3・妻タミリアの言い分
「お待たせいたしました」
タミリアが入室する。
「お久しぶりですね」
他者の目もあるためお互いに丁寧な言葉を使いながらも、砕けた笑顔で挨拶を交わす。
チラリと司祭ら男性陣の顔を見たタミリアは、
「私の宿舎に来ない?。 狭いけど、ここより空気は良いわよ」
とシャルネたちに声をかけた。
「ええ、是非」
元より内輪の話をしに来たので、シャルネたちもそのほうが都合が良い。
「えっ」と慌てふためく教会遠征隊の責任者たちを置き去りに、女性たちは円形広場の対面にあるタミリアたち専用の宿舎に移動した。
遠征隊宿舎は一般用が二棟で、現在は男女別になっていた。
先ほどまでいた管理及び役職者用は上等な宿という感じで、雑用をする教会の下働きたちの部屋もこちらにある。
食堂兼休息所、室内訓練棟、あとは医療棟等があるが他に比べて規模は小さい。
この砦の規模自体があまり大きくはないのだ。
それぞれ独立した棟が並んでいるため、小さな村のようにも見える。
収容人数はせいぜい五、六十人というところだ。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
タミリアとヨメイアは特別棟と呼ばれる小さな家屋を宛がわれている。
上級貴族や教会の上層部が従者と共に住めるようになっている一軒家だ。
何故かタミリアが主賓室、ヨメイアが従者用の部屋を使っていた。
「ふふっ、二人で同室にしようって言ったのに何故かヨーメが遠慮しちゃって。
自分が誘ったからってこっちの部屋を譲ってくれたの」
そう言ってタミリアはシャルネとスレヴィに椅子を勧める。
応接用の家具も備えた、団長室並みの広さのある部屋だった。
「お茶は私が」
スレヴィがそう言って部屋にある簡易台所で準備を始めた。
「ヨメイアは?」
シャルネが部屋を見回す。
「ヨーメは訓練に混ざっていると思うわ」
広場には数名の兵士らしい女性たちが自主的に訓練をしている姿が見られた。
今日は休みであるはずのヨメイア。
彼女はシャルネたちが訪ねて来ることは知っているが、どうも邪魔くさい話になりそうだと逃げた。
「彼女らしいわね」
クスクスと笑い声が部屋に響く。
ヨメイアは、元はシャルネ担当の護衛、王宮の近衛兵だった。
下級貴族出身で最年少で実力者となった彼女は行儀見習いとして王宮に入っている。
タミリアとは以前、訓練の一環として参加した教会の遠征で知り合った。
当時、二人とも何度か短期の遠征に参加していたので、そこで世話係りだった聖騎士エグザスとも仲良くなっている。
しかしヨメイアは、勇者サンダナに絡む事件で王宮を去ることになり、現在はタミリアたちが住む自治領の領主夫人だ。
彼女の一人息子のヨデヴァスはもうすぐ成人である。
テーブルにカップが三つ置かれた。
「申し訳ありませんが、あまり時間がございませんので」
スレヴィには王太子の護衛任務がある。
「そうね、早く済ませましょう。 で、何のご用?」
タミリアは二人がここまでわざわざ来るほどの用件に心当たりは無い。
ゆっくりとお茶で口元を湿らせ、シャルネが頷く。
「実はタミちゃんに訊きたいことがあって」
シャルネは懐かしい愛称で呼び、まっすぐにタミリアの顔を見る。
その前に、とスレヴィが確認するように、
「ギード様の眷属はどちらに?」
と訊ねた。
ギードの眷属精霊の内の何体かがタミリアに付いていると聞いていた。
「あー、こっちに来るときに邪魔にならないよう帰ってもらったわ」
タミリアは、今回は女性兵士たちと同じ条件で参加したかった。
自分だけが眷属に守られているというのは気が引けたのである。
「それって、ギードさんとよく話し合って決めたの?」
タミリアは首を横に振る。
「ううん、だって遠征参加も当日の朝に言ったし」
シャルネとスレヴィは「やはり」と頷き合う。
タミリアはギードの現状を知らない。
