変態が現れました?
開け放たれた扉は、直したばかりだというのに、鈍い音をたてて上の蝶番が外れ斜めに傾いた。
床に突き刺さった様に見えるが、幻に違いない。…嫌だな…誰か夢だと言って…欲しいのだけど…。開け放たれた、執務室の入り口には、黒髪の美しい女性が立っていた。20代後半に見えるが本当は違うことを知っている。動揺を隠しながら立ち上がり、女性の前に行くと、僕は跪く。
すると、女性は僕に手を差し出した。僕はそっと手を取り、彼女の指に輝く宝石に口付けをする。
後ろでは、アルフレッドとアルテアが頭をたれ、我が国の敬礼を示していた。
「ユーリ、久しぶりですね?何年振りかしら?」
優しげに微笑んで居るが、そんな生易しい存在じゃない。
「お久しぶりです、陛下。結婚の儀以来ですから、2年には成るかと。」
そう答えると、はあーとため息を付き、
「2年も会っていないと言うのに、出迎えもしてくれないなんて、薄情な子ね?誰に似たのかしら?貴方のお母様は、とても優しい良い娘でしたのに?」
ううっ…。と、詰まってしまうと、あら嫌ね?冗談よ…。ほほほっと笑っている。
彼女…、前王妃ヴィクトリア・ウーゴは、お父様の全ての愛情を一身に受けたが、残念ながら、子を授かれなかった。もし、彼女が王子なり姫なり授かって居れば、あの惨劇は無かったであろう。
そして何故か、彼女は皇国に戻った後も、此方に秘密裏に入国していた。お父様には会うことは無かったらしいが、何故か、本当に何故なのか、お祖父様の領地には幾度となく訪れ、お母様と親友といっても良いほどだった。子供の頃、王妃だと思っていなかった程で、遠い親戚のお姉様だと思っていたぐらいだった。幼い頃は、ヴィクトリアと発音できず、ヴィヴィと呼んでいた。勿論呼び捨てで。クリスティアの、領地でお世話になっていた時も彼女は一緒だった。ヴィヴィが王妃ヴィクトリアだと知ったのは、兄弟が居なくなり、父王の死後だった。僕の元に、王位を継いでくれと来た家臣達が、ヴィヴィを見て腰を抜かして初めて知ったのだ。そして、口々に、
「ヴィクトリア様は初めからこうなる事を知っていたのですね!?」
と、感嘆の声を上げ、流石だと持て囃した。ヴィヴィは、薄ら笑いを浮かべ、彼らに静かに言って聞かせた。
「私は何も知りませんし、考えも持って居ませんよ。只、ユリウスの母、オリビアが好きなだけです。大切な親友なんです。ですから私の事はそっとしておいてくださいね?」
そう言って聞かせた。そして、僕にはクリスティアと結婚したいのであればと、裏から色々とアドバイスしてくれた人だ。勿論感謝しかないが、謎が多過ぎて扱いに困ってしまう。そんなヴィヴィが、
「ユーリ。二人でお話したいわ?」
そう言うので、従うしかない。
「済まない。」
そう言えば、アルフレッドもアルテアも、執務室を後にした。
扉は閉まらないのでそのままだったが…。
僕らが居たソファに厳かに腰掛ける姿は、やはり大国皇国の皇女だ。皇国の高貴な色と言われるのが黒、その色に近いほど良い色とされている。ヴィヴィの髪の色はまさしくそれで、皇族として崇拝されていると聞く。瞳は黒く、黒曜石の様に閃いていて確かに美しい。
ああ、レイブンさんは皇国に行ったらしいけど、皇族と間違えられ無かったのかな?なんて、思わず考えていた。
皇国の流行りのドレスに身を包まず、多分お母様から借りたであろう、モスグリーン色の質素な服を着ている。指に着けた宝石とちぐはぐで、違和感が在るのに、何故か彼女が身に付けるとどれも、洗練されたものに見えるから不思議でしょうがない。服も方遅れのエプロンドレスに手を加えた様な作りで、領地で花壇の手入れをしている、お母様を思い出した。
「その格好で来たんですか?何か言われませんでした?」
ヴィヴィにそう訪ねると、自分を見下ろし、首を傾げた。
「変かしら?別に普通じゃない?仕事も出来るし、汚れればすぐ洗えるし、機能的でよくない?」
「…そう…ですか?あなたが良いなら、良いんです。…それで、今日はどうしました?…様子を見にですか?彼の?」
そう聞くと、あはは、と声をたてて笑い、その後急に真面目な顔になった。
「やっぱり、バレてたのね?あの子急ぎ過ぎる性格だし、ユーリの事を軽くみていたものね。」
そう思っていたのなら止めてやってください。と思ったら、
「まあ、勉強になったでしょう?」
ニヤリと笑っている。くるくると変わる表情は昔のままで、ほっとしている自分が居た。
「彼、クリスティアを見て固まってました。タイプなのかも知れませんね?でも、もしクリスティアに何かしたら皇国のことなんて関係なく消えて貰いますから。」
そう言いきれば、黒曜石の瞳で僕を見つめ、ため息を吐いた。
「本当に、貴方位肝が据わってて欲しいものだわ。」
どうやら彼は、ヴィヴィのお気に入りだが、まだお眼鏡にはかなっていない様だ。
「彼をどうしたいのですか?」
そう聞けば、美しい顔に皺を寄せて、そうねえと呟いた。
「もう少し、心に余裕を持たせたいわ。彼も貴方と同じで、なかなか大変なのよ?まだ、殺し合いが始まっていないだけなの…その戦いに負けないように、広い視野をもって欲しいわ。」
君心配され過ぎだよ、サリアース君。
「彼の母と友達なんですか?」
そう聞けば、くつくつと喉の奥で笑っている。
「まさか!私の友達はオリビアだけよ。この命を捧げても良いくらい彼女が大好きだわ!」
大変ですお母様!すぐに逃げてください。大物変態が現れました!なんて思っていたら、
「ありがとう!私も大好きよ!」
の声と共に、シャンパンゴールドの髪を綺麗に編み込んだ女性が嬉しそうに、立っていた。ウィスタリア色のこれまたエプロンドレスを着ていた。貴方たちのユニフォームですか?それは?
しかし、お母様、来てたんですね?結婚の儀の時でさえ来なかったのに…。
しかも、まんまと変態に捕獲されてる感じですけど?
「ユーリ。貴方扉ぐらいきちんとしないと。」
そうついでに言ってくれました。
「それは貴方の愛する親友の仕業です。ヴィヴィがくるまではいい感じだったんだよ!」
心で叫んだ言葉はそのまま声になって居た。
「あら?愛する親友だなんて!嬉しい言い方ね!」
お母様、問題はそこじゃない。