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チラシ

作者: マツダシバコ
掲載日:2019/09/07

 

 青年は夢の中にいた。

 と言っても、眠ってはいなかった。

 体はボロボロだったが、夢の中にいる彼は幸せだった。

 間もなく青年は死のうとしていた。

 脳内に分泌されたエンドルフィンによって、彼は恍惚感を味わっていた。

 青年は朦朧とする意識の中で、おいしいものを存分に頬張っていた。

 どの食べ物も魅力的で、よりどりみどりだった。

 彼はその食べ物のどれも実際には食べたことはなかったが、満足のいく想像はできた。

 青年は口の中を涎いっぱいにして死んでいった。

 その顔はとても安らかで幸せそうだった。

 

 青年が手にしていたチラシは、彼の死と同時に風に吹かれて飛んでいった。

 また違う誰かの手に渡るのだ。

 チラシは人から人へと旅をしていた。

 それはさっき死んだばかりの青年の国にはないハンバーガーショップのチラシだった。

 そのハンバーガーチェーンは、夢が叶う国と誰もが憧れる大きな国にあった。  

 店は鼠算のように増えていって、今では世界中のいたるところに存在している。

 ただ、残念ながら彼がいるような場所には店はなかった。

 青年の国ではもう何年も戦争が続いていた。

 親も親戚も友だちも死んで、彼は少年の頃から戦争に参加し人を殺していた。

 戦争がようやく下火になると、必ずどこかの国が油を注いだ。

 そうやって他所の国々は潤っているのだ。


 ある日、青年は道端でチラシを拾った。

 赤と黄色で縁取られ、遠くからでも十分に目を引いた。

 それは罠かもしれなかった。

 しかし、青年は銃弾で蜂の巣にされる危険を冒しても、そのチラシを手に入れたかったのだ。

 そして事実、彼は戦車が列をなす大通りに飛び出していき、そのチラシを自分のものにしたのだ。

 そのチラシにはそれほどの魔力があった。


 本拠地である夢の国でも、そのハンバーガーショップの人気は絶大なものだった。

 大人も子供もまるで熱に浮かされたようにハンバーガショップの名を口にし、商品を買い漁った。

 体はバルーンのように膨らんでいった。

 しかし彼らの幸せは、ハンバーガーを頬張っている限り続くのだ。

 「ハッピーパックは悪魔の食べ物。一口食べれば、悪魔だって笑顔になっちゃう!ハッピーパックで家族みんながハッピー!ハッピー!」

 TVではハンバーガーショップのコマーシャルが流れ続け、人々は魂を抜かれたように、その画面に見入った。

 

 そんな強力な威力を持つハンバーガーショップのチラシが、青年の心を魅了するのはいとも簡単だった。

 彼はきれいに四隅を合わせ、チラシを小さく折り畳むとズボンのポケットにしまい常に持ち歩いた。

 そしてたまに取り出しては、一人でうっとりと眺めるのだ。

 チラシには十数種類のハンバーガーの他にポテト、チキン、アイスクリーム、ジュースの写真があった。

 チーズのとろけたハンバーガーも紙カップに汗をかいた冷たそうなドリンクも、どれも魅力的だった。

 チラシの縁には、その地域のショップで買い物をしたときにのみ有効なクーポン券まで付いていた。

 そこに書かれた地名をもちろん、青年は知るはずもない。

 遠い、遠い、夢の国にあるのだ。

 きっと武器の供給にきたその国の兵士が落としていったものだろう。

 でも、青年はそのおかげで体中に大量の銃弾を受けながらも、幸せな最後を迎えることができた。

 

 そうやってチラシは旅先のさまざまな人たちを幸せにしていった。

 

 チラシは相当に年月を経ていたし、余りに多くの人の手を渡ってきたので、もうかなりくたびれていた。

 それにそのチラシに載ってるメニューは、すでに1つも存在しないのだ。

 そればかりかハンバーガーショップでさえ、世界中から姿を消していた。

 時代は変わったのだ。


 チラシを拾ったのはロボットだった。

 彼は主に家事支援をする家庭用のロボットだった。

 ロボットは、今にもちぎれてしまいそうなチラシの折り目を丁寧に広げ、修復した。

 それから色あせた写真も元通りに復元した。

 ロボットにとってそんなことは朝飯前なのだ。

 最後にチラシの表面にコーティングが施され、美しいパネルが仕上がった。

 ロボットはそれをまるで絵画のように、居間の壁に飾った。

 しばらくすると、この家の住人である家族たちが目を覚まし、居間に集まってきた。

 その奇妙な形の食べ物のことを家族たちは知らなかったが、彼らは食い入るようにチラシを見つめた。

 そのまま誰も動かなかったし、誰も口もきかなかった。



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