九十五話 壁に囲われた中で戦闘中
壁を乗り越えて、人型機械たちが次々にやってくる。
キシは自身が乗る布魔を操縦桿とフットベダルで操作し、監視塔などの建物がある中心方向へと移動を開始する。同時に、乗り越えた壁から降りて着地した直後の人型機械に向けて、アサルトライフルを発射する。
三点射で放たれた弾丸は、着地の衝撃をバーニアの噴射や両足の屈伸で吸収していた機体の頭部へ飛び、三発とも命中した。頭部を破壊された機体は、弾丸が当たった衝撃によって仰け反るような形で倒れる。
キシはさらに二機を同じ方法で倒した。
しかし相手側は、百機の中から生き残っている猛者たちだ。倒される仲間の様子を見て、キシの戦法を解析し、対応を始める。
バーニアを強く噴射しつづけて滞空してみたり、着地と同時に横に跳んでみたり、キシの射程距離内には下りないようにしたりと、不意に一撃死しないよう工夫を凝らしている。
キシも相手が対応を開始したことを察して、撃破目的ではなく、牽制目的で射撃を続ける。そして、壁に囲まれた空間の中央部にある建物群を、盾に使うような位置取りをした。
さらにキシは建物に隠れ、布魔にアサルトライフルの弾倉を交換させつつ、周囲の様子を確認する。
「ふぅ。壁の中に入っても、あっちは潰し合いをしてくれるようだな」
全周モニターに映る光景には、壁を乗り越えてきた人型機械たちが、お互いに銃口を向け合って射撃する姿が映し出されている。その中には、先ほどのキシの真似をして、着地狙いをする者もいた。さらには、飛び越えてきた瞬間を撃ち落とす者も現れている。
「数を減らしてくれるんなら、それはそれでありがたい――けどッ!」
キシは付近に敵機の姿を確認し、素早く銃口の照準を合わせて発砲。布魔をこっそりと襲おうとしていた機体の、コックピット部分を破壊する。
撃破した機体が倒れる音を聞きつけて、新たに二機の頭部が布魔がいる方に向いた。
「頭部のセンサーを向けて位置を確認する前に、大まかにでも銃口を向ける方を先にした方が倒しやすいぞ」
聞こえるはずのない助言をしながら、アサルトライフルを射撃。一機の頭部を破壊し、もう一機の左肩を潰す。一機仕留め損なったのは、その機体が攻撃よりも回避を優先したからだ。
キシは相手の回避の手腕に感心しながらも、すぐにアサルトライフルの照準を急所に合わせる。
「逃げるスピードが一定過ぎるんだよなー」
三点射の音がアサルトライフルから響くと、敵機体の頭が吹き飛び、足を滑らしたような格好で後ろに仰け反る。そして避けようと移動していた関係で、錐もみするように回転しながら地面に倒れた。
布魔のアサルトライフルの弾倉に弾は残っている。だがキシは、これから時間が経つに従って激戦になると予想して、先に弾倉を交換して残弾をフルの状態にしておくことにした。
弾倉の交換が終わった直後、キシの布魔の方へ三機連れ立って敵機体がやってくる。キシにとって嫌なことに、左右にスラロームしながらだ。
キシは相手プレイヤーたちの関係を、連携の確かさと、その割に軌道が拙いことから推測していく。
「中学生ぐらいのリアルでの友達で組んだって感じだな。バトルロイヤルルールだと、三人組になれば生き残る確率は格段に上がるもんな」
人によっては、全員が敵であるはずのバトルロイヤルルールで既知の仲間と組む――いわゆるチーミング行為は嫌われるが、キシはこれもメタリック・マニューバーズの醍醐味の一つと考えていた。
それに、チーミングをしなければ生き残れないような相手なんて、キシのようなトッププレイヤーにしてみたらカモでしかないという事実もある。
「お前ら、三次元戦闘の習熟のための的に決定だ」
キシは口の端を吊り上げると、布魔を上空へと飛翔させた。
突如飛び上がった布魔に、三機の敵は呆気に取られ、急いで銃口を上へ向ける。
しかし、彼らが狙った先にはもう布魔の姿はない。バーニアの噴射角度を調整して、空中で描く軌道を変更していたからだ。
そうして誰もいない場所を狙っている三機に向かって、キシは空中から三点射で射撃を三回した。
上から斜め下に撃ち下げられた弾丸は、三機の頭部や首元に命中する。しかし、外れた弾もいくつかあった。その結果、撃破したのは頭部が著しく破壊できた一機に留まってしまう。
「空中で移動しながらの射撃で、全弾命中が今後の課題だな」
キシは呟きながら、布魔の飛ぶ方向をバーニアの噴射で変更。生き残りの二機の頭上へと向かう。
相手も、自機が傷ついた上に仲間が倒されたことで、怒って上に向けた銃を乱射する。一発でも布魔に当たればいいという、無茶苦茶な撃ち方だ。
しかし左右にぶれるようにして近づいてくる布魔に、偶然でも当てるのは難しく、一発も当てられないまま頭上の上を飛び抜かれてしまう。
『くそっ。逃げるんじゃ――』
