1・聖騎士エグザスの交渉
お待たせいたしました。
今回も相変わらずイチャついている話です。
お付き合いのほど、よろしくお願いします。
ギードはエルフの商人である。
名も無い世界の、名は有るらしいが未だに覚えていない国の片隅で暮らしている。
彼は家族とともに幻惑の森と呼ばれる町に住み、「ギード商会」と名付けられた商会の長として忙しい毎日を送っていた。
僅か一か月前までは。
森の中央にあるギードの館に一人の友人が訪ねて来た。
その白銀色のマントを羽織る姿は聖騎士団の者であることを示す。
男性はその中でもまだ中堅だが、この近辺の支部の長を勤めている。
「ようこそ、エグザス様」
聖騎士エグザスを出迎えたのは、この館の使用人である男性だ。
見た目はエルフではあるが、実はギードの眷属で土属性の最上位精霊である。
「やあ、コン。 ギードはまだ呆けているのか」
コンはエグザスの気安い言葉に一瞬顔を顰めたが、すぐに無表情に戻る。
「はい。 ギード様はいつも通り地下のお部屋に」
そう言って先に立って歩き出す。
ギードの私室は館の地下にあった。
ある部屋の壁に隠された階段から地下へと下りる。
そこには眷属たちとの会議に使われる部屋があり、大きな円形の机といくつかの椅子があった。
壁の飾り棚には六体いる眷属たちが持ち込んだ酒などの飲み物の瓶が並ぶ。
そこにぽつんと一人で座っている黒い髪のハイエルフ。
「ギード様、エグザス様がおいでになりました」
眷属精霊のコンが、主であるギードに話しかける。
「ああ」
ぼんやりとした顔のまま、ギードが小さく呟くように答えた。
「邪魔するぞ」
エグザスはギードの隣の椅子に腰を下ろす。
しかし黒い髪のエルフの商人は、エグザスを見ようともしない。
コンは、ギードが好んでいる薬草茶を二人の前に出す。
「相変わらず良い香りだな」
エグザスはここのお茶が好きだ。
うれしそうに飲んでいると珍しくコンが少し微笑んだ気がした。
ギードは手元に目を落とし、無意識に手に取ったカップのお茶を一口だけ飲んだ。
そこでエグザスはギードがまだ正常だと信じて話しかける。
「ギード。 聖騎士団の遠征に、その、タミリアを連れ出して悪かった」
ギードの妻であるタミリアは、この国でただ一人の魔法剣士である。
女性である上に、剣士からではなく魔術師から魔法剣士への転身というのは並々ならぬ努力の賜だった。
ギードは、そのタミリアの夫として体調、金銭、修行の仕方までずっと支え続けてきた。
婚姻の誓約からもうすぐ十八年。
三人の子供たちはすでに独立して生活している。
残されたギード夫婦は森の中心であるこの館で、何事もなく平穏に暮らしているはずだった。
「何故、エグザス様が謝るのですか」
ギードに代わり、コンが口を開いた。
今回の遠征にタミリアを誘ったのは、彼女の友人のヨメイアであり、エグザスではない。
それは確認されている。
聖騎士が所属する教会では度々、要請があれば遠征という魔獣狩りに出ることがある。
今回の遠征先は王都から遥か西にある樹海、まだ未開拓の魔の地である。
定期的に行われている国からの要請だった。
遠征には聖騎士団だけでなく一般にも募集がかかり、腕に覚えのある者や町の衛兵、軍からも兵士が希望すれば参加が可能だ。
すでに今回の遠征に国から実力者と認められている者が参加することが発表されていた。
それがギードたちも良く知っている脳筋で、元近衛騎士のヨメイアだ。
女性である彼女の参加表明で多くの女性兵士が参加を希望したらしい。
タミリアは決して誰かに強要されたわけではない。
自分の意志で頷いたのだ。
それはコンも分かっている。
しかし、何があるか分からない危険な場所である。
問題は、タミリアがギードに何の相談もなく決めてしまったということなのだ。
「だけど、タミリアが事前に相談したところでギードは反対しなかっただろ?」
エグザスはギードが子供たちだけでなく、妻のタミリアにも甘いことを知っている。
