九十三話 地球にて/大集団
比野は、メタリック・マニューバーズの第一号店で、今日も勤務していた。
昼休み明け、一つのイベント情報が本社から送られてきた。
比野にとって、その内容は少し驚かされるものだった。
「俺のコピーNPCと戦うイベントか。しかも今回は、布魔を使用してくるって……」
比野は、例のNPCと前回戦ったときに、自身が布魔を使用していたことを反映しているのかと勘ぐった。
しかし比野は、単なる一社員でしかないし、抗議してこのイベントを潰す気もない。
「俺は世界大会には出られない、四角辻研究所社員の身で、半引退状態だ。メタリック・マニューバーズが盛り上がるなら、俺のデータぐらい、いくらでも使ってくれていいしね」
比野は昼休み休憩も終えたことだしと、一号店の店内に張るポップをパソコンで作る。
出来上がったものを張ってみると、客たちからは好意的な意見がやってきた。
「おー。あの噂のNPCと戦える機会を、本社が作ってくれたってわけか」
「今回は、どんなランクのプレイヤーでも参加できるように、無制限らしいな。こいつは嬉しい」
「でも、生中なプレイヤーに勝たせる気はないみたいだぜ。開催期間は金、土、日の三日間。初心者を鏖殺したときはファウンダーだったっていうのに、今回は布魔を使ってくるんだぜ」
噂のNPCが現行の最新機種を持ち出してくるという情報に、プレイヤーたちの反応は二つに割れた。
望むところだと意気込む連中と、どうせ勝てないと諦めた人たちだ。
そして戦いを望んだ人たちは、すぐに受付へと向かい、イベントの参加予約を入れる。
その際に、店員から不可思議な説明を受けた。
「このイベント戦は、バトルロイヤルのルールとなっております。そして、NPC機体が一度でも倒された場合、それ以降のイベントには出現しなくなります。よろしいでしょうか?」
「ん? このイベントは、例のNPCと戦えるんじゃないのか?」
「その通りなのですが、NPCの出現数は全期間を通じて一機だけとなっております。そして、NPCの元にたどり着くまでに、プレイヤーの皆さんで蹴落とし合いが発生するような仕組みとなっております」
受け付けにいるプレイヤーは、NPCと戦いたければ他のプレイヤーを出し抜くか、勝ち抜くかしなければいけないのだと理解した。
「ほーん。ま、面白そうだから、受付してくれ。出撃予定は日曜日の午後一にしてな。あの噂が本当なら、NPCは早々やられないだろうしな」
「畏まりました。日曜日の午後の最初の部――午後二時から出撃となります。それまでに、当店もしくは他のメタリック・マニューバーズの支店に参りますようお願いいたします」
「おうよ。今から楽しみだぜ」
一人が受付を終えれば、次のプレイヤーがやってくる。
同じ説明を店員から受けた彼は、NPCが倒されたらその後出てこないという情報に驚き、イベント開催した直後の時間で予約を入れた。
イベント参加予約は日本だけでなく、世界中でも行われ、イベント期間中に時間がある人たちが予約を入れる。しかしながら、例のNPCの情報を眉唾と思っている人が多く、日本ほど集まりは良くない。
ともあれ比野も店員なので、殺到するプレイヤーたち相手に受付業務を行っていく。
人波を捌きに捌いて、段々と落ち着いてきたところで、店長が比野を呼び寄せる。
「比野くん。ちょっといいかな」
「なんですか、店長。俺がペンギンさん外装を壊しちゃったから、店長が娘さんに泣かれてしまったって愚痴は、もう聞き飽きたんですけど?」
「あはははっ。あのときは、すまなかったね。でも娘は、あのときの屈辱をバネにして、本格的にメタリック・マニューバーズの機体の改造を始めたんだよ。それで、娘が親の仕事の大変さを理解してくれてね、家庭がより円満になったよ。比野くんのお陰で、雨降って地固まったってわけだよ」
「それは良かったですね。じゃあ、業務に戻っても?」
「待って、待って。今のは単なる雑談で、本題じゃないんだよ」
店長が慌てながら差し出してきた電子タブレットには、本社からの業務命令が表示されていた。
