八話 ハンディー
休憩場所を出て、再びトラック旅に戻った一行は、水も食料もたんまりあるからと、一路ハンディという機械を用いる大会が行われる場所へ向かうことになった。
キシとビルギが数時間ごとに運転を交換しながら、朝から晩まで、夜中から夜明けまで走り続ける。
そうやって三日かけて到着したのは、巨大な岩石がゴロゴロと転がっている土地。岩の一つ一つが一軒家のような大きさがあり、最大級のものになると百戸ほどの低層マンションに匹敵する巨大さだった。
「そんな岩に穴が空いているのは、家に使っているからか」
「キシが見抜いた通り、ここは岩場で暮らす人たちの村。一番巨大な岩は、地面の下の岩盤まで達しているから、中に井戸があるそうよ」
「害獣の肉が主として、井戸水を使って岩の中で栽培した草も食べる、自然食品愛好家の人が多く住んでいます」
「なぜか人型機械が設置してきたりする大型のや、機体内に持っている小型のリアクターが、他の人型機械を呼び寄せるって考えている、リアクター排除主義が幅を利かせている村でもあるわ」
「流石は情報官二人と組織のリーダー。詳しい解説を、ありがとう」
ついお礼を言った後で、キシは謎に思ったことがあった。
「でも、ハンディーって機械で大会を開くんだよな。リアクター排除主義なら、何を動力としているんだ?」
「人型機械の非常用電源である電池を使って動くのよ。私たちが乗ってきたトラックも、その電池で動いているのに気づかなかったの?」
「そういえば、エンジン音なかったな。俺とビルギ以外は、ぐーすか寝るぐらいに車中は静かだったっけ」
「ね、寝ちゃったのは本当だけど、ぐーすかなんて寝息立ててないわよ!」
「じゃあ、口から涎を垂らして――」
「ぎゃわー! 天下の往来で、なに恥ずかしいこと暴露しようとしているのよ殴るわよ!」
「――非難から脅しまで一息だったな」
「まったくもう。あの慈悲深い『赤目』が、こんなにからかってくる人物だとは思わなかったわ」
ブツブツと文句を言うティシリアの姿に、キシだけでなくビルギも笑顔になる。
唯一、アンリズが真面目な顔のままだった。
「ティシリア。大会に出場する人たちの情報収集に行ってくるから。後で作戦に役立てて」
「分かったわ。こちらはヤシュリ爺ちゃんたちを連れて、ハンディーを受け取りにいくわ。集合はトラックの前ね」
アンリズは頷くと、巨岩が散在する村の道を歩き去っていった。
残されたキシたちは、トラックの調子を確認していたヤシュリとタミルと合流後、村の中にある工場へ向かった。
ハンディーを作っているという工場も、くり抜いた巨岩の内側に存在していた。
中は、鉄骨やチェーンクレーン、各種作業機器があるため、天井と周囲の壁が岩なことに目をつぶれば、キシの元の世界の町工場のようにも見えなくはない感じだった。
大会目前という時期なため、作業員たちは工具や部品を手に忙しく工場内を駆け回っている。
喧騒の輪の外からその様子を見ていたキシは、ある機械を見ていた。
それはぱっと見、二足歩行と二つの腕がある、小さなロボットだ。
しかしよくよく観察してみて、キシはその機械の元が何なのかに気付いた。
「あれって人型機械の手か。あー、だから『掌』なのか」
キシが納得して呟くと、ティシリアが補足を入れてきた。
「人型機械が戦闘を行った場所には、腕がかなりの頻度で落ちているの。それを拾って、作業機械に作り直したものがハンディーなの」
「戦闘時、頭やコックピットに敵弾や刃が直撃しそうなとき、緊急措置で腕を盾にするのが常識だもんな。そりゃあ、戦闘後には腕の一つや二つ手に入るよなー」
なるほどとキシが頷いていると、工場の責任者らしき白髪をオールバックにした気難しそうな初老男性が近寄ってきた。
「誰かと思えば、ティシリアがいるってことは『知恵の月』の連中か。頼まれていた機体はすでにできていて邪魔だったからな。外に置いてあるぞ」
「受け取る前に聞いておくけど、完品のハンディーよね」
「腕も足も、操縦桿もちゃんとついているよ。まあ、払いが悪るかった分、くたびれている物しか入手できんかったがね」
付け加えられた言葉に、ティシリアが驚きの声を上げる。
「ちょっと! 相場通りのお金を渡したはずよ! それなのに中古品ってこと!?」
「確かに相場通りだったが、あれは大会が告知される前か、終わった後の値段だ。大会期間中は、予備機やパーツ取り用に需要が高まって値が上がるんだ。情報を売りにする抵抗組織なら、経済心理もちゃんと把握しておけ」
「ぬぐぐぐっ……。機体はちゃんとあるのよね。それならいいってことにするわよ」
レジスタンスのリーダーといえど、ティシリアは十代半ばの少女である。こういった失態が起きてもおかしくはない。
「……そもそも、俺を捕まえる前は借金だらけだったことを考えると、以外とポンコツなんじゃ」
「キシ。なにか言ったかしら?」
「いやいや、なにも。いやー、どんなハンディーなのか、たのしみだなー」
キシは横を向きながら、工場の老人を急かして機体がある方向へと向かった。
工場の裏口からすぐのところに、一台のハンディーが体育座りのような格好で存在していた。
