八十八話 休憩所で準備会議
ティシリアの両親からもたらされた情報から判明した、飛行機の発着場があるらしき場所へ向かうには準備が必要と、『知恵の月』の一同は運営する休憩所に戻ってきた。
経営を任せっぱなしになってしまっていた『砂モグラ団』は、ティシリアの顔を見て嬉しそうな様子だった。
「いやー、戻ってきてくれてよかったぜ」
「その言い方だと、なにか問題が起こったの?」
「いんや、なにも起っちゃいないさ。けど、こうして雇われ店長やらされているとよ、オレたち自身、自分が傭兵ってことを忘れそうでな。あんた達が返ってきたら、総出で害獣狩りにでも出かけようって話をしてたんだよ」
「そうなのね。でも、ごめんなさい。たぶん、すぐに別の場所に行くことになるわ」
ティシリアが事情を話すと、『砂モグラ団』のリーダーは小難しい顔つきになる。
「ふむっ。飛行物体が集まる建物に行きたいってわけか。理由は分かったが、それならオレたちを先に偵察に出しちゃどうだい?」
唐突な提案に、不信感からティシリアの眉が寄る。
「折角の独占情報なのに、教えるわけないでしょう」
「おいおい、ティシリアちゃんよお。これは『悠々なる砂竜』から教えてもらったことだから、独占ってわけじゃねえだろうがよ。それに、あそこは巨大な組織だから幹部が黙っていようと、ヒビが入った器みたいにチョロチョロと、情報が下っ端に漏れるもんなんだぜ」
「それがどうしたのよ」
「情報が漏れているのに、ティシリアちゃんの両親以外に動きがないってことは、この案件を『知恵の月』に任せることが『悠々なる砂竜』の総意って考えられる。ここまではいいか?」
確認にティシリアが頷きを返すと、『砂モグラ団』リーダーは安堵した様子で続きを語り始める。
「総意で決まった案件を、横からしゃしゃり出てかっさらおうとする輩が出た場合、巨大組織『悠々なる砂竜』はどうするよ?」
「横入りしてきた組織に警告したり、彼らの物資の流れを止めたりとか、色々な方法を使って妨害するわ」
「その通り。そこまで理解してくれたら、オレたち『砂モグラ団』が『知恵の月』を裏切って、その飛行物体が来る場所を手に入れてもうま味がないってわかんだろ」
「よしんば入手することができても、『悠々なる砂竜』が力任せに奪取し返すわね。そして、そういった道理を弁えているから、『砂モグラ団』は『知恵の月』を裏切らない、って言いたいわけね」
「だから、安心して偵察を任せてくれよ。話を戻すが、休憩所の経営ばっかりじゃなくて、こういった依頼で俺たちが傭兵だってことを思い出させてくれよ」
ティシリアは、『砂モグラ団』リーダーの言葉を、考えるに値すると判断した。
そして、万が一にも彼らが裏切った場合も考慮に入れてから、決断を下す。
「わかった。あなたたち『砂モグラ団』に、飛行物体が着陸する建物の偵察を依頼するわ。けど、偵察だけよ。敷地内に入ることはダメだからね」
「ちゃんとわかってるって。オレたちだって命は惜しい。見るだけで、ちょっかいなんてかけやしないよ。つーわけで、早速値段交渉に入るとしようぜ」
「そっちが頼んできたのに、依頼料を払わなきゃいけないって、押し売りも良いところよね。まあ、傭兵に依頼するからには、ちゃんとお金は払わなきゃだけど」
『砂モグラ団』リーダーとティシリアは値段交渉を行い、『砂モグラ団』側からの持ち掛けということもあるし、ティシリアの方も支払いをケチる理由がないため、さして難航することなく決着した。
「それじゃあ、頼んだわよ」
「任せとけって。ちゃんと定時通信は入れるから、心配しないでくれよな」
『砂モグラ団』が偵察に動き出す。
一方でティシリアも、『知恵の月』一同と会議して、詳しい行動予定を立てることにした。
定住する人も多くなった休憩所で、ほぼ唯一他の人の目がない閉め切ったカーゴの中で、『知恵の月』は会議を行うことにした。
「議題は、もらった情報にある『飛行物体の発着場』を占拠し、人型機械の親玉に通じる情報を得るには、どんなことをしていたらいいかよ」
ティシリアの発議に、最初に手を上げたのはキャサリンだ。
「その場所が本当にあるのか、あってもどんな機械が待ち受けているか、こちらは知らないんだから、考えようがないんじゃないのん?」