そこには、比野がプレイヤーとして例のNPCと戦うイベントに参加すること、参加日時は最終日の最後が望ましい、と書かれてあった。
比野は上から下まで読み、首を傾げる。
「業務命令って事なら従いますけど、こんな命令が本社からやってくるものなんですね」
「普通の店員にはやってこないよ。比野くんは、本社付きのテストパイロットだからね。イベントを盛り上げるために、こういう出撃もありえるんじゃないかな」
「『かな』って、店長でも予想でしか語れないんですか?」
「そりゃあ、雇われ店長だからね。立場的には本社に勤める係長の方が、ゲーム店の店長より役職は上になるんだよ。だから、詳しい情報はあまり降りてこないってわけなんだよね」
「へぇ。実店舗の店長って、俺みたいな本社の平社員よりやや上ぐらいの立ち位置なんですね」
「そうなんだよ。でも、給料は本社の課長クラスらしいんだ。エリアマネージャーになれば部長と同じなんだってさ」
「実は店長って、かなりの高給取りなんですか?」
「あっはっはー。給料のほとんどは、家族のために使っちゃうから、自分が使えるお金はほとんどないよ。だから、食事とかお酒とか、集らないでね?」
「俺だって普通に給料貰っていますし、使い道がそんなにないので、お金に困って集ったりはしませんよ」
そんな雑談と冗談を交換する傍らで、比野は受付の端末を操作して、自分のゲーム用IDでNPCと戦うイベントの最終日の最後の出撃枠を予約したのだった。
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部屋の中に閉じ込められること、六日。
ようやく、出入口の扉の施錠が外れる音がした。
キシは目を開けると、ベットから降り、背伸びをする。
「これから戦闘ってことなんだろうけど、身支度する時間ぐらいはあるだろう」
キシは独り言を呟いて孤独を紛らわせながら、ユニットバスでシャワーを浴びた。
タオルで水気を取り、パイロットスーツのような服を着直し、缶詰とレトルトパウチの食事を腹いっぱいにとってから、部屋の外へ。
誰もいない静かな廊下を歩いて、管理棟の外へ。
キシは、窓がない部屋で過ごしていたために体内時計が狂いつつあったので、中天に太陽が輝いていたことに驚いた。
「朝かと思ったら、昼なのか。うーん、戦法の修正が必要かもな」
軽く体を解すよう運動しながら、布魔を止めている、シャッター付きの建物へと向かう。キシは運動音痴なため、変な振り付けの盆踊りをしているようにしか見えない。
ともあれ、建物内に入って、膝と膝の間を少し開けた体育座りをしている布魔に近づく。そして腹部のハッチを開放するレバーを引き、装甲の隙間を掴みながらヨタヨタと上り、コックピットの中に到着した。
「ふぅ。さて、俺と戦うプレイヤーはどんな奴かな」
キシは布魔のリアクターを稼働させて、機体の全身に電力を供給する。十全に力が行きわたった布魔の二つの瞳に光が入り、コックピットのハッチが閉鎖され、全周モニターに映像が表示される。
サブモニターで各部のチェック。問題なし。
ヤシュリとタミルに頼んでいた武装があるかチェック。問題なし。
「それじゃあ、施設を一周してから、壁の外の様子を見るとしますか」
キシは布魔を立ち上がらせると、建物の外へと歩かせる。
そして、もう一度施設の建物の形状と配置を確認するように歩き回りつつ、『知恵の月』と『砂モグラ団』が共同で隠匿した兵器がある位置を確認していく。
その後で壁際に立ち、背中のバーニアを最大噴射させて直上へと上昇。布魔の手を壁の上の縁に掛けさせると、そこを支点に側転するような挙動で、壁の上に直立する。壁は分厚いため、人型機械の脚を乗せる幅は優にあり、そして人型機械の荷重をかけてもビクともしない耐久性を誇っていた。
ここでキシは、布魔の頭部を周囲に巡らせて、相変わらず施設は壁に包囲されていることを確認する。
「これじゃあ、外からくるプレイヤーたちが中に入ってこれないんだけど、どうするんだろう?」
