2・領主シャルネの疑問
辺境地の領主で国王の娘であるシャルネは、護衛と共に領主館の来客用の部屋へ入った。
「エグザス様、お久しぶりですね」
彼女の一人娘はもうすぐ十歳になるが、母親としても凛とした佇まいを見せる。
変わらず芯の強さを思わせる女性だ。
白銀の聖騎士団の装備を身に着けた黒い短髪のエグザスは立ち上がり、礼を取った。
「シャルネ様もご機嫌麗しくー」
そろそろ壮年に差し掛かり、しかしまだ独り身の聖騎士は正式な礼を取ろうとした。
「止めとけ、お前らしくもない」
慇懃に声をかけたのはシャルネの後に続いて入って来たイヴォン。
彼は褐色の肌に白い髪、赤い瞳の戦闘民族ダークエルフである。
「座れ座れ」
彼は領主家族の専属護衛であり、シャルネの夫だ。
長い付き合いである三人は苦笑を浮かべながら軽い挨拶を交わす。
シャルネとイヴォンの婚姻は王族の許可は得られたが国民には発表されていない。
国の実力者であるイヴォンは『国王の代権者』という二つ名も持っている。
長命であるダークエルフとして、国の最高責任者である王が間違った政を行った場合、弾劾する責務を負っているのだ。
シャルネは、国王の愛人の娘で王位継承権外とはいえ王族である。
彼女を妻とすることは、国を乗っ取ろうとしていると言われても仕方がない。
権力が偏ることを危惧する国の上層部に配慮する形でイヴォンは一線を退いた。
傭兵隊からも抜け、ダークエルフの長の座も投げ捨てて彼女を選んだのである。
そしてシャルネは、相手を有耶無耶にしたまま赤子を出産した。
産まれたのはダークエルフの女児で、父親は誰の目にも明らかだった。
イヴォンは現在、領主館内で数人の弟子を取り戦闘術を教えている。
三人は席に着くと人払いをした。
「それで、ギードは相変わらずなのか」
最近では自身の愛娘も戦闘術の弟子になりつつあるイヴォンはシャルネの隣に座っている。
護衛時代は常に後ろに立っていたから、そろそろ領主の夫という立場に慣れてきたのかも知れない。
そんなことを考えながらエグザスは頷く。
「ああ、どうしようもないな」
ギードとタミリアの夫婦はふたりとも国の実力者であり、その上ギードはエルフではただひとりの認定者だ。
それがあのような状態であることを国民に知られる訳にはいかなかった。
先日もこの館で知人を集めてギードへの対策が話し合われている。
「先日の提案の件だけど」
その時、唯一出た案がタミリアの意向を確認しようというものだった。
ギードのほうはあの通り、話も出来ない状態だからである。
エグザスはちらりとシャルネを見やり、タミリアとの交渉に本当に出向いてくれるのかを確認する。
「はい」
しっかりと頷くシャルネにイヴォンは嫌そうな顔でため息を吐く。
「俺も同行するつもりだったんだが、師匠である俺が行くとタミリアが頑なになりそうだしな」
イヴォンは、魔術学校時代のタミリアに剣術を教えた師である。
シャルネは心底残念そうな顔の夫に「何度も話し合ったのに」と苦笑いを浮かべる。
「今回は女性同士ということで」
イヴォンの元同僚でダークエルフの女性スレヴィが護衛として共に向かうことになっていた。
スレヴィは元ダークエルフ傭兵隊の凄腕諜報兵だ。
現在は王太子専属護衛であり、実は王太子妃でもある。
「しかし、良く王太子殿下が許可しましたね」
シャルネの兄である王太子は、ギード夫婦に生涯をかけても返せないほどの恩があるらしい。
「あの二人に何かあれば手を貸す」とは言われ続けていた。
しかし、シャルネたちが今回出向くのは王都から遥か西にある未開拓地。
魔獣がうようよいる樹海の最前線にある砦だ。
「スレヴィなら移転魔法も使えるし、もしもの時はあれほど頼れる者もいないだろう」
イヴォンは元右腕だったスレヴィの護衛に不安はない。