キシが改めて近くで確認すると、手首の部分を上、指先を下にした形で人型機械の手の姿を保っているものの、まったくそのままというわけでもないようだった。
手の甲が機体正面となっているが、視界確保用のスリットが横一字に穿たれている。手の内には縦長の箱が溶接されていて、その箱の中に操縦桿とフットペダル、車の椅子に似たシートベルト付きの椅子が備え付けられている。
人差し指が右足で薬指が左足の形だが、第一関節から先が切除されていて、短くなっている。その切り取った部分は、右腕となる親指と左腕となる小指の先に取り付けられていて、通常より長くなっている。
残った中指はというと、手の内に接合された箱を下から支える支柱であり、指先にはステップ替わりの板がついている。仕組みとしては、人が乗り込んで電源を入れると、中指の先がさらに曲がり、開放されている箱の背面を指先の板で蓋をすることになる。
足の部分が短くて、腕が地面につきそうなほど長いフォルムは、可愛らく見えなくもない。
ハンディーのそんな姿を、キシは初めてのオモチャを見かけた男子のような顔で見つめ、そして違和感を持った。
「指の形がバラバラだよな、どう見ても?」
「そうね。ちょっと、どういうこと?」
ティシリアが問いかけると、工場の老人は面倒くさそうに後ろ頭を掻く。
「これが安値の理由だよ。中指と掌は共通の機体だが、それ以外は別々の機体のものを流用した、いわゆるパッチワーク機ってやつだ」
その説明に、ティシリアは半目を向けて、声を潜めてキシに耳打ちする。
「それって大丈夫なの?」
「人型機械で考えるなら、手の指を別々の機体でやるのは、おすすめされないな。機体によって指のモーターに差があるから、開閉する動きにバラつきがでるんだよな」
「じゃあ、欠陥機ってこと?」
「手として考えたら欠陥だけど、ハンディーっていう機体と考えると、事前評価はしずらいな。なにせ、乗ったことがないから」
「ハッキリしない物言いね」
ティシリアは眉を寄せた後で、意見を求めるようにメカニックの二人に視線を投げる。返答は、肩をすくめる、だった。
キシたちから芳しい言葉が返ってこなかったため、ティシリアは工場の老人に不満そうな顔をする。
「他のハンディーはないのよね。なら、代金の払い戻しは――」
「おいおい。払い戻し不可って条件で値切ってきたのは、そっちだぞ。応じられるわきゃないだろ」
「――そうだったわ。仕方がないから受け取るけど、ちゃんと動くのよね?」
「料金分はしっかりと仕事してあるよ。動かしてみな。不満は出ないと思うぞ」
自信ありげな老人の言葉を受けて、ティシリアはキシに手ぶりで指示した。
「乗れってことね。分かった。いやー、初じめて運転する機体だから、ドキドキするなー」
「初めてって、ハンディーに乗るのがかい? おいおい、転倒させて壊しても、直すのは別料金だからな」
「平気ですよ。運転するの、得意ですから」
老人の忠告を、キシはひらひらと手を振って応じると、ハンディの背中側から箱の中に入る。
ざっと内装を見て、キシは一つ頷く。
「人型機械の中に、同じようなコックピットがあったな。ってことは、始動ボタンはこれか」
ぐっと丸ボタンを押し込むと、ハンディーの各部に電力が行きわたり、機構が起動準備に入る音がした。
キシが椅子に腰かけてベルトを着け、左右一本ずつある握り、フットベダルを軽く押し込む。
ハンディーは長い両手を地面に着いた後で両足の下を地面につけ、ゆっくりとした動きで膝を伸ばしていく。体を逸らして直立体勢へ移行していくが、上半身が重いため、その動きはゆっくりとならざるを得ない。
少し時間はかかったものの、キシはハンディーを立ち上がらせることに成功した。しかし、どこかフラフラしている。
危なっかしい様子に、ティシリアが声をかける。
「キシ。動かしてみてどう?」
「面白いな、コレ。重量バランスは滅茶苦茶なのに、姿勢制御用ジャイロの反応がないから、細かく操縦しないと倒れちゃいそうだよ」
言った内容のわりに、キシの声色は喜びに満ちたものだった。そのうえ、運転を楽しんでいる様子で、ハンディーを一歩一歩と歩かせ始める。
両手でバランスをとり、よちよちと歩く姿は、まさに赤ん坊のようだった。
しかし秒が経つごとに、キシはハンディーの運転の勘所を掴んでいき、よちよち歩きがしっかりと歩みに、歩きが小走りに、小走りが全力疾走へ。やがて、踊るようにターンしたり、軽く跳んでみたりする。
その上達ぶりに居合わせた面々は驚いていたが、メカニックのヤシュリがキシへ声を荒げた。
「こらぁ! ワシらが確認する前に、無茶な軌道をするでないわ!」
「ごめんなさーい。じゃあ、ゆっくり歩きで移動しますねー」
喜色満面の声を返した後で、キシは宣言通りに動きを緩める。そして、各部に負担が少ない歩き方で、ティシリアたちがいる場所まで戻ってきた。
ここまでの動きを見ていたティシリアは、工場の老人に笑顔を見せた。
「じゃあ、アレ。乗って持って行っちゃうから。キシ、トラックの場所まで歩かせちゃってー!」
「……あ、ああ。問題がなくてよかったよ」
老人の半ば呆然とした返事に、キシがあれほど上手く操れるほどの性能は、あのハンディーにはないと考えていたことが透けていた。