そんな疑問も束の間に、キシは高い視線から見える地平線の先から、この施設に向かってくる小さな点を見つけた。
布魔の最大望遠でも点にしか見えないものの、キシはそれが人型機械――それも高速型の機体だと察する。
その一機が相手かと思いきや、点が二つ、三つと増えていく。しかも時間が経つにつれて、加速度的に数を増やしている。
キシは嫌な予感がして、周囲に目を配った。
すると前後左右から、同じような多数の点が、この施設を目指して進んでいる。
「おいおい、なんだよこの数」
一人でこれだけ相手にしなきゃいけないのかと嘆いたそのとき、さらに地平線の先に変化が現れる。
色が様々にある点が多数現れ、徐々に近づいてきている。
前後左右からくるその点たちを合計すると、百を超えていた。そして数は、まだまだ増えていく印象があった。
「……これを一人で相手にしろって、無茶があるんだが」
キシが思わず嘆くと、近寄ってきている人型機械たちの変化が現れる。
所定の位置に到達した高速機たちの戦闘封鎖が解かれ、お互いに交戦を開始したのだ。
キシは銃撃の音でやかましくなり始めた周囲を見て、ようやく状況を理解した。
「なるほど。バトルロイヤルの仕組みに、俺と戦う権利を組み込んだわけか。だからこその、これだけの大人数を参加させたってわけか」
高速機が倒し倒されしている間に、後続の中速度帯の機体も戦闘可能地域に入る。
大人数でお互いの距離があまり開いていなかったため、即座に銃器とロケット弾での激闘が始まった。
閃光が走り、砂煙と黒煙が巻き上がる。一機正面から倒した機体があり、その後ろから不意打ちをする機体が現れ、その二機とも吹き飛ばそうとバズーカ砲を構える機体が出てくる。
どこもかしこも芋洗いに近い密集度で、銃弾と爆弾が飛び交う混沌状態の戦場。
その様子を見ていたキシは、おもむろに布魔を横へ一歩移動させた。
ちょうど一秒後、布魔の頭があった場所を、高速で飛来してきた徹甲弾が通過する。
混沌とした戦場からの流れ弾ではない。狙って放たれた長距離狙撃だ。
キシは弾が来た方向から、素早く狙撃手を探し当てる。
それは望遠鏡のような装置を頭部につけた人型機械で、全高の倍ある狙撃銃を構えている。そして、すでに次弾を装填して布魔に狙いをつけていた。
「凄い武器と良い腕だけど、そこからの狙撃なら避けることは容易いな」
発砲光が見えた瞬間に横に移動するだけで、狙撃銃から放たれた弾は当たらない位置であるためだ。
キシは、さあ撃ってこいと身構えたが、それは無駄になった。
その望遠鏡をつけた機体の頭部を、別の機体が巨大な斧でかち割ったからだ。
そしてその斧持ちの機体も、横からの一斉射撃でハチの巣になって、地面に倒れる。
「うっわー、悲惨な戦場だな。俺はこっち側でよかった」
混沌の度合いが強まっていく戦場の光景。
そんな地獄から、一機の高速機が抜け出した。背中からくる銃弾を右に左にと避けながら、施設の壁の間際まで近づいてみせたのだ。
その機体は、呼吸を置くように一秒停止してから、直上へ飛ぶ。目指すは、壁の上に立つキシの布魔だ。
キシは近づいてくる機体を見下ろしながら、感心していた。
「状況判断が的確な、良いプレイヤーだな。せっかくの第一到達者だから、戦ってあげたいのは山々だけど――」
キシは布魔に腰にあるアサルトライフルを持たせて、構えさせる。そして、近づきつつあった高速機を、上からの射撃する。
高速機は慌てて回避行動を取るが、それはキシの予想範囲内の動きでしかなく、あっという間に機体が穴だらけになった。
急所に命中したようで、高速機のバーニアの噴射が止まり、上ってきた分の距離を自由落下していき、やがて砂の地面に激突してバラバラになってしまった。
キシは撃ち倒したことを書くにしてから、続きの言葉をつぶやく。
「――これから先、どれだけ戦うかわからないから、倒せるなら倒しちゃうことにしよう」
決意するように言いつつ、地上にいる別の高速機を、壁の上から射撃する。
いままさに壁に沿って跳び上がろうとした機体の頭部が破壊され、地面に倒れ込んだのだった。