「ああ、俺のは余計な心配なんだろうけど」
それでもエグザスは不安そうな顔のままイヴォンを見る。
「聖騎士団の砦なんだから、お前の知り合いもたくさんいるんだろ。
そこはお前が胸を張って大丈夫だと言うべきなんだが」
イヴォンは、聖騎士団の中でも最強といわれている友人に突っ込む。
うぅと唸るような声がエグザスから漏れた。
「エグザス様、どうか私にお任せください。
必ずタミリアさんの気持ちを確認してきます」
シャルネは鼻息も荒く、拳を握り絞めて気合を入れた。
当日、スレヴィは自身の一人娘と共にシャネルの元にやって来た。
「申し訳ございません、シャルネ様」
何故か国王が同行していた。
「祖父が孫娘に会いに来て何が悪い」
王太子夫妻の娘でエルフのセシュリ王女とシャルネ夫妻の娘でダークエルフのキーナは半年違いの十歳。
どちらも国王の孫娘に当たる。
「ここはわしに任せて行って来い。 ほらほら」
お茶目な父王と愛しい家族に見送られ、シャルネはスレヴィと共に移転魔法で目的地に向かった。
目の前には樹海が広がっている。
聖騎士団の砦は樹海の入り口にあった。
ここを通らなければ樹海には入れない、門のようになっている。
ということは、魔物から人々を守る防波堤であるということだ。
大規模な魔物の暴走が起こらないよう、常に監視、間引きが行われている。
「お待ちしておりました、シャルネ様」
砦は魔法結界があるため、移転魔法で入れる場所は指定されている。
日程を事前に知らせてあったため、最高責任者である聖騎士団の団長の出迎えを受けた。
「ご苦労様です」
シャルネは頷き、案内に従って建物へと向かう。
砦の中央は円形広場になっており、その円に沿って周囲に建物が並んでいた。
高台にあるため、周りは崖。
砦といっても外壁は魔法柵で、その向こうに雑多な木々がまるでうごめくようにひしめき合っている。
「タミリアを呼びに行かせますので、こちらでしばらくお待ちください」
砦内で唯一の来客用の豪華な部屋でお茶の接待を受ける。
ダークエルフのスレヴィが王太子妃であることは一般には知られていない。
子供のころからダークエルフに変装しているが、王太子妃であるエルフの妖精王の実子、それがスレヴィだ
彼女は護衛として任務中であるため、シャルネの椅子の後ろに立つ。
向かいの席には団長と砦担当の司祭が座った。
「えーと、その、何の御用でしょうか?」
おどおどとした司祭が上目でシャルネの様子を窺う。
今回の訪問はタミリアとの面会としか聞いていない。
この遠征での募集に実力者である元女性近衛兵のヨメイアから参加したいとの打診があった。
教会上層部は、どうせなら『女性だけの遠征隊』をと、日頃あまりにも男臭い砦に華やかさを求めて許可を出した。
司祭はそれが間違いだったかと背中に汗を感じている。
シャルネは領主として培った笑顔を張り付かせた。
「いえ、そちらには何も落ち度はありませんよ」
女性でも兵士の中には優秀な者は多い。
男性に手柄を譲りがちな彼女たちの腕を認めさせるには良い機会だといえた。
その女性たちの遠征隊の長を務めることになったヨメイアの補佐として指名されたのがタミリアだった。
「ヨメイアさんの姉のようなものですからね」
シャネルもそれは納得している。
ただ一つ、問題だったのは、
「何故、タミリアさんが夫であるギードさんに何も言わずに決めてしまったのか、ということです」
それが知りたくて来たのだ。
「ご夫婦の問題ですから我々には口は出しずらいですな」
聖騎士団の団長であり、今回の遠征隊の責任者でもある壮年の男性が顔を顰める。
「ええ、それは分かっていますわ」
それでも、あのギードの憔悴ぶりはただ事ではない。
シャルネは二人の間に何があったのかを知りたかった。




