九十四話 外周での戦い
発着場の周りで、人型機械同士の戦いが続いている。
『あのNPCと戦うのは俺だ!』
『引っ込んでろ、腕なしヤロウ!』
外部音声や全波帯通信での罵り声と共に、銃弾が、ミサイルが、刃が、人型機械を行動不能にしていく。
キシはその光景を高い壁の上から眺めつつ、壁を跳び越えてこようとする高速機を、アサルトライフルで撃ち落とす作業をしていた。
とはいえ、施設を囲む壁は、全周数キロはある。全てを撃ち落とすことは不可能だった。
キシが立つ場所とは建物を挟んで反対側の壁の上に、高速機が一機、たどり着く。
『よっしゃ、一番乗り!』
その機体のパイロットは外部音声で勝鬨を上げると、キシが乗る布魔の姿を壁の上に見つけると、壁の上に沿って移動して近づいてきた。
キシは、相手の機体の装備を見て、半笑いになる。
「短機関銃と実体剣だけの機体なのに、隠れ場所がなくて足場も細い壁の上を、こっちに移動してどうするんだか」
キシは布魔にアサルトライフルを構えさせると、三点射で発砲した。
飛び出た弾丸は、壁の上にいる高速機に向かい、そして――
『うひゃっ、あぶねえ!』
――間一髪で横に跳んで避けた高速機の横を通過した。
成果なしに終わったと思いきや、そうではない。
『うおわっ!? 足場が無え!』
高速機は横に大きく寄せ過ぎて、壁の上という足場を踏み外してしまっていた。そのため、機体の背中にあるバーニアを最大噴射させて、地面に落ち戻ることを阻止しようとする。
その身動きが止まった姿を、キシは見逃さない。
「はい、残念賞」
アサルトライフルから発砲音が発生し、銃口から飛翔した弾丸が高速機の頭に命中。装甲と内容機械の破片をまき散らしながら、その機体は地上へと真っ逆さまに落ちていき、途中で飛び上がろうとしていた別の機体に激突して道連れにした。
ここで、百機近くいた人型機械のうち、四分の一ほどが行動不能になった。
その瞬間、小さい規模の地震に似た地響きが起きた。
それは、キシの布魔が乗る壁から発せられているものだった。
「おわっ!? 壁が、下がっている!?」
キシが体感している通りに、発着場を囲む壁が徐々に下がっていく。
そして、元の五分の四ほどの高さになったところで止まった。
「参加機体数が減少するに従って、壁の高さが減少する仕組みか。もう少し下がれば、普通の中速度帯の機体でも、壁の上に登ってこれるぞ」
キシが作戦の練り直しを行っている一方で、この戦いに参加しているプレイヤーたちも仕組みに気付いたようだ。いままでよりも、一層激しい戦闘が各所で展開される。
今までは邪魔な参加者を蹴り落とすための行動だったのが、より有利な条件でキシと戦うために他者を撃ち滅ぼす方に戦いが移行したのだ。
それと同じ時、移動速度が遅い重装甲機体や砲撃用機体が交戦可能地域に侵入し、自由に銃器や大砲を撃てるようになった。
『数減らしなら、お手のもんだぜ!』
『ヒャッハー! 薙ぎ払ってやんよ!』
重装甲機が持つ、高速機だったら腕が撮れそうなほどの重量がある機関砲から、人型機械の拳ほどもある大型弾が絶え間なく連射され始めた。
空気の唸りと共に飛来してきた大型弾は、射線上にいた人型機械を砕いて貫通し、さらにその裏にいた機体までをもバラバラに破壊する。
砲撃用機体も機関砲を撃ちながら、肩や背中にある榴弾も空へと打ち上げる。
曲射の軌道を描いた榴弾は、芋洗い状態の機体たちの中央に着弾し、周囲に爆風と破片をぶちまけた。着弾地点近くにいた人型機械は消し炭と化し、少し離れていた機体にも破片が刺さって行動不能になる。
そうして暴虐の限りを尽くす重装甲機と砲撃機に、被害を受けた中速度帯の機体たちが怒りの声を上げる。
『テメエら、ノコノコ後から着やがったくせに、息巻いてんじゃねえぞ!』
『バカスカ遠慮なく遠距離から撃ち込みやがって、先にお前らから、ぶっ潰してやんよ!』
中速度帯の機体たちは、撃破された機体を地面から拾い上げると、それを二人がかりで支える。そして二機が共同して撃破された機体を盾にしながら、重装甲機と砲撃機へと近づいていく。
