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八十五話 平和な待機中

 作業員を解散させてすぐに、地下工場施設はオークションに出された。

 未完成の人型機械が何十体もあり、構築済みのリアクターはその倍ではきかない数が倉庫にある。

 これほどの好条件の物件と物資が一括で売りに出されたことに、各地の抵抗組織は色めき立った。

 青天井とばかりに値段が上がりに上がり、やがて最大手と呼ばれる組織だけが落札参加できる領域へ。

 落札決着日時まで時間が数日あるというのに、こんな状態になってしまう価値を持つ案件だ。

 オークションに参加できない、ないしは参加せずに様子を見ていた連中が、工場施設を手に入れようと動き出すのは時間の問題だった。


「キシ。また来たようよ」


 ティシリアの報告。

 だがキシは、座らせた布魔の前――地上に設置した椅子に座り、のんびりしていた。


「今回の相手の規模は?」

「武装した車や武装ハンディー数機ね。大した相手じゃないわよ」

「それなら、フリフリッツとドドンペリに任せよう。それで二人が危険だと通信してきたら、俺が出るってことで」

「キャシーとキャサリンに任せるのはいいけど、そうやって怠けていると腕が落ちちゃうわよ?」

「俺の腕が鈍るよりも、二人の腕前が上達することの方が重要だよ。これから先、熟練した運転手プレイヤーを相手にしなきゃいけなくなったとき、総合力がものを言うんだから」

「二人がかりなら、一人の熟練者を倒せるってことかしら?」

「そこまで言わないよ。ただ、二機で相手に隙を作ってくれれば、俺がそれを突けるってことだよ」


 キシが受け答えしている間に、二人の横をフリフリッツとドドンペリが通り過ぎ、襲撃者がやってくる方向へと走っていった。

 真昼間の晴天の下を去っていく後ろ姿を見繰りながら、ティシリアは軽く息を吐く。 


「この程度の戦力が相手なら、二機だけでも過剰戦力だものね。心配することもないんだけどね」

「抵抗組織が使う武器で、ここでの戦闘で問題になりそうなのは、車やハンディーにつけられた武装だ。でも、一撃大破になりそうな強武器はないからね。それに色々な武器を避けることは、とてもいい訓練になるよ」


 キシがあくび混じりで語る姿に、ティシリアは忌々しそうに自分の端末の画面を見下ろす。


「さっさとオークション決着ついてくれないかしらね」

「オークション期間を長めにとったのは『知恵の月』の方だろ」

「私が設定したんじゃないわよ。このほうが高値で売れるし、この施設を守り切れるかどうかを見定めるためだからって、アンリズが決めちゃったんだから」

「でも、最終的にティシリアが了解したんだろ?」

「それは、そうだけど。まさか、こんなにワラワラと襲い掛かってくる連中が出てくるとは思わなかったのよ」

「倒したり逃げていった連中が残した機械に武器や弾薬を拾い集めて、要らないものは『基地』の中に突っ込んで放置しているわけだけど。それも一仕事なんだよなぁ」


 二人が会話を続けていると、視線の先の方で戦闘音が響いてきた。

 風のが砂と台地を駆け巡るときの音ばかりの、余分な雑音が存在しない地帯であるため、かなりクリアに音が届いてくる。


「この音だけ聞くと、花火のようなんだけどなぁ」


 パンパンと鳴ったり、ドンドンと重く響いたりと、たしかに花火に似た音が続いている。思わずそんな感想が出ても、不思議ではない。

 しかしそれは、地球の文明を知っている存在だからだ。


「花火、ってなに?」


 ティシリアの疑問に、キシはどう言い表したらいいのだろうかと頭を捻る。


「そうだな。色を付けた火薬を空に打ち上げて破裂させて、色鮮やかな光を空中に描き出すことってところかな」

「信号弾のようなものかしら?」

「明かりを得るためじゃないし、花火には色々な種類があって、中には植物の形に似せたものがあるんだよ」


 言葉で説明が難しいと悟ったキシは、地面の砂を引っ掻いて線を引き、花火の概要を絵で示していく。

 その絵を見て、ティシリアは彼女なりに花火というものを理解しようと試みる。


「榴弾の筒から発射した弾が、空中で爆発するわけね。そして破裂すると、火薬が発光して広がり、空を明るく映し出すのね。散る光の形の基本は丸、色々な形も作れるのね。面白そうだけど、どうしてこんなことをするの?」

