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八十七話 ティシリアの両親

 工場施設を売る先で『悠々なる砂竜サンドワーム』の幹部――ティシリアの両親が、大戦力と共にやってきた。

 近づいてくる彼らの姿を、キシは布魔に乗って警戒含みで見ている。


「骨組み式の荷台に、ハンディが十数機詰まったトラックが一台。バギーに似た車が二十台ほどあって、それら全てに運転手と射撃手が一人ずつ。荷台に重機関銃が溶接されているピックアップトラックが十台ほどあって、その荷台や運転席や助手席にも人がいる。それら車に比べて、人型機械は四機と少ないな」


 大まかな人数と機械の数を確認したキシは、通信でティシリアに報告した。


『――って具合に、かなりの大人数で来ているぞ』

『報告ありがとう。でも、『大人数』ってほどじゃないわよ。『悠々なる砂竜サンドワーム』の基準で考えたら、一部隊ぐらいな規模だからね。きっと、この施設の防衛任務にあたる人員だけ連れてきたんだとおもうわ』

『あれで、一部隊だっていうのか?』

『『悠々なる砂竜』は超巨大な抵抗組織レジスタンスだもの。抱えている人員だって多いわよ』

『『知恵の月』とは、規模が違うんだな』


 しみじみと感じ入っている感じのキシの発言に、ティシリアはムッとした声で通信を返してきた。


『言っておくけど、巨大組織って人が多い分だけ色々と息苦しいのよ。中小の抵抗組織に参加している人の多くは、気風が違うって、巨大組織とかかわりたくないって思っている人が大半なんだからね』

『わかったよ。ティシリアが古巣のことを苦手に思っているってことは』

『そういうことが言いたいんじゃないわよ!』


 お気楽な通信をしていると、『悠々なる砂竜』の先頭が布魔が持つアサルトライフルの射程内に入った。

 キシは警備手順として、布魔に銃器を持ち上げさせて、照準を『悠々なる砂竜』の先頭がいる方向へ向け、やや銃口を上にずらす。


『ティシリア。向こう側に、誰何の通信を』

『すでにやったわよ。いまは返信待ち。そして念押しで言っておくけど、向こうが舐めた態度で返信してきたら、キシは遠慮なく撃ち込んじゃいなさいよ』

『その点は了解しているけどさ。本当にいいのか?』

『良いに決まっているじゃないの。こっちは施設の売り主で、あっちは買い手よ。組織の規模がこちらのほうが小さいからって下に見て、傲慢な態度をとるような相手だったら、痛い目を見せなきゃ『知恵の月』の沽券にかかわるわ!』

『……ちょっと前まで借金漬けだった組織の沽券に、どれほどの価値があるのやら』

『キシ! その独り言、こっちまで聞こえているわよ!』

『おっと、しまったしまった』


 キシはおちゃらけた言葉を返していると、接近してきていた『悠々なる砂竜』が突然速度を緩めた。

 何かしてくるのかとキシが警戒していると、ティシリアの舌打ちが通信でやってくる。


『ちぇっ、まともな挨拶文が返ってきちゃったわ。子供が親にふてぶてしい態度を取るなんてって、怒ってくるかと思ったのに』

『それはティシリアの両親がってこと?』

『違うわよ。親の周りにいる人たちがよ。あの人たちって、私のこと今でも小娘だと思っているのよ。いやになっちゃうわ』

『女性って、年若く扱われる方が好みだと思っていたんだけど、違うのか?』

『そりゃあ私にだって、老けて見られたくないって欲求はあるわよ。けど、それと子ども扱いされることは別なの』

『一人前の淑女レディとして扱われたいわけね』


 キシは返事しながらも、そういう反応をするから子ども扱いされるんだろうなと、言葉に出さずに思う。

 なにはともあれ、ちゃんとした返事がやってきたということなので、キシは布魔にアサルトライフルを下ろさせた。

 すると、『悠々なる砂竜』は緩めていた速度を元に戻して、工場施設へ走り寄ってくる。

 程なくして、施設の出入口で『知恵の月』と『悠々なる砂竜』は相対することとなった。

 少人数である『知恵の月』に比べて、『悠々なる砂竜』は大団体のためかなり威圧感がある。それにもかかわらず、ティシリアは堂々とした態度で前へ出る。


「ようこそ、はるばる遠い場所までお越しくださいました。私が、当施設を売りに出しました『知恵の月』の代表、ティシリアです。そちらの代表者はどなたでしょう?」


 丁寧口調ながらも慇懃無礼さが感じられる物言い。

 『悠々なる砂竜』の人員の中で、数人が苛立ったような顔つきに変わる。

 しかし彼らの先頭に立つ二人の人物が、その空気を感じ取った様子で、後ろの人たちへ向かって身振りを送る。そして片方の人物――燃えるような赤い長髪を風に流して立つ、四十歳手前ぐらいに見えるカーゴパンツに砂色のシャツを着た女性が、筋肉の筋が浮かぶ腕を腰に当て、豊かな胸を突き出すようにして張りながら、大声を出す。


