの様子にはうれしそうだった。
「ユイリは王宮で文官になることが決まっていたから挨拶に行くことになって」
ギードとタミリアは長男のユイリを連れて国王陛下に謁見を賜る。
「その時、何かあったみたいなのよね」
「えっ」とシャルネの顔色が変わる。
シャルネの父親でもある国王は、性格がかなりお茶目で、良くいえば『大らか』で悪くいえば『雑』である。
「ごめんなさい、タミちゃん。
またうちの父が何かやらかしたの?」
きっとよくないことを言ったのだろうと予想して、シャルネは申し訳なさそうな顔をする。
「ううん、それは分からないんだけどね」
そう言いながら、タミリアはスレヴィのほうを見る。
「王太子殿下も一緒だったみたいだけど、スレヴィは何か知らない?」
当日、おそらく一番近くにいたのは王太子の護衛のスレヴィだっただろう。
微妙に顔を強張らせている。
「はあ、あの時は既婚男性のみでお話しされておりましたから」
女性や子供たちとは別室にいた。
スレヴィは、実は妖精王だったエルフの実子で、王城奥部にあるダークエルフの居住区で保護されていた。
幼いころから女性ダークエルフに変装して王族の護衛をしていたが、実体はエルフの男性だ。
それが王太子に望まれ結婚となったのである。
何故、男性同士でそうなったかというと、そこにギードが関わっている。
「どうせ誰も知らない存在です。
妖精王の子供は女性だったということにしてしまいましょう」
ギードがそう言い出し、国王もそれに乗った。
何しろ、エルフは容姿が中性的で身に付ける物や仕草でしか判断が出来ない。
王宮内でもスレヴィの本来の姿がエルフであることさえ知らない者が多いのだから、バレる心配は無いとギードは主張したのである。
その後、美しいエルフの男性は、王太子妃とダークエルフの護衛の二役をこなしている。
「それで父は何と言ったの?」
国王の失言を言い淀む護衛にシャルネは暗い笑みで問いかけた。
「は、あの」
諦めたようにスレヴィは大きく息を吐き出した。
『連れ合いが妖精族だといつまでも若くて羨ましい』
あの国王はそう言ったのだ、と。
「なんてことを」
シャルネは頭を抱えて、深くため息を吐いた。
異種族間の恋愛の一番の障害は『寿命の差』だといわれている。
人族と獣人ではあまり差は無いが、妖精族であるエルフやダークエルフとは三倍ほどの差がある。
しかも彼らは成人後、外見がほぼ変わらないまま寿命までの長い時間を過ごす。
その間に人族など何世代も代わってしまう。
妖精族が人族とあまり関わらないようにしているのは何度も別れがあるからだった。
シャルネの夫であるダークエルフのイヴォンも、それに次ぐ実力があるスレヴィも、ギードより上の年齢と予想される。
あくまでも予想なのは、長命種族はあまり年齢を気にしないからだ。
「ギードさんは確か二百歳越えよね」
シャルネの問いにタミリアが頷いた。
「うん。 エルフの平均寿命が二百だって言ってたから、すでに死ぬ覚悟は出来てるって」
「あー、その平均寿命は」
エルフでありながらダークエルフの中で育ったスレヴィが、
「実は間違いだと思うんです」
と、異論を唱える。
「二百というのは戦後の統計ではないかと思います」
二百年以上前、エルフを中心とする妖精族と人族の間で戦争があった。
その時、主だったエルフの戦士が亡くなったせいで平均年齢が若くなったのではないだろうか。
「まあ、あの戦争で亡くなった者の年齢ならそうなるのかしら」
シャルネは頬に手を当てて考え込む。
「ギード様は戦争直後のお生まれなので、おそらくですがもっと長命かと思いますよ」
そのスレヴィの言葉に何故かタミリアは顔を顰めた。
「でも、それで何故ギード様が大量の魔力を使うようになられたのでしょうか」
男同士の何気ない会話。
その場では人族同士の夫婦なのは国王のみで、ギードもイヴォンも王太子も異種族の妻を持つ。
「父王はおそらく羨ましかったんじゃないかしら」
自分よりずっと若い姿のままの妻や夫。
皆から羨ましがられるだろうと言いたかったのではないか。
「イヴォンなら笑って殴ってそうですね」
自分たちの悩みをまったく理解していない。
「でも我慢したのは偉いですわ」とシャルネは小さく微笑んだ。
その場は冷えた空気のまま解散となったそうだ。
「ギドちゃんはどう思ったのかしら」
タミリアは不思議そうに視線を空に向ける。
スレヴィの顔は曇ったままだった。
(きっと良からぬことを思ったのに違いないわ)
スレヴィは闇のハイエルフと呼ばれるギードの黒い笑顔を思い出す。
あの者の考えなど我らに分かる訳がない。
「それで、ギード様はその後、どのように変わられたのですか?」
「そうねえ」
タミリアはしばらく考えていた。
「一緒に出掛けた時、何故か『お似合いのご夫婦ですね』って言われて驚いたのよ」
ギードはあまり人の多い場所を好まない。
それでも仕事などで夫婦で顔を出さねばならない場合もあった。
「あまり見たことの無い相手だったから気にしていなかったけど、今までそんなこと言われたことないから」
ギードはその言葉を聞いて微笑んだという。
タミリアは子供が成人する年齢なので、人族としてはそれなりに若くはない。
しかしギードはエルフの中でも小柄なため、見た目は少年にも見えるほど若いのだ。
「お似合い?」
シャルネが首を傾げる。
結婚当初からそんな言葉とは無縁だった。
ギードとタミリアが夫婦だとは、言われなければ誰も気づかない。
スレヴィは何か思い当たったのか目を見開いていた。
「タミリア様、それはあまり親しく無い相手だったのですね?」
「そうよ。ギドちゃんの知り合いなんてごくわずかだもの」
例え仕事相手だろうと部下に対応を任せるほどギードは人嫌いな性格をしている。
「その方にはお二人がお似合いに見えた……」
もちろん、お世辞や単なる社交辞令である可能性もある。
しかし、ギードは他人の悪意にさえ敏感な小心者なのだ。
そんな相手と会話などしない。
「本当にそう見えたのではないですか?」
「え?」
シャルネは辺境の領地に住んでいるため、滅多に会うことがない。
ただスレヴィは情報収集も仕事であるため、護衛が必要無い時は様々な場所に出没するのだ。
「ギード様は外では普通、気配遮断されています。
会話されたなら、それはしていなかったのでしょう?」
スレヴィの言葉にタミリアは困惑する。
「それって、ギドちゃんが魔力を使って何かやったってこと?」
気配遮断を使うための魔力を他の魔法に使っていたのかも知れない。
「もしかしたら、タミリアさんには分からないように」
ギードは何より妻であるタミリアを大切にしている。
もし、タミリアがその魔法に対して良く思わないとすれば、ギードは決して話したりしないだろう。
「うん、そうなのよ」
タミリアの不満もそこにあった。
「ギドちゃん、私に隠れて何かやってたっぽいのよね」
夫が隠れて何かをしている、じゃあ、私も。
それがタミリアが遠征の話を事前に相談しなかった理由だったのである。




