月の女神
男が目を覚ます。雑な作りのベッドの上、見覚えのない天井を見ていた。
男は考える
ここはどこだろうか、どれ程の時間眠っていただろうか。手紙はどうしたか?
急に我にかえりあわてて起き上がる。
回りを見渡す、同じ雑な作りのベッドが5つ程並んだだけの部屋だった。ただ眠る場所らしい。
不意にドアが開いた。誰かが入ってくる。
「目が覚めたようだな。気分はどうだ?」
騎士団のエンブレムをつけた服装のその人物は、髪が長く中性的な綺麗な顔立ちで、一見男か女かわからなかったが、声を聞くと女性のそれだった。
「ここは一体?私は…」
男は状況を飲み込めないままにどう返事をしたものか、言葉がうまく出てこないでいた。
今の状況もそうだが、目の前の騎士がおそらく女性だという驚きも少なからずあった。
「申し後れた、私はエミリア、王国騎士団第三小隊隊長を任されている」
エミリアは簡単に自己紹介をすませた
「あなたの持って来た手紙は拝借させてもらった。さしあたっては私の率いる隊員を派遣させてもらった。我が国王も領主のダーヤマ殿とは長く友好的な交流をもっている。あの土地の農作物は本当に出来がよくこの王都を潤してくれているからな。」
男は話しを聞いてホッとしていた。
自身の役割は無事果たせたのだと
「本来ならば客人としてちゃんと持て成しをさせていただくところではあるのだが、今は
運命の刻、竜の目覚めが近いものでな、おいそれと信用して城に入れることは出来ないのだ、すまないな」
エミリアは申し訳なさそうな態度をするでなく堂々と、淡々と説明した
「いえ、私の役目は無事果たせました、ところで私の乗って来た馬がいたはずなのですが、角の生えた馬でして」
一番の気がかりであった自身に課せられた役目を終えた事を知り、直ぐに自分の無茶に付き合ってくれたあの愛馬の事が頭に浮かんだ。
馬の事を思い出してからは急に不安になり直ぐにでも部屋を出て駆け出して行きたい気持ちになった、まさかあの場所に取り残されているのではないかと。
「安心しろ、あの角の生えた青みがかった白馬ならこちらで丁重に預からせてもらっているよ。いい馬だな、しかし相当無茶をしたと見える。危ない状態であったぞ」
馬の話しをしたときエミリアの表情が少し和らいで見えた気がした
「重ね重ねありがとうございます」
男は深く頭を下げた
「なに、気にするな、それに直ぐに戻るのは難しいだろう、何日かここで休んで行けばいい、今食事を用意しているところだ、もうすぐ出来るだろう」
話しを聞きながら冷静を取り戻したのか、男はもうひとつ思い出していた
「私が門番のところに行った時に小さな女の子がいたと思うのですが?彼女がどこに行ったかは存じてないでしょうか?」
あの不思議な少女である
よくわからないが彼女のお陰で門までたどり着いたのだ
「なに?それはお前の連れか?そんな少女の話しはきいてないが?」
エミリアもさすがに少し焦ったようだった
「いえ、連れではないのですが、もしかしたら疲れきっていて幻でも見ていたのかもしれません」
男もあの少女が何者なのかはわからないし
会ってお礼を言いたいとは思ったが変に迷惑をかけたくなかったので適当にごまかす事にした。
「そうか、まぁあんな時間に門の外をうろつく少女はいないだろう、何かの間違いかお前の言うように幻なのかもしれないな」
少しして食事が運ばれてきた
エミリアは、では失礼すると言って部屋を出て行ってしまった。
食事を済ませると外にでてみた
おそらく門の見張りのものが寝泊まりするような隊舎なのだろう、騎士のエンブレムを着けた者達が行き来していた
馬小屋に行くと見覚えのある角と蒼白い身体の馬が頭をふって口を鳴らして近づいてきた
無事を確認するとよく休むように言って馬小屋を後にした。
街にでて大きな通りに出てみた。
普段ならば色んな店が並んで人通りも多いこの大通りも様子が違っていた。
人々はみな神経を尖らせているように見える
竜の目覚めが近い、そういう事なのだろう
そんな事を考えながら通りを歩いていると何やら騒ぎがあった。
一人の男に向けて罵声を浴びせ物を投げつけているようにも見える
興味本位で近づいてみると回りの罵声を浴びせている者たちは陽の信仰者である。
そして彼らに物を投げつけてられているものは仮面をつけローブを深くかぶり顔を隠しているようだった。
陽の信仰者が言うには彼はトカゲ族のもので竜の信仰者だと言う。
トカゲ族の者たちは竜の顔に似ているため迫害を受けてきた歴史がある。しかし彼らとてただの亜人であり今ではそういう偏見は減ってきている。
熱心な陽の信仰者の中には今でもそういう考え方をするものが多いとは聞いたことがあった。
竜の目覚めのせいでなおさらに神経質なのだろう。
「お止めなさい、陽の神を信仰する者たちよ」
どこからか声が聞こえてきた、と同時に辺りが暗くなった。
「何者だ?陰の魔法か?竜の信仰者の仲間だな!」
陽の信仰者は光を放つが光だけが浮き上がり辺りりは暗いままだった、その光さえも直ぐに消えていった。
「暗闇を照らす事が出来るのは太陽の光であり光の神の力たではない、朝が来るのは太陽の恩恵だ、そして夜を照らすことが出来るのも太陽の光を受けた月だけである」
男はその声に聞き覚えがあった、門の前で倒れたときに聞いた声と同じではないか!
「我は月の女神!」
暗闇にあって一人の少女の姿だけがハッキリと見えた。
光っているわけではないのにだ。
やはり、不思議な少女だった。
光の信仰者は目の前の光景と少女に恐怖していた、やがて恐怖は怒りにかわり信仰者の一人が剣を抜いて襲いかかる。
迎え撃つ少女、少女の目にも憎しみであろうか、悲しみであろうか、少し狂気の光が宿っているのがわかった
「やめろ‼️」
男の声が聞こえた
気がつけば少女と剣の間に一人の男が入っていた、陽の信仰者らしかった、それも位が高そうな格好である。
「ルー様、何故このようなことを」
剣を構えた男が叫ぶ。
剣はルーと呼ばれた男の肩に突き刺さっていた。
気がつくと少女とトカゲ族の男はいなくなっていた