「安い挑発に乗るんじゃないよ! 思春期かつ生理中の小娘だって、そんなに怒りっぽくはないよ! まったく、肝っ玉とキンタマが小さいヤロウどもだねえ!!」


 飛び出てきた下品な言葉に、キシは布魔のコックピットの中で眉を寄せる。女性でこうもあからさまな物言いをする人物と遭遇することが、人生で初めでだったからだ。


「強烈だな。っていうか、前に立っているあの二人が幹部っぽいんだから、あの人たちがティシリアの両親ってことか?」


 キシは訝しがりながら、もう一方の人物――優しそうな微笑みを顔に浮かべつつも、どこか揺らがぬ芯を表す目の光がある、スーツに似た服を着た四十代の中肉中背の男性――に目を向ける。

 彼は怒る女性の肩に手を乗せて、注意するべく軽く揺すった。


「ほら。久しぶりに愛娘に会えてテンションが高いのはわかるけど、部下をどやしつけちゃダメだって」

「だ、誰のテンションが高いだって!? 別に、しょんべん垂れなティシリアに会えることが楽しみだったわけないし!」

「ん~? それは本心で言っているのかな??」


 丁寧な口調で男性が質問すると、女性はうろたえた。


「そりゃあ、この股の間からひり出した子だよ。会いたくなかったって言ったら、そりゃあ嘘だけどさ。でもほらさ、アンタにもわかるだろ?」

「大組織の幹部が私情を出すと、下に示しがつかないって言いたいんでしょ。まったくキミは、そういう見栄っ張りなところは直したほうが良いって言っているのに」

「う、うん。でもさ、先頭に立ってクソ野郎どもを引っ張ることが、アタシの役目ってやつだからさ、弱いところなんて見せたくないんだよ」

「素のキミの方が、とっても魅力的だと、僕は思うんだけどなあ」

「も、もう、なに言ってんだい! こんな大勢の人の目がある場所で……」

「そういう照れた顔がそそるよ、ヘジアンヌ」

「こ、こんなガサツで口が悪い女を口説くなんて、今も昔もタァヒムぐらいさね」


 急にイチャイチャし始めたヘジアンヌとタァヒムに、周囲の人たちは反応に困った様子である。

 その中で、うんざりとした表情で声を掛けたのは、彼らの娘であるティシリアだった。


「母さんに父さん。相変わらず仲が良い様子で安心したけど、いまはお互いの組織の取引を優先してくれないかしら」


 少し冷たい言い方だが、これが逆にヘジアンヌを通常の調子に戻してくれた。


「おおー、アタシの可愛い娘! 少し見ない間に、おっぱいが少し大きくなったんじゃないかい。夜な夜な愛しい人に揉まれでもしているんだろうね」

「揉ませる相手なんていないわよ。単純に成長しているだけ!」

「あっはっはー! なんだ、色恋はまだなのかい! いいよぉ、愛しい人を得るってことは。いい人がいないようなら、紹介して上げてもいいんだよ?」

「不必要よ。必要に感じたら、自分自身で探すわよ!」


 母娘の言い争う様子を、横でタァヒムが微笑ましそうに見ている。


「いやぁ。やっぱり無理を言ってここまで出張ってきた甲斐があったよ。こんなに嬉しそうなヘジアンヌ、子供たちが独立してから見たことがなかったからね」

「ちょっと、アンタ。アタシが子離れできていないような物言い、しないおくれよ!」

「そうかい? 子供が離れて寂しいからって、キミは高齢出産上等って僕に襲い掛かってきた気がするんだけど?」

「ば、馬鹿! 娘の前で、親の情事を赤裸々に語ってどうするんだい!」


 焦った様子でヘジアンヌは様子を伺うが、ティシリアの方は慣れた態度だ。


「母さんと父さんが仲いいことは、よく知ってるわよ。むしろ、いま二人の腕に赤ん坊が抱かれていないことに、ちょっと驚きを感じているわ」

「年齢が年齢だからね。なかなか命中とはいかなくてね。そのぶん、数はこなしてみているのだけど、幸運は訪れてないね」

「ちょっと、なんで二人して、平気でそんな話題をしていられいるのさ。恥ずかしくて顔から火が出そうだよ!」

「母さんって、昔と変わらず恥ずかしがり屋なのね。口を開けば下品な言葉が飛び出てくるのに」

「それは、下品な言葉が行き交う環境で育った所為だからね。口は下品でも、心根はかなりの乙女なんだよ」

「うっせえ、うっせえ! 二人ともその口を閉じろ! さもなきゃ『ピー』を口に突っ込んででも、黙らせてやるからな!」


 赤い顔で涙目になりながらのヘジアンヌの抗議を受けて、ティシリアとタァヒムはからかうことを止めた。


「さて、じゃあ、取引の話に入りましょう。あのあと、色々とオマケは追加しているけど、値段はオークションで競り落としたままでいいわよ」

