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八十六話 売り先と撤収準備

 地下工場施設の売り先が、ようやく決まった。

 このことで一番喜んだのは、襲ってくる者がいるたびに出撃しなければいけなかった、キャシーとキャサリンだった。


「あーん、これで襲撃してくる人がいなくなるからぁ、安心して眠れるわ。しばらくはぁ、コックピットにも座りたくないわね」

「連日の戦闘の疲れで、目の下にクマができちゃったわよん。ワタシたちの苦労をねぎらいなさいよお~」


 茶目っ気たっぷりの身振りと口調で言う二人に、『知恵の月』の他の面々は思わず笑いそうになってしまう。

 その空気を引き締めるために、ティシリアは咳ばらいをした。


「こほん。売り先が売り先だから、そう喜んでばかりもいられないのよ」


 キシは、てっきりティシリアも大喜びしていると思っていたので、その苦い表情を見て意外に思った。


「売りたくない相手ってことか?」

「そういうわけじゃないわ。オークションに参加していた組織の中で、一番まともかつ一番巨大な抵抗組織レジスタンスよ。売る相手としたら、金払いと信用はトップクラスよ」

「でも、ティシリアは売りたくないんだろ?」

「売りたくないわけじゃないのよ。ただ、この取引の責任者と会いたくないというか……」


 理屈が通らない理由に、キシは首を傾げる。


「どういうことか、説明してくれないか?」


 そう話を向けた先は、情報官であるビルギとアンリズだ。


「えーっと、どういったらいいんでしょうか。組織には問題がないんですけど、ティシリアの個人的な感情といいますか」


 ビルギが苦笑いで言葉を濁すが、アンリズは対照的にハッキリと言葉を繋げていく。


「要するに、その組織っていうのは、ティシリアと私たちの古巣なの。特に、今回この施設を引き取りに来る人物は、ティシリアの両親なのよ」

「あー、なるほど。親が出張ってくるんなら、ティシリアの心情だって穏やかじゃいられないよな」


 キシがしきりに頷いていると、ティシリアの頬が不満で膨れた。


「むぅー! そんなんじゃないわよ! 仕事の話だけなら、親相手にだって立派にこなして見せるんだから!」


 威勢の良い啖呵だが、キシはその言葉の中に気になる点があった。


「仕事の話だけなら――って、仕事の話じゃないこともするわけか。ちゃんと食べているかとか、周りの人に迷惑かけていないかとか言われたりするのか?」


 キシが離れている息子や娘に向ける典型的な気遣いの言葉を上げると、ティシリアが真っ赤な顔色になる。


「それも言われるけど! 『知恵の月』を解散させて『悠々なる砂竜サンドワーム』に戻って来いって、いっつも言ってくるのよ! これが一番許せないのよ! こっちはちゃんと、組織の頭を張っているいるっていうのに!」


 過去のことを思い出したのか、カンカンになって起こるティシリア。

 しかしキシは、去りもありなんという態度をとる。


「俺が参加する前は、『知恵の月』は借金漬けだったっていうしな。親御さんにしちゃ、事業に失敗した子供を救いたいって思って言っていたんだろうな」


 つい考えが口について出てしまったが、それに賛同する声がビルギから上がった。


「本当に、キシが言う通りですよ。あの当時は色々と災いが重なりましてね。古巣に援助を頼もうとしたんですけど、ティシリアが『そんな真似できない!』って意固地になっちゃって、余計に傷口が広がっちゃって……」

「その口調からすると、傷口を縫う役目をビルギがやらされたってわけだな」

「大変でしたよ。方々に掛け合ったり、穴埋めできそうにない穴を新たに発見しちゃったりとか。いやー、有り体に言って、砂漠に全裸で放り出されたような気分でしたよ」


 キシが「頑張ったな」と肩を叩いてビルギを慰めていると、ティシリアの顔色がさらに赤くなる。怒りの中に羞恥が加わったためだ。


「そ、それは組織を立ち上げたばかりで、色々と勝手がわかってなかっただけじゃない! それに今は借金がなくなったどころか、休憩所の経営、お兄ちゃんを救出した謝礼金、この施設の売却で多大な貯金があるわよ!」