「その点は心配いらないわ。『砂モグラ団』が先行偵察にでてくれることになっているの。時間を置けば、向こうがどんな様子か、情報が入ってくるわ」
「でも、それまで何も知らないわけよね~。じゃあ、情報が来るまで、会議はお預けってことでいいんじゃないかしらん」
キャサリンの言葉は正論ではあったが、ティシリアは了解しなかった。
「情報がくるまで無為に過ごすのは時間の無駄よ。情報がないなら、ないなりに準備のやりようはあるはずよ」
「そう言われてもねん。今回の件でワタシができそうな準備って、ドドンペリの習熟に努めるぐらいじゃないかしらん」
キャサリンが漏らした言葉に、ティシリアは大きく頷く。
「そういうのでいいのよ。発着場に行ったとき、なにか役に立ちそうなことやものを、準備しようって話なんだから」
会議の方向性が決まったことで、『知恵の月』の面々は言葉を発しやすくなった。
「それじゃあ僕は、飛行物体を見た人の情報を集めるとするよ。もしかしたら、発着場に関係する情報が得られるかもしれないしね」
「それなら、こっちは『悠々なる砂竜』の内部情報を集めるわ。空飛ぶ機械が集まる場所を押えて、なにをするのか気になるし」
「ワシらは整備じゃな。『砂モグラ団』に使わせていた機械の面倒を見とかなきゃいかん」
「工場施設から持ってきた資材も、この休憩所で活用しないといけないしねー」
「発着場とやらには建物があるという。なら、屋内戦闘の復讐をせねばな」
「『砂モグラ団』がいなくなるっていうのなら、休憩所の警備もやらないと」
「いっそのこと、ここに住み始めた人を雇っちゃったらどう?」
ほぼ全員がワイワイと賑やかに楽しく会話している横で、キシは腕組みして考えていた。
(なんか、この飛行機の発着場の件は唐突な気がするし、誰かの思惑が絡んでいる気がするんだよなぁ)
それが誰かと考えるが、キシはすぐにわからなくなってしまう。
(ティシリアの両親が企むにしては、遠回りにすぎるよな。『知恵の月』を潰したいなら『悠々なる砂竜』のマンパワーを使えばいいんだし。では、この情報を『悠々なる砂竜』に伝えた人物が怪しいと考えてみるけど、『悠々なる砂竜』は巨大組織なんだから、怪しい人物からの情報をそのまま伝えてくるってことは考えづらいんだよなぁ)
他に目ぼしい容疑者も見当たらず、キシは嫌な予感について考えることを放棄する。
その代わりに、なにが起きても大丈夫なように、装備を見繕うことにした。
そして、ティシリアに発言の許可を求めるように、キシは手を上げる。
「なにか要望があるのかしら?」
「要望っていうか提案なんだが。この運搬機を、発着場までの移動に使わないか?」
ティシリアにとって、キシの発言内容は予想外だった。
「念のために言っておくけど、この運搬機のリアクターのお陰で、この休憩所は十分な食事と水と電力をまかなえているのよ。これを移動手段に使っちゃったら、休憩所の経営はど唸ると思っているのよ!」
「難しいと分かっているからこそ、『提案』しているんだ。一度よく考えてみてくれよ、運搬機で移動する利点と欠点を」
キシに促されて、ティシリアは真面目に考えていく。
まず欠点。食料と水と電気を生み出すリアクターがなくなることで、休憩所の経営が危うくなる。定住しようとしている人たちからの突き上げもあることだろう。経営に陰りが現れれば、収入が落ち込んでしまう。
次に利点。その飲食物と電力を生み出す存在を、傍らにおけること。内蔵しているハンガーのお陰で、キシやキャサリンたちが乗る人型機械が破損しても修復が可能。戦闘の際、戻って来さえすれば、貯蔵している武器や弾薬をすぐに補充できる。トラックにはない防衛用の機銃があって、戦闘力があること。そして、人型機械を内蔵できるため、キシやキャサリンたちを運転させずに休ませることが可能。
その他にも、色々な考えが思い浮かび上がっていく中で、ティシリアはカーゴの運用に多くの利点があると判断した。
「軽率に決定はできないけど、ビルギとアンリズと一緒に考えてみる必要があるわ。この休憩所を閉鎖することも視野に入れてね」
大胆な発言だったが、『知恵の月』の面々は驚いていなかった。
それどころか、キシの提案をより深く考えていき、飛行機の発着場の占領に有用かどうかを話し合っていく。
こうして、『砂モグラ団』からの偵察情報がくるまで、『知恵の月』は会議と準備を繰り返して行うことになっていった。