「値上げなしとは有り難い。料金は一括でかい? それとも分割も可能かい?」

「こちらはお金に困っているわけじゃなくて、この施設を早く手放したいだけだから、分割でも応じるわよ。でも分割の提案なんて、資金繰りが苦しいの?」

「いいや、資金は潤沢で一括でも払えるよ。いまのは、そちらの経済状況を把握するための弁術だよ」

「じゃあ、一括でいいのね?」

「いいや、分割でお願い。支払額がかなり大きいからね。一括で払っちゃうと、一時的に手持ちが枯渇することになっちゃうから」

「わかったわ。分割でいいわ。それも十回払いで」

「助かるよ。持つべきものは、優秀な娘だね」

「あら、お兄ちゃんのことは?」

「アレは、自分が手を伸ばせるものをすべて使おうとする悪癖があるし、色々とやり方が過激だからね。自分の持ち物だけを使うならいいけど、他人のものまで使おうとするから、しわ寄せがこっちにまで来てね。正直困っているんだよ」

「じゃあ、私がお兄ちゃんを助けちゃったのって、お父さんにしたら悪かったのね」

「そうでもないさ。特性を把握していれば、付き合い方もわかるというものだよ。アレはアレで、距離を置いた関係なら、有効に働くから重宝するんだよ?」

「ふーん、まあいいわ。とりあえずこれで、取引は正式に決定ってことよね」

「ああ、良い取引だったよ」


 二人が握手をすると、隣ではヘジアンヌが話についていけてなかった。


「え、えっと。とりあえず、話はまとまったんだな。よかったよかった!」


 悩みが少なそうな感じで大笑いするヘジアンヌに、ティシリアは近づいて、急に抱き着いた。


「お、お? なんだい、ティシリア。離れていたから、このオッパイが恋しかったのかい?」

「そうじゃないわよ。また離れ離れになるから、母さんが寂しがらないようにって、私の成分を補充させてあげているのよ」

「そうかい。じゃあ、遠慮なく補給させてもらうとするよ」


 ギュッと力を入れてヘジアンヌは抱きしめ、そしてチュッとティシリアの頬に唇を当てた。


「なにか大変なことがあったら、アタシを頼ってきなよ。この腹を痛めて生んだ子を、絶対に見捨てたりなんかしないからね」

「ありがとう、母さん。でも、要らない心配よ。これでも私、抵抗組織の頭を張っているのよ。幹部の母さんよりも、上の存在なんだから」

「あっはっはー! よく生意気言えたね、流石はアタシの娘だよ!」


 バンバンとティシリアの背中を叩いてから、ヘジアンヌは抱き寄せていた腕を放した。


「お互いに忙しい身だから、今日すぐに分かれなきゃいけないけど、餞別代りに情報を一つやるよ。アンタ!」

「はいはい。ティシリアたち『知恵の月』は、空飛ぶ物体を追っていたよね。その関連で、ムディソンの計画に参加することになったんだよね?」

「その通りだけど、それがどうかしたの?」


 訝しげにするティシリアに、タァヒムは笑顔で告げる。


「それならよかった。『知恵の月』が、人がいない場所を探して大変な施設を見つけたって情報を受けて、僕ら――といっても違う部隊なんだけどね――が探し回ったんだ。そしたら、空飛ぶ物体が発着する施設を見つけんだよ。その場所、教えて欲しくないかな?」


 爆弾級の情報に、ティシリアは喜ぶと同時に警戒した。


「欲しいわ。けれど、引き換えに何が欲しいのかしら?」

「君らは、この施設のように、その発着場を制圧してもすぐに売り払うはずだ。その売り先を、こちらに固定してくれるだけでいいよ」

「売る相手ってことは、お金を払って購入してくれるってことよね?」

「もちろん。この施設の購入代金ぐらいのお金を、そちらに払うよ」


 うま過ぎる話に、ティシリアは警戒を強めて、そっとヘジアンヌに視線を向ける。

 娘であるティシリアは知っていた。タァヒムは話術に優れた相手だが、ヘジアンヌは隠し事ができない性格なため、彼女の顔色や仕草を見れば罠かどうかがわかることを。

 そうして様子を伺った結果、これは罠ではないと確信に至った。


「――わかったわ。その情報を頂戴。でも一応言っておくけど、その発着場とやらを制圧できるかは約束できないわよ」

「もちろん、それでいいよ。ああでも、制圧を諦めた場合、その原因や理由を教えてくれることぐらいはしてくれると嬉しいかな」

「それぐらいは約束するわ。じゃあ、詳しい情報をお願い」


 こうしてティシリアは、人が大会の親玉が操る飛行機が、次々に発着しているという場所を入手することに成功したのだった。

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