 真っ当な主張だが、ビルギには別の言い分があった。


「ティシリアの作戦立案能力は買っていますが、ここ最近の作戦はキシに多大な負担を強いているじゃないですか。いわば、ほぼキシのお陰ということじゃありませんか」

「それだって、高価なリアクターを購入してでも電磁波爆弾を作ったから、キシを仲間に引き入れられたんじゃない! それに、仲間の実力を把握して、それを十全に発揮させてあげることは、組織の頭として重要な手腕でしょ!」

「ティシリアが『兄を助けて』と無茶を言ったから、ファウンダー・エクスリッチは大破して、キシ死亡説が情報として出回る羽目になったんですけど?」

「うぐっ。そ、その点は反省しているわよ。どこか、キシなら大丈夫だって甘えがあったのよ。けど、これからは同じ轍は踏まないわよ。私はちゃんと学んだんだから!」


 言い返しつつも、旗色が悪いと感じたのだろう、ティシリアは強引に話を変える。


「そんなことよりも、売る相手が決まったんだから、引き渡した後ですぐに私たちの休憩所に戻れるように、撤収準備を進めていてほしいの。だから、ほら、行動開始!」


 無理矢理感が強い号令に、『知恵の月』の面々は困惑したような表情をしてから、ノロノロと撤収する用意を始めた。

 キシも布魔に乗り込んで、機体運搬用トラックの荷台に、ヤシュリとタミルが厳選した工場施設から取っておいた資材を積んでいく。機体のフレームは関節ごとにバラバラにした状態で重ね、リアクターも数個載せる。もちろん、トラックが走行したり揺れたりしても、荷台に作った生活用の建物に干渉しないよう、資材を的確な場所へ置いてある。

 続いて、施設内にいた人型機械たちから回収した弾薬が入った箱がいくつかあり、その一つを運ぼうとして、キシは少し困った。トラックの荷台がもう一杯に見えたのだ。


『この弾薬箱はどうするんだ?』


 キシの外部音声での質問に、荷台の端に上って積み荷の状況を見守っていたヤシュリが声を張り上げる。


「これ以上、トラックには詰めんから、人型機械の収納部にくっつけておいてくれ」

『了解。なら、余剰重量に余裕があるドドンペリがいいかな。おーい、キャサリン』


 襲撃者が来ないか、念のために歩哨に立ってもらっていたキャサリンに、キシは通信を入れて事情を話した。


『――ってことで、何個かある弾薬箱を、いくつかドドンペリの収納部にくっ付けて欲しいんだけど』

『んまあ! ウチの子のイイ形している体に、そんな無骨なものを貼り付けろっていうのねん! 酷い、人でなし! でも、預かっちゃうわん♪』

『って、預かってくれるのかよ。なら前半の罵倒は、何だったんだよ』


 苦笑いしながら、キシはドドンペリのいくつかある収納部に弾薬箱をくっつけていく。

 両横腰、両太腿の外側、両肩から背中にかけて――合計五箱を、収納部マウントに接続させた。


『とりあえず、これでよし。ホバー移動は出来るよね?』

『試してみるわん』


 キャサリンはドドンペリを動かすと、少し周囲を駆け巡らせていく。

 両足のホバー機構はちゃんと働いていて、砂や岩石の起伏もすんなりと乗り越えられている。


『平気なようよん。まだまだ積めそうな気もするけど、どうするのかしらん?』

『いや。他の弾薬箱は三箱だけだし、布魔とフリフリッツで分けるよ。ありがとう、キャサリン』

『お礼なら、熱いベーゼでお願いするわん』

『お礼をする気が失せるんだけど?』

『唇に、とは言わないから、せめて頬にしてくれないかしらん?』

『完全に失せました』

『あーん、イケずー。ちょっとくらいしてくれたって、いいじゃないの~』


 キャサリンの泣き落としに付き合わずに、キシは撤収準備に戻ることにした。


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