それは一組だけではなく、生き残っている中速度帯機の半数が、示し合わせたように一挙に行動を開始していた。
そんな機体たちの元に、機関砲の砲弾がやってくる。盾にした機体を破壊され、さらに貫通してきた弾が裏にいた機体にまで命中して破壊する。
しかし、中速度帯の機体たちの全身は止まらない。撃破された機体が出れば、それをまた新たな盾に活用して、重装甲機と砲撃機へと近づいていく。
やがて、物量で押しきる形で、アサルトライフルや短機関銃の射程の距離になる。
『いままでのお返しだ!』
多数の機体が盾にした機体の陰から銃口を出して、銃弾を発射。
雨霰のように降り注ぐ弾雨だが、まだ距離が離れているため、重装甲機体の装甲を抜くほどの威力はない。
しかし、重装甲機体も砲撃用機体も、銃撃を受けることを嫌がった。
その理由は、ある重装甲機体の手元の武器に飛来した銃弾が命中し、突如爆発が起こったことで理由がわかることになる。
『おっしゃ! あの機体の武器を潰したぞ、殺到しろ!』
『炸薬多めの銃弾を使っている武器は、弾丸を撃ち込んでやれば、すぐに誘爆するぞ! 撃て撃て!』
威勢よく殺到してくる中速度帯の機体の群れに、重装甲機は恐れた様子で機関砲を構え、飛んできた銃弾でその頼りにしていた武器が破壊されて爆発する。
砲撃用機体たちも攻撃しようとするが、すでに榴弾の間合いではなくなってしまっていた。
こうして両者の距離が縮まりに縮まり、実剣の間合いになると、今度は身動きが鈍い重装甲機と砲撃機が蹂躙される側に回ってしまう。
『邪魔な奴らを一気に減らして、あの壁を下げさせるぞ!』
『おうともよ!』
分厚い装甲を切り裂くために生まれた人型機械用の刃たちが、重装甲機を切り刻んでいく。
砲撃機は間合いを取ろうと後ろに下がろうとするが、あっさりと回り込まれてしまい、重装甲機と同じ道を辿ることとなった。
こうして重装甲機と砲撃機の大半がやられてしまう様を、キシは壁の上から見ていて、再び足下からの揺れを感じた。
「さらに四分の一が減って、とうとう壁の高さが元の五分の三になったな」
平均的な中速度帯の機体ならば、壁の上に到達できる高さになってしまった。
その変化を察知して、重装甲機や砲撃機を屠っていた機体たちが、一気に施設に向かって走り出す。
到達するまでの道のりの中で、他の機体を戦闘不能状態にすることも忘れない。
先行する一機の頭部を銃撃で破壊した機体が、後ろから数機がかりの射撃で穴だらけになる。銃撃に集中していた機体は、横から飛び込んできた機体が持つ剣にコックピットを貫かれた。剣を振り回して牽制する機体の脚を銃撃して転ばせ、踏み付けで頭部を破壊する者もいた。
その諍いは発着場の近づけば近づくほど激化し、通り過ぎた地面には打ち倒された人型機械が倒れ込んでいる。
数が減り続けていくため、再び壁が振動を始め、また元の五分の一の高さが失われた。
この高さとなっては、壁の上に立っていてもあまり優位ではないため、キシは布魔を発着場の上に飛び降りさせる。そして少し建物よりに移動してから、戦闘態勢を取らせた。
まだ人型機械の目線まで壁の高さはあるため、激しい戦闘の音は聞こえても、壁の向こうにどんな機体が近づいているかは視認できない。
しかし、どんどんと戦闘の音が近くなってくるため、この施設内での戦闘が勃発するのは秒読みに入っていると理解させられる。
やがて壁のすぐ向こう側で戦闘音が起こり、そして壁を乗り越えるべくバーニアを噴射する音も聞こえてきた。
直後、壁の上まで飛び上がって機体が、壁の周囲で同時に複数機現れた。
かなりボロボロな見た目だが、全機の頭部センサーが向いている先は、間違いなくキシが乗る布魔だ。
その先陣に続くように、第二、第三の人型機械たちが、壁を乗り越えるべく飛んで現れる。
多数現れる敵機に、キシは戦闘意欲を半ば自動的に高めながら、口元に笑みを浮かべた。
「さて、この布魔を実戦で慣熟させるとしますか」
キシは唇を一舐めすると、一番近くかつ一番最初に壁を乗り越えてきた相手に向かって、バーニアを全開にした布魔を進出させたのだった。