眷属が付いていれば、その様子は知らされていたはずだった。
シャルネは質問を続ける。
「ギードさんが今、どんな状態か知ってる?」
タミリアはお茶のカップを手に持ったままコテンと首を傾げた。
「いつも通り、商売で忙しいと思うけど」
タミリアの夫であるギードは、そこそこの規模の商会の長をしている。
「ギドちゃんがどうかしたの?」
ここまで質問が続けば、いくらタミリアでもギードに関することだと気が付く。
だけどギードには優秀な眷属精霊も付いているし、商売も順調のはずだ。
タミリアはあまり心配していなかった。
「あの、失礼ですが、タミリアさん。
どうしてこのような大事なことをギード様に内緒で決められたのですか?」
少し焦れたようにスレヴィが口を出した。
本来なら護衛であるスレヴィは話に口を出すべきではなかったが、彼女はギードに大きな恩がある。
タミリアよりもギードのほうが心配だったのだ。
「えー、どうしてって。 別に理由は無いかな」
「は?」
それにはシャルネも呆れた声を出す。
「タミちゃん、ここは未開地の砦なのよ?。
樹海の遠征っていうのはいくら実力者のあなたでも命を落とす可能性はあるわ」
スレヴィも頷いて、もう一度タミリアに向き直る。
「確かに今回は女性兵士を中心とした遠征で無理はされないとは思いますが、危険なのは変わりません」
最も危険度の高い遠征に参加することを事前に相談しなかった。
そのことにシャルネもスレヴィも顔を顰める。
むうっとタミリアが困った顔をした。
「ギドちゃんは分かってくれると思うけど」
タミリアの言い分としては「長い間一緒にいるのだから、何も言わなくても分かるはず」ということだろう。
ギードは、タミリアが強さを求め続けていることを知っている。
魔術と同じように剣術も極めようと修行を続けていたタミリアを、ずっとギードが支えていた。
その努力の甲斐があって、タミリアは国でただひとりの魔法剣士という高みに到達したのである。
「今までがんばれたのはギドちゃんのお陰だって分かってるわ」
タミリアにはギードを蔑ろにしたつもりなどない。
「それでも……」
言い出し難いこともある。
「ねえ、シャーちゃん」
タミリアはシャルネが領主になる前からの知り合いだ。
妹のような彼女がこんな危険な場所まで来てくれたのは、きっと並々ならぬ覚悟があってのことだろう。
手の中で空になったカップをもてあそびながら、俯いたままタミリアは話し始める。
「イヴォンの寝顔を見たこと、ある?」
「は?」
突然の意味の分からない質問にシャルネは戸惑う。
「そ、それはまあ、夫婦だし」
思い出しているようで少し頬を染める。
「本当に眠ってた?。 すぐに起きたんじゃない?」
スレヴィが何かに気付いて頷く。
「確かに、護衛が熟睡することはありませんね。
相手を安心させるために寝ているフリはしますが」
シャルネの夫は戦闘民族ダークエルフで元傭兵。
スレヴィも王太子妃とはいえ、現在でも護衛の一人だ。
「そ、そうかも」
シャルネは思い当たるらしく目を逸らす。
「ギドちゃんもね。
森の民のエルフは、成人するとほとんど寝る必要がないって言ってたの」
妖精族で狩猟民族であるエルフは常に周りの警戒を怠らない。
森の中で生きるための本能に近い。
「だけど、いつの間にかギドちゃんは熟睡するようになったわ」
眷属精霊たちに警戒を任せて。
「それが何か?」
スレヴィはタミリアに話の先を促した。
「ギドちゃん、毎日魔力を大量に消費してるのよ」
魔法というのは魔力だけを必要とする訳ではない。
それを使用する者の集中力、気力がなければ効果が薄くなる。
眠るのは消耗した精神的な疲労を回復するためだ、とタミリアは知っている。
「完全に眠ってしまう?」
シャルネは不思議に感じた。
「毎日、そんなに大量に魔法を使う必要があるの?」
あっただろうか、商人であるギードに。




