九十二話 一人残って
抵抗組織たちが『人型機械の親玉』と呼ぶ存在との交渉は、キシが主導して行った。
一通りの要求を伝えると、すぐに返事がやってきた。
『地球にいる、プレイヤー名『キシ』――現実名『比野 毅士』が、襲撃に参加するならば、そちらに所属する『日の丸』機のパイロットだけを、残してくれる。そう受け取って、構いませんね?』
「この施設のいたるところに、俺たちが武器や弾薬を隠す時間を欲しっているってことも忘れないでくれ」
『その点は、こちらが関与するつもりは、ありません。あなたがたの時間で、およそ十日ありますので、その期間、お好きに準備をどうぞ。こちらにとって、重要なことは、『日の丸』機のパイロットが、その施設に残ることだけ、ですので』
気前よく全部の条件を飲むという親玉に、『知恵の月』の面々は警戒を強くした。
しかしキシだけは、当然という顔でいる。
「それで、準備が終わったら、俺がどこかの部屋に入るんだよな。水も食料もないと、人間は死ぬんだが、大丈夫か?」
『生活に、必須な物資は、部屋に設置させてあります。水、食料、寝床、風呂場。一度入ると、時間がくるまで、外に出れないことを除けば、快適な生活が送れるでしょう』
「それは有り難いな。それでその部屋ってのはどこにあるんだ?」
『管理棟の、A-13の部屋です。管制塔にある、地図を見れば、詳しい場所はわかるでしょう』
「そこに入れば、壁の一部が下がって、他のみんなは脱出できるんだな。約束だぞ?」
『約束します。ただし、退出が済んだ後、すぐに壁は閉鎖され直されます。ですので、忘れ物があろうと、取りに戻ることは、できません』
「ははは。あんたも冗談を言えるぐらいの知性はあるんだな」
『恐縮です』
「それで、この通信装置は、こちらが持ったままでいいのか? これからもこれで話し合うことはできるのか?」
『それは、『日の丸』パイロットが、持つという意味ですか? それとも、他の人が持つ、という意味ですか?』
「その他の人が持つってことになるな」
『それでは、通信できる、可能性はある、とだけ申しておきます』
キシが「だってさ」と顔を向けると、ティシリアは少し残念そうな顔になる。この通信装置を使って、色々と試してみたことがあったようだ。
ともあれ、キシたちが要求できることは全て通った。
「それじゃあ、準備が終わったら、俺はA-13っていう部屋に入ることにするよ。ティシリアたちも手伝いよろしくな」
「もちろんよ。けどキシ。あなたが語った『最悪の方法』は取らないようにするのよ。いいわね?」
「そうしたいけど、約束はできないかな。とりあえず、その方法で必須になるから、ヤシュリとタミルにはリアクターで作ってもらわないとね」
「地下工場施設から持ってきた物の一つを流用させるわ。けど、これを使うのは、絶対に最後の手段にしなさいよ」
「何度も念押しなくたって、これは俺が絶体絶命に陥ったときの、保険でしかないよ」
ティシリアは睨みつけるようにキシを見ていたが、意思を曲げられないと知って、苛立った様子で髪の毛を掻き回した。
「しょうがないわね。キシは自己犠牲に酔っているわけじゃなくて、これが最善の方法だって信じて疑っていないんだもの」
ティシリアは決意した顔になると、『知恵の月』の他のメンバーに指示を飛ばす。
「キシが存分に戦って生還できるように、準備をするわよ! どうせ『砂モグラ団』も暇しているんだろうから、こき使ってやりなさい!」
それぞれが、キシが提案した方法を実現するべく、行動を始めた。
ヤシュリとタミルは、キシが欲した装置やら武器やらを揃えるべく、カーゴ内で作業を開始。
キャサリンとキャシーは、施設のあちこちに人型機械用の武器と弾薬を隠して配置していく。
戦闘部隊と『砂モグラ団』は、建物内にある戦闘時に邪魔になりそうな、余計な物資をカーゴの中に運び入れる仕事を行う。
ビルギとアンリズは、『悠々なる砂竜』幹部であるティシリアの両親と連絡を取り、今の状況を説明する。そして『悠々なる砂竜』内に人型機械の親玉のシンパがいることを伝え、この危機的状況を作った責任を追及していく。
そしてキシは、布魔に乗り込んで、慣熟訓練をこなしていった。
作戦準備をすること三日。
『知恵の月』と『砂モグラ団』はやれるだけのことを終えた。
「それじゃあ、俺は部屋の中に入るとするよ」
キシは気楽な調子で、A-13とプレートが嵌められた扉を開けて、部屋の中に入っていった。
扉を閉めた直後、ガチャガチャと連続して鍵が閉まる音がした。外見からは分からないようになっているが、多重ロックがかかったようだ。
それから少しして、小さな地震が起こる。
次善に取り決められていた通りに、建物の外をぐるりと囲む壁の一部が、音を立てながら砂だけの地面の下へ戻っていっているのだ。
そうして、脱出口が空いたところで、ティシリアはキシへ扉越しに声を掛ける。
「私たちは先に休憩所に戻るわね。キシも、可能な限り早く帰ってこられるように頑張んなさいね」
ティシリアは、あえて大した別れじゃないと体言するように、つっけんどんな言葉を残して立ち去った。
他の面々も管理棟から去ると、シャッターがついた建物に入れていたカーゴや車などに乗り込み、開いた脱出口から外へと出ていった。
彼らが外に出た直後から、再び小さな地震が始まり、砂の下から再び壁がせり上がり、発着場を完全に取り囲んでしまう。
これでもう、ティシリアたちが再び中に入ることはできなくなった。
彼女たちを乗せたカーゴは、名残惜しむように、近くに短時間留まっていたが、やがて『知恵の月』が運営する休憩所を目指して走り去っていった。
一方でキシはというと、部屋の中を探索中だった。
「広さは八畳でワンルーム型の部屋。縦二メートル、横に一.五メートルの幅があるベッドが一つ。別の小部屋には、トイレと湯船のユニットバスが一つ。キッチンはなし。部屋の隅には山と積まれた水のペットボトルと、大量の種類がある缶詰にレトルトパウチか。なんとなく、地球世界基準っぽいな」
キシは部屋の状況を確かめると、まず久々になるシャワーを浴びた。温水の温度を、水と温水の蛇口を二つ捻って調節するタイプだった。キシの感覚では、少し古臭い仕組みだ。
さっぱりとしたところで、ベッドに座りながら、何の文字も絵も描かれていないレトルトパウチの山から、一つ取って開けてみた。
「これは、肉じゃがか?」
袋の横に糊付けされていたスプーンを取り、とりあえず一口食べてみた。その味は、まごうことなき、肉じゃがだった。
「むぐむぐ。こっちでもこれが作れるってことは、そういう装置やら作り方が存在しているってことだよな。しまった。親玉にその装置もくれって言うべきだったな」
肉じゃがを食べ終えると、今度は缶詰を一つ取る。厚さと大きさは、日本ではシーチキンが入っているような、小さい円形のもの。プルトップがついていて、缶切りが要らないタイプだ。
外装に印刷がないため何が入っているかわからないが、キシはためらいなく開封する。
中には、黄色い円形でものが四つと、緑色の葉野菜の切りそろえられたものが入っていた。
「これは、たくあんと、小松菜の漬物か?」
食べてみると、まさしくその通りだった。
「これはまた、日本のミリ飯のようなものを……」
キシは、どうして違う惑星で日本っぽい食べ物を食べなきゃいけないのだろうと、やるせない気持ちになった。
一通り食べて腹が膨れたところで、探してみたら壁の一角にあったダストシュートにゴミを突っ込んだ後で、ベッドに寝転がる。
「さて、時間が来れば扉が自動的に開いて教えてくれるってことだけど。それでも、七日ぐらいは優にあるんだよな。それまで暇に過ぎるな」
キシは頭の後ろで手を組むと、目をつぶり、頭の中で布魔を動かすシミュレーションを行い始める。
慣熟訓練のお陰で、かなり深いところまで布魔の癖を掴んでいることもあり、脳内でのシミュレーションは真に迫ったものがあった。
キシは頭の中で一通り操縦の確認を行った後で、対戦相手を組み上げる。
戦うのは一番の強敵――つまり、ファウンダー・エクスリッチで戦った、布魔に乗る『比野』だ。
キシは頭の中で、『比野』と一進一退の攻防を繰り返す。
お互いはほぼ同じ存在であり乗っている機体は布魔である。しかし、両者の経験値や機体の改造具合には差があるため、全く同じ挙動にはどうしてもならない。
その小さな差を、どうやって自分に有利になるように働かせるかを、キシは延々と脳内で検討していく。
「ふぅー。やっぱり一筋縄じゃいかないし、一対一の状況に持って行かないと負けかねないな」
キシは深呼吸してから、再び脳内シミュレーションに入る。
今度は、自分だけ対して、相手は『比野』と他の機体が共闘している状況だ。
キシは自分に都合がいい創造を極力排除し、むしろ相手の実力を二割増しぐらいに考えながら、勝ち筋を探っていく。
シミュレーションで脳が疲れたら、一眠りして、寝起きに食料を補給し、再びシミュレーションを行う。
あまりに疲れすぎてやる気が出ない場合は、部屋の中で軽い運動を行って気分転換して、頭をリフレッシュさせる。
キシは、こんな風に時間を使いながら、扉が開くときを待ちに待つのだった。