「迫力があるし、夜空に散る光の粒の光景は、息を飲むほど美しいんだぞ」

「ふーん。色々とひと段落ついたら、この花火ってもの、やってみたいわね。ねえ、キシ。火薬に色を付けるって、どうやるのよ。絵具を混ぜるわけじゃないんでしょ?」

「俺も詳しくは知らないけど、炎色反応を利用するんだと思う。火に鉄や他の金属を混ぜると、火が違う色になるって現象なんだけど」


 キシは義務教育で習った科学知識を、ティシリアに伝えていった。

 しかしそれは、花火を作り上げるには不十分なものでしかない。


「やっぱり花火って、色々と謎よね。打ち上げと空中爆発は榴弾を流用すれば可能だろうけど、光る粒を周囲にばら撒くなんてどうやるのかしら? 爆発したときに燃え尽きたりしないのかしら?」

「そう言われてみると、どうしてだろうl地球だったら、調べればすぐに答えが返ってくるんだけどな」


 いまキシがいる世界では、ティシリアが持っているような通信端末は、得た情報の保存以外には、SNSやWeb掲示板に近い仕組みでの他者との交流と、決算用の金銭のやり取りができるプログラムしかない。いわば、交流アプリは動いていても、インターネット自体は存在していないようなものだ。そんな仕組みであるため、情報は常に新しいものに押し流されて、多くのものが人の目には触れられないまま闇に消えてしまう。その消えてしまいそうな情報を集めれば売れると気づいた者もいて、それが『知恵の月』のような情報を扱う組織の設立につながったわけだった。

 ともかく、情報の最先端にいるはずの『知恵の月』が知らないとなると、この世界に花火を作る知恵は本当に存在しないので、困ってしまっているわけである。

 ティシリアもそのことは分かっているため、悩ましい表情に変わる。


「花火を見ようと思ったら、これからいろいろと試してみるしかないわね。差し当たっては『炎色反応』だったかしら。その詳しい発色法の確立からよね」

「金属で色が変わるってことだから、経験豊富なメカニックのヤシュリに聞けば、何かわかるかもしれないな」

「頼るべきは、専門知識を持つ人ってことね。ちょっと聞いてくるわ。キシはキャシーとキャサリンの戦況を見守っててあげてね」


 ティシリアは、花火を作ってみせようと意気込んで、ヤシュリがいるであろう施設の中へと歩いていった。

 キシは言いつけを守り、襲撃者たちを撃退しているキャシーとキャサリンの様子を見守るべく、布魔のコックピットに入り望遠で状況を確かめる。

 いまちょうど、フリフリッツは足元にいたハンディーや車を蹴って飛ばし、ドドンペリは脚部のホバーによって発生する風で人を吹き転がしているところだ。

 敵は大混乱という表現がピッタリの有り様。横倒しになった車やハンディーを乗り捨てて、無事な車に乗り込んで逃げようとする者もでている。健気に抵抗する人もいなくはないが、狙いが逸れたり弾かれたりした弾丸や爆薬が、仲間に怪我を負わせる結果につながっている。


「襲撃者を何度か相手にしたことで、キャシーもキャサリンも少しは機体操作が上達しているな。あとは武器の扱いの習熟のために、人型機械が襲ってきてくれればいいんだけど――そうなったら危険度が増すから、見ているこっちは気が抜けないんだよなー」


 痛しかゆしだと、キシはコックピットの座席に体重を預けて伸びをする。

 先方の戦闘はもうすでに勝負はついたようなものだし、問題が起きそうな気配は微塵もないが、念のためにキシは布魔に乗ったまま待機することにしたのだった。


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[一言] 「そう言われてみると、どうしてだろうl地球だったら、 どうしてだろうl>どうしてだろう?
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