1話 婚約破棄
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「エミリー・ウィンゼル、今日をもっておまえとの婚約を破棄する!」
シュトワール王国、王城での夜会の席。
エミリーは婚約者である王太子リオン・フォン・シュトワールに、いきなり婚約破棄を宣言された。
(……ついに、きたのね)
だが、エミリーは動じていなかった。
前々から予測していたことだったのだ。
もちろん、夜会という衆目に晒された場で行われるとは夢にも思わなかったが。
さすがに非常識がすぎる。
次期国王として、リオンにはもっと思慮深くあってほしいところだ。
「……婚約破棄? なぜでしょうか?」
理由はわかっていたが、一応は訊ねてみる。
ふんっ、と。リオンは偉そうに鼻を鳴らす。
そして、エミリーを指さした。
「決まっている、おまえが偽の聖女だからだ!」
そう、それこそが婚約破棄の理由だった。
このシュトワール王国では、王は聖女と婚姻関係を結ぶのが習わし。
だから聖女と預言されたエミリーは、王太子であるリオンと幼少期から婚約していた。
しかしさいきんになって、問題が生じた。
エミリーの聖女の力が覚醒しなかったのだ。
聖女は代々、成人の儀を迎える数年前には聖女の力を覚醒している。だがエミリーは成人の儀を迎えてもなお、その力を一切使えなかった。
(偽聖女と言われてもしかたがないですわね)
そもそもエミリーが聖女だと預言したのは、かの大預言者である。自分から聖女だと主張したわけでもないので、偽物と言われても困るが。
けれど聖女の力のない自分には、王太子の妻となる資格がないのもまた事実。
婚約破棄されるのは時間の問題だと思っていた。
エミリーに侮蔑の目を向け、リオンは続ける。
「そして、このジェニファー嬢こそが真の聖女だ!」
高らかな宣言だった。
それにしたがい、彼の背後から少女が顔を出す。
愛らしい小動物のような少女だった。
思わず抱きしめたくなるかわいさとでも言えばいいのだろうか。うるうると潤んだ大きな瞳でリオンを見あげ、その腕にしがみついている。
彼女の名はジェニファー・ロマノフ。
ここさいきんずっと、いつ見てもリオンと行動をともにしていた男爵令嬢である。
婚約者がいながら令嬢を侍らせていた王太子。そして婚約者がいるのを知りながら、王太子にまとわりついていた令嬢。まったく厚顔無恥だ。
が、それはまあ置いておこう。
「……ジェニファーさまが、聖女?」
初耳だったので、つい首をかしげてしまう。
リオンは不快そうに鼻を鳴らした。
「そうだ! おまえとは違い、ジェニファーはすでに聖女の力が使える! なんと、俺の目の前でケガ人の傷を癒やしてみせたのだ!」
エミリーは目を見開いた。
彼女にそのような力があるとは。
「それは……真実なのですか?」
「なに!? 俺が嘘を言っているというのか!?」
侮辱されたと感じたのか、声を荒げるリオン。
さすがに直情的だろう。そんなところが弟のように思え、昔から放っておけなかったのだが。
にしても、さいきんのリオンの言動は度をこえている。以前はここまでではなかったのだが。
咳払いし、エミリーは落ちつきを取りもどす。
「……殿下が嘘をおっしゃっているとは申しません。けれど、今回は事が事。このような公の場で宣言してしまっては、あとから勘違いであったでは済まされません。確実にジェニファーさまが聖女であるという証拠があって、そうおっしゃられているのですか?」
「しつこい! 俺が見たと言っているだろう!」
それで証拠は十分だ、と。
苛立ちまじりに声をあげるリオン。
「そうですよ~、あたしの力ってすんごいんですから! いくら聖女の肩書きとリオンをあたしにとられるのが嫌だからって、エミリーさま見苦しいですよ? 嫉妬はやめてくださ~い!」
独特の間のぬけた声をあげ、ジェニファーも追いうちをかけてくる。怒ってぷくぅと頬をふくらませるさまが、またわざとらしすぎる。
「いえ……嫉妬とかそういう問題ではなくですね」
聖女というのは、この国にとって重要な存在だ。
聖女としての教育を受けてきたエミリーには、それがよくわかっていた。
だからこそ。
今回の件は慎重になる必要があるのだ。
とにかく、と。大きなため息をついたあと、エミリーが詳しく話を訊こうとしたときだった。
「――黙れ、おまえの屁理屈はもう聞きたくない!」
「!?」
瞬間――ドン!!! と。
あろうことか、リオンはエミリーを突きとばす。
鍛えられた男の力に抗うすべはなかった。
エミリーはそのまま無様に倒れこんでしまう。
様子を見守っていた貴族たちから悲鳴があがる。
『うわ、殿下……落ちるとこまで落ちたか』
『あの天使なエミリーさまによくもあんな仕打ちを』
『この破棄で俺にもワンチャンある!?』
ざわざわ、と。
無視できぬほどのざわめきが夜会に広がった。
夜会のさなかに婚約者である令嬢に手をあげる。
貴族としてあるまじき振るまいであった。
(なんてことを……)
リオンの評判は元よりあまり高くない。
こうなっては、彼の評判は地にまで落ちてしまう。
さすがの自分でもフォローしきれない。
エミリーの心配をよそにリオンは嘲笑をうかべる。
「……まったく見苦しい女だ! そんなに聖女という肩書きと王太子婚約者としての地位が大事か! そもそもあの預言も不自然だったのだ。もしやウィンゼル家がでっちあげたのではなかろうな!」
「な……!?」
言いかがりである。
責務を果たそうとしたことはあっても、肩書きや地位に執着したことなどない。
それにウィンゼル侯爵家は、古くから王国につかえている名家。当主の父クラストは陛下からの信頼も厚く、親友のような存在なのだ。
預言をでっちあげる理由などなにひとつない。
「そのような事実は絶対にありません、滅多なことをおっしゃるのはおやめください」
「黙れ、おまえの話は聞かぬと言っただろう!」
貴方が訊ねたのではありませんか、と。
そう言いたい気持ちを必死に抑えるエミリー。
それから、さっと立ちあがり――
「……っ」
だがその瞬間、足首に激痛が走る。
突きとばされたときに挫いていたらしい。
少し動かすだけで、しびれるような痛みがある。
しかし、自分はウィンゼル侯爵家の娘だ。
無様な姿は見せられない。
痛みで顔がゆがみそうになるのをこらえる。
凛とした表情でリオンに向きなおる。
「ひとまず殿下のお気持ちはよくわかりました、詳細はまた後日にいたしましょう」
「詳細もなにもない、婚約は破棄。それで終わりだ。さっさと俺の前から消えろ」
冷たく突きはなされ、エミリーは口ごもる。
たしかにリオンのことは、男として特別に愛していたというわけではない。
けれど幼い頃から婚約者であり、思い入れもある。
こうまで言われ、傷つくなというのは無理な話だ。
「リオン~! そんな偽物もう放っておきましょう、パーティー楽しまないと!」
「それもそうだな、こんな冷酷な女は捨ておこう」
ジェニファーが勝ちほこった微笑とともに言い、リオンは身をひるがえす。
「……失礼いたします」
エミリーはどうにかそれだけを絞りだした。
そして2人が去っていくよりもさきに、その場から逃げるように背を向けて歩きだした。
「……ッ」
一歩踏みだすたび、ひどい痛みを感じた。
自分でもおどろくほどに痛かった。
挫いてしまった足も、打ちのめされたこの心も。