怒り心頭で外部音声を入れた様子の片方の敵は、頭上を通り過ぎた布魔を視界に収めようと振り向くが、背後の空が見えるばかりで姿がなかった。
一瞬にして消え去ったような状況に、その機体のパイロットは混乱する。
『――どこに消えた!?』
その疑問の声に答えるように、彼の背後に着地音。急いで振り向こうとするが、後頭部にアサルトライフルの弾を食らって撃破されてしまう。
もう一機の方も、布魔の姿を見失っていたようで、突然前に倒れ込んだ仲間の機体に、不思議そうな身動きをする。
その間抜けな動作が命取り。キシは敵機体の側頭部へ容赦なく弾丸を撃ち込んだ。
「さてさて、この三機とも反応が肉体的だから、脳波コントロール式だったんだろうな。なにせ、操縦桿式で全周モニターで景色を見ているなら、『頭上を跳び越えられたから、機体の頭部が振り向く』なんて真似が起こるはずがないもんな」
キシは呟きながら、座席の裏を見るように首を傾げる。座席後ろのモニターには、後方の景色がはっきりと移り込んでいた。しかし外から見える布魔の頭部は、体の正面に向いたままである。
「三次元戦闘って、もしかしたら脳波コントロールを一掃しちゃうような戦法なのかもしれないな」
意外な手応えを感じつつ、キシは後方から接近しつつあった新たな敵機の排除に乗り出したのだった。
さらに新たな敵機体を撃破したところで、布魔のアサルトライフルの弾があと少しとなった。換えの弾倉は、もう布魔の機体にはついていない。
そんな相手の外見的変化で有利不利を悟ることも、メタリック・マニューバーズの熟練プレイヤーならお手のもの。
壁際で様子見をしていたうちの一機が、キシが乗る布魔の戦力低下を察知して、前に出てきた。
「目ざといな。これは手ごわそうだ」
キシは呟きつつ、アサルトライフルの射撃を単発に切り替える。そして弾を節約するように、間隔を空けて一発一発射撃していく。
この行動で、キシの斬弾数が心許ないと確信したのだろう、近づいてきている敵機体は一層速度を上げた。
一気に接近して勝負を決めようという敵の動き。キシは抵抗するように建物の壁沿いに逃げながら、射撃を繰り返す。
しかし十数秒後、布魔のアサルトライフルが弾切れを起こし、空撃ちの音が小さく響いた。
キシが布魔の腰部収納部にアサルトライフルを仕舞うのを見て、接近する敵機は好機だと判断して銃の距離を保って射撃を加え始めた。
一方的に撃たれるキシだが、布魔を的確に操って急所に当たらないように避ける。
撃たれ続けているというのに一向に撃ち返してこない布魔に、敵機体のパイロットはいよいよ優位を確信した。
しかし、下手に近づいて剣やナイフでやられてしまっては元も子もない。
そのため敵パイロットは、刃が届く間合いには決して入らないようにしながら、布魔を追い立てるように銃撃をする。
もともと射撃の腕が良くないのか、それともキシを弄るつもりなのか、放たれる弾丸は布魔の機体を掠るばかりで直撃弾が一つもない。
その相手の攻撃に、キシは当てが外れたという顔になる。
「いよいよ危ないとなったら、三次元戦闘での回避を試そうと考えていたんだけどなぁ。この相手じゃ無理だな」
射撃の腕が良い相手との戦いでなければ、良い実戦データは取れない。
そのため、わざと弾切れを装って様子見を決め込んでいた敵を誘い込んだというのに、釣り上がったのは望んでいた腕を持たない相手だった。
キシは予定が崩れたことを残念に考えながら、布魔を上へと飛び上がらせた。
布魔が空中で描く軌道は、シャッター付きの建物の屋根に飛び乗るものだ。
追っていた敵機体は、キシが逃げると考えて、その後を追いかけるように上空へ飛び上がる。
キシに遠距離攻撃の方法がないと見込んでの選択なので、この追走は正しいように思えた。
しかしそれが正しかったのは、布魔が建物の屋根の上に隠していた短機関銃を拾い上げるまでだった。
「はい、残念」
短機関銃から一弾倉分の弾が放たれ、律義に布魔と同じ軌道で飛んできた敵機体に全弾が命中した。
短機関銃は低威力とはいえ、それだけ撃ち込まれれば中速度帯の機体の装甲は耐えきれない。
各部から破片を散らしながら、敵機体は建物の屋根に背中から激突。瞬間、屋根材が機体の重みと衝撃で抜け、機体が建物の中へと落ちた。
キシは屋根が崩落する前に素早く布魔を再上昇させて離脱し、アサルトライフルの弾倉を隠している一画に着地。弾薬を回収し、アサルトライフルに新しい弾倉を交換する。
「さてさて、残りはもう少ないみたいだな」
キシの視線が向いた先は、施設を取り囲む壁。地響きを盾ながら、さらに高さが下がっていく。
もう、人型機械なら跨いで超えられそうな高さしかない。
その壁を、生き残っていた重装甲機体が乗り越え、壁の向こう側に砲撃機体が陣取る。
「さて、もうひと踏ん張りかな」
キシは、この戦いが終われば帰れると意気込み、残った敵の掃討を再開したのだった。