八十四話 発掘された奥
発掘作業を行うこと二十日。
アンリズの脅しが効き、早くも崩落した先に通路が開通した。
とはいっても、全面的に施設の中に入ってきた砂や岩石を取り除けたわけではない。
人が立って入れるぐらいの横穴を、崩落した場所に開通することができただけである。
その報告を受けたティシリアは、すぐに崩落した場所の先にある空間に行くことを決定した。
「向こう側に行くのは、私とアンリズ、そして戦闘部隊の三人よ。他は、作業現場に残って、作業員たちが変な行動を起こさないか監視してて。特に、キシには睨みを利かせる働きを期待しているわ」
意外な要求に、キシは眉を寄せて困惑を表す。
「俺が睨んだところで、怖くもなんともないと思うけど?」
「いやね、そんなの当たり前じゃない。私が言っていることは、キシは布魔に乗って監視してってことよ。作業員たちだって、武装した人型機械が見ていれば、変な行動を起こしたりはしないからね」
「そういうことなら、了解。けど、あまり刺激しない程度に監視するとするよ」
「匙加減は任せるわ。アンリズが締め上げ過ぎたから、ちょっと悪感情が溜まっているようだしね」
「……あれが一番早く、作業をはかどらせる方法だと、情報にあったんです」
揶揄にアンリズが申し訳なさそうに項垂れ、その頭をティシリアが冗談と分からせるように軽く平手で叩いた。
「こうして短い日数で開通できたのは、アンリズの功績よ。誇っていいわ。けど、次はもうちょっと人心に配慮した方法をお願いね」
ティシリアは苦笑いした後で、表情を真面目なものに変えた。
「それじゃあ、それぞれ、行動開始よ」
ティシリアの号令に、キシは布魔に乗って施設内の監視、キャサリンとキャシーは作業員へ水や食料を配っての慰問、ビルギとヤシュリにタミルは地上に戻って周辺の警戒を行う。
崩落の向こう側へ行くティシリアたちは、懐中電灯や護身用の銃器を所持して、開通した穴を通っていった。
穴の先にあったのは、ぽつぽつと通路灯がある薄暗い空間。
懐中電灯が必要がないくらいには明るいため、ティシリアたち全員が両手に銃器を保持しながら通路を進み始める。
リアクター爆弾の衝撃で吹き飛ばされてきたのか、人型機械の残骸がいつくか転がっている。
動けば移動が楽になるからと、目についた人型機械のコックピットない入り、動くか試してみる。しかし動かない。
早々に試すことは無駄と判断を下し、残骸の上を乗り越えたり、横に迂回したりしながら、ティシリアたちは進んでいく。
下り坂の通路を道順に進みに進むと、広場になっている空間が先に見えてきた。
ティシリアたちは緊張感に包まれながら、慎重に進み、その広場に入る。
素早く周囲に銃口を向けて、襲い掛かってくるモノがないことを確認してから、改めて中の様子を観察していく。
「ここは、工場かしら?」
ティシリアが言った通りに、一見すると工場のような機械とベルトコンベヤーがある空間だった。
問題は、その規模がとても大きいことと、作っているものが人型機械――ファウンダーとハードイスだということだ。
今はリアクタ爆弾が爆発した衝撃で動きを停止しているが、ひとたび動き出せば、資材が尽きるまで延々と人型機械を作り続けるのだと予想がつく光景だ。
「無限に人型機械が出てくる施設ってキシがいっていたけど、こういうカラクリがあったわけね」
ティシリアが頷いていると、アンリズが耳打ちするべく顔を寄せてきた。
「ここで人型機械を作っているというのなら、リアクターの製造法もあるんじゃない?」
「あっ、そうよね。安全のためにヤシュリとタミルを連れてこなかったことが裏目に出ちゃったわね。でも、私たちだけで周辺を探してみましょう。リアクターを私たち自身で作る方法が見つかるかもしれないわ」
ティシリアの号令に、それぞれ工場内を探していく。
もちろん、しらみつぶしに探すなんて時間がかかる真似はしない。
まずは工場のラインを遡って、リアクターを人型機械に接続するセクションを探す。その後、そのリアクターがどこから運ばれてくるかを、道順を遡って辿っていくのだ。
そうして見つけたのは、完成済みのリアクターが山と積まれている倉庫だった。
その光景にティシリアは圧倒されながらも、困り顔になる。
「これはこれで大発見だけど、製造法じゃないわね」
「こうして山になっているのを見ると、この工場では作れないと見るべきよ。やっぱりリアクター製造専用の場所があるのよ、きっと」
アンリズの意見にティシリアは同意しつつ、本来の目的――人型機械を操る親玉の情報の探索に戻る。
工場の奥へと進むと、さらに通路があり、さらにその先へ行く。
今度は坂道ではなく、水平の通路になっている。
ここまでと構造が変わったことで、いよいよこの施設の終わりが見えてきたという感じが強まる。
そして、通路の突きあたりに見えてきたのは、配管やコードが繋がれた巨大な台座。
台座の中央には、カーゴや『タラバガニ』に使われていたものより大きな、巨大なリアクターが備え付けられていた。機械の駆動音がしていることから、このリアクターは稼働中であるