むかしばなし
「クリスティアは居ないのね?一緒にお店に行こうと思っていたのに…。」
私の可愛いオリビアが、寂しそうに呟いた。思わず、肩を抱き寄せて私がいるでしょ?っと囁けば、そうね!と嬉しそうに微笑む。
ああ、可愛い!最高に可愛いわ!
私ヴィクトリアとオリビアは6才歳が違う。もちろん私が上なのだけれど、そんな歳の差でさえいとおしい。
政略結婚の末、こんな古いだけで何も無い小さな国に嫁いできたけれど、私は意外と幸せだった。皇国には、何人かの皇女が居たが、皆それぞれの離宮に住んでいて、兄弟姉妹といっても、顔を殆んど会わせない血の繋がった赤の他人であった。それどころか、憎しみ合う者も居たのだから始末に負えない。
そんな中、私の嫁いだ先のアレキア王国はどこも似たり寄ったりの、内情では在ったけれども、彼がいた。それだけで違ったのだ。
アレキア国国王レナード。
そして、私の夫と成った方。
政略結婚と諦めて居たが、私はとても幸運だった。少し怒ったような表情が緊張の為だと気が付いた時、とても可愛いと思えたし、彼に一目会った時から私には彼しか居なかった。そして彼にも私しか居なかった。けれど、残念なことに私には子供が出来なかった。どうやら、皇国に居る間に毒を盛られていたようだ。
そのせいで、レナードに側室をと、周りが言い出した。私はもちろん嫌だったけれど、国の道具に成るよう育てられて来た結果、私は了承する以外の答を持っていなかったのだと思う。
始めに二人の側室が宛がわれた。嫌々ながらもレナードは、自分の義務を果たした。名だたる貴族や地方の領主達も、自分の娘をと捧だし断れば、酷い騒ぎを起こしたり、圧力を掛けてきた。
もう、私の存在はお飾り以外の何者でも無かった。悲しくて心が壊れ掛けた時にオリビアに出会ったのだ。
その日6人目の王子が生まれた。城はお祝いの空気で満たされている。惨めな私は1人、2階に在る自室の窓辺に椅子を置き、泣いていた。レナードが、部屋を訪れたが体調がすぐれないと断った。泣き疲れた私はうたた寝をしていたらしい。窓から指す陽はだいぶ傾いていた。窓から外を眺めて居ると、綺麗に整えられた庭園に1人の少女が居ることが見てとれた。庭師にくっついて回っている。とても楽しそうだ。庭師も少女と話すのが楽しいらしく、時折声をたてて笑っていた。じっと観察していると、私の視線に気が付いたのか、彼女がこちらを見上げ視線が合った。
そのとたん綺麗な笑顔が曇るのがわかった。きっと私の事を悪く聞いて居たに違いない。思わず体を退き、部屋の中へ隠れるようにしてしまう。ああ、何て情けない。皇国の皇女だと言うのに。頭を抱え込みたい衝動にかられて居ると、窓から声がした。
「ねえ、ちょっと、あのー誰か居ませんか?」
さっきの少女の声に違いない。慌てて窓から外を見れば、梯子に乗ったまま壁に手を着いた少女の必死な顔が在った。この部屋の下に立て掛けられた梯子は、調度窓から少女が手を伸ばしても30センチ程届かない。一生懸命指先を伸ばしても窓には届かなかった。梯子の下を庭師が酷い形相で支えている。はらはらし過ぎて吐きそうになっている。可哀想に…。
「良かった、お姉様今そこに行きますから、早まらないで!」
そう必死に訴えかける少女だが、いや、早まってるのはたぶん貴女の方だ。シャンパンゴールドの切り揃えた髪が少女の肩で揺れている。愛らしい瞳はとても真剣だ。
思わず溜め息が漏れた。綺麗な色をしていたから。
「手を伸ばして、今引き上げるから。」
そう言って彼女の、手首を掴み引き上げようとしたが、重くて持ち上がらない。それはそうだ、私は今まで重いもの何て持ったことが無かった。あっという間に少女の重さに負けて、自分の体まで窓の外にはみ出す結果と成った。
ああ、死ぬかも?という思いと、下にいる庭師の悲鳴ならない悲壮な顔が相反していて、笑えた。
自分でも気がつかなかったが、私の心はどこかで壊れていたのかも知れない。ただ落ちていく。けれどすぐに、少女は私にしがみつき、頭をぎゅっと抱え込んだ。
鈍い地鳴りの様な音とその後に続く梯子が倒れた音。
私は少女に頭を守られたまま地上に落ちた。少女は庭師の上に上手に落ちて、庭師は二人を抱えたまま気絶していた。
ごめんなさい。
少女は私にしがみついたまま震えている。
ぽんぽんと腕を軽く叩くと、はっとしながら私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?痛いとこ無い?どこかぶつけた?」
頬を包み込む小さな手が、くすぐったかった。
「痛くないわ?」