コンも反論出来ずに、むぅと顔を歪めた。
タミリアと出会ってから、ギードは彼女に逆らったことなどない。
何一つ文句も言わず、ただ彼女に従い、一番近くで彼女を見守ってきた。
コンはため息を吐いた。
「分かっています」
誰よりも彼女を甘やかし続けたのはギードだ。
手に持っていたカップをテーブルに戻し、ギードはテーブルの上に視線を落としたまま無表情である。
珍しくコンの本音が漏れる。
「タミリア様はきっと退屈だったんでしょう」
彼女は常に向上心を持ち続け、強くなることに全身全霊を傾けてきた女性だった。
「タミリア様は庇護欲の強い女性です」
可愛らしいもの、弱いものに惹かれる。
脳筋と言われようと、そこは女性らしいところだとコンは思う。
二人が出会った頃のギードは、エルフらしくないほど容姿も弓矢の腕も並み以下で、魔力さえタミリアに敵わなかった。
そんな弱いエルフだったギードをタミリアが気にかけ、守ってくれていた。
だけど今は違う。
「今まではタミリア様に守ってもらいました。
だからこそ、今度は自分がタミリア様をお守りしたかったのでしょう」
ギードは家族のために強くなりたかった。
しかし、いざ強くなってみれば子供たちは独り立ちしてしまっている。
タミリアにとっても、ギードはもう守らなければならない存在ではなくなっていた。
そんなに弱くない夫にタミリアは興味を失ったのではないだろうか。
「それはないと思うが」
エグザスはコンの考えに首を傾げた。
エグザスの知るタミリアという女性は、やたらと男性を嫌悪し、下手に近寄るとぶん殴られるくらい激しい気性をしていた。
それがいつの間にか結婚し、子供までいるなんて奇跡的なことだ。
「結婚して十数年だろ。 今更そんなこと、気にするか?」
恋心など何年も続かない。
まだ未婚のエグザスでも知っている話だ。
「おふたりが一緒に暮らし始めて十八年になります」
眷属精霊の中でも最古参であるコンは、ギードが赤子の頃からずっと傍にいる。
「ギード様は今でもタミリア様を特別な女性として扱っておられますよ」
ギードがどんなにタミリアを心の支えとしていたかを知っていた。
「それは俺も分かってるさ」
エグザスも頷く。
子供たちと母親を切り離してでもタミリアを修行に送り出した。
ギードにとってはタミリアのことが何よりも優先する。
「でもまだ他に何か理由があるような気がしてならないんだ」
それが何か分かれば苦労などしていない。
コンは、エグザスの言葉に、整った無表情の顔をほんの少し歪める。
この聖騎士は相変わらず少々考えが足りないと心の中でため息を吐いた。
「それでだ。
色々考えたんだが、まずは誰かにタミリアの気持ちを聞き出してもらおうと思う。
そのために、樹海の最前線の砦に行ってもらう」
「それはどなたに?」
コンは、エグザスにしては良い案だと思う。
「シャルネ様にお願いしようかな、と」
始まりの町領主で国王の娘。
夫は公表されていないが、元傭兵隊の隊長であるダークエルフのイヴォンだ。
「シャルネ様がそんな危険な場所へ赴く事を、イヴォン様や国王陛下がお許しになるとは思えません」
コンの主張にエグザスはニヤリと微笑む。
「ふっふっふっ、実はもう許可は出ている」
驚いた表情になったコンに、してやったりとエグザスは得意そうに話を続けた。
「王太子殿下がスレヴィに同行するように手配されてな。
イヴォンも反対できなくなった」
王太子妃であるスレヴィは、イヴォンの元同僚だ。
複雑な事情により、エルフながらダークエルフとして傭兵隊に所属していた腕利きである。
長く王太子の護衛をしていた彼女は、今では王太子妃となっている。
ああ、あの策略家の王太子の案だったのかとコンは納得した。
「承知いたしました。 朗報をお待ちしております」
コンはエグザスに対し、恭しく礼をとった。
「じゃ、ギードによろしくな」
目の前にいながら何も見ていないギードに、エグザスはもう話しかけるのを諦めていた。