私の答えと共に、少女は立ち上がる。その時、庭師を踏みつけてぐえっと声があがった。はっと足下を見た少女は照れたように笑って、いそいそと庭師から降りて、踏みつけた場所を撫でていた。
それが済むとこちらを振り返り、仁王立ちに成ったかと思うと、説教をはじめる。
「貴方!駄目よ!いくら悲しい事や、辛い目に遇っても死んでしまったらお仕舞いなのよ?それに、二階から飛び降りても、骨折するくらいだから、痛いだけよ?それよりも、他に何か楽しいこと探しましょう?手伝うから!」
少女は真剣な顔でそう言うけれど、死のう何て考えて居なかったし、窓から落ちたのは、なんなら少女が悪いと言っても良かった。けれど、少女の言葉で私は気が付いた、あの時少女と眼が合った時、きっと私の顔に何かを見たのだと…。
だから私は、彼女の言葉にそっと頷き、ごめんなさいと謝った。生きてきて、先生以外に謝ったのは初めてかも知れない。
すると少女は私に抱きついて、
「ごめんなさい!怖かったよね?怒ってるんじゃないの!」
そういいぎゅうぎゅう締め付けて来た。苦しい!息ができない!ええー!この娘私の事を殺そうとしてるの?パニック寸前の私の顔色が変わる頃、気が付いた庭師が慌てて止めに入った。
「オリビア!オリビア止めて王妃が死んじゃう!止めて!」
そう言い、止めてくれたが、もうすでに虫の息です。しがみつくのを止めたオリビアは、庭師を見つめて、王妃様???とクエスチョンマークが飛び交ってる様子。
じっと私を見直して、
「ああ、黒髪が綺麗で、瞳も素敵だわ。色白で品が有って可愛らしい!本当だ、ライリーが言ってた通りの人だわ!」
今度は庭師が慌て出した。オリビア!オリビアと言いながら彼女の口を押さえる。モゴモゴさせて居るので、止めるよう声をかけると、二人は何故か項垂れて声を揃えて謝ってきた。息がぴったりだった。
その時、部屋に居ない私を探しに侍女が来たので、私はそっと二人と別れを告げた。小さく少女は手を振ってくれた。
次の日から、私は少女の姿を見かけると、庭園に出る様になっていた。
話を聞くところによると、少女はオウリ山脈の近辺に在る辺境の領主の娘で、今父と共に王都に来ているらしい。庭師は同じ出身地で、元は彼女の家で庭師見習いをしていたそうだ。顔馴染みで手伝いがてら、彼の両親に彼の様子を教えるという。優しく立派な領主の様で、庭師の言葉の端々に尊敬の念が感じられた。
オウリ山脈はこの国と隣国との境界線で魔獣も多く、隣国とのいさかいも多いと聞いているが、彼女達の人となりはおおらかで、今までに無い優しさを感じとった。
それは、つまり私ヴィクトリアが20才という歳になり、初めて自分から関わりになりたいと、友達になりたいと考える切っ掛けとなった。
けれど、今まで友と呼べる方が居なかった私には、その思いはそびえ立つ城壁の如く高く難解だった。でも私は気がついて居ないだけで、オリビアの中ですでに私は親友のカテゴリーに入っているのだけれど…。
それに気が付いたのが、オリビアがレナードに突撃をかまし、危なく討ち取られる寸前の時だった。
彼女は人前で泣く事の出来ない私の為に、国王に物申したのだ。私だけの為に…。その後、私は今まで以上にオリビアと距離を縮める事となる。
それとは別にレナードには皇国に帰ると申し出た。けれど、妃の座は譲らなかった。それが皇国との約束だからだし、私の愛情の証とした。皇国に帰る前に、オリビアの故郷を訪れその後、第2の故郷と言って良いほどに私はその地で過ごした。オリビアが18才に成った時、私もお祝いに来ていたのだけれどレナードが辺境の地を訪れて、久し振りに会うことと成った。その時、レナードはオリビアに頭を下げて在る事を懇願した。自分との子供を作って欲しいと…。この人はまだ私を悲しませるつもりかと思ったが、その後に、その子をヴィクトリアと、オリビア、そしてレナードの子供として育てて欲しいと頼んだので来たのだ。正直驚いた。勿論オリビアの子供なら、何処の誰の子供だろうと可愛いに決まっている!ここ重要!
その子供を?パニックに成った私に、オリビアがそっと手を繋ぎいいよ!と言ったのだ。天使の誘惑の微笑みに私は負けた。その代わりにと、オリビアは言った。一度きりの約束と、自分は子供を産めば、この領地で子供をヴィクトリアと育てること。それからオリビアの恋愛は自由と言った事だった。多分あの頃オリビアには、想い人が居たのだが口には出さず、今に至っている。
そうして生まれたユリウスは、レナードの面影を少しも受け継がない、オリビアそっくりの可愛い天使になった。ヴィヴィと私を呼び、駈けてくる様子はレナードやオリビアを愛する私にとって至高の宝です。
何故か?
何故か本当に…育て方を間違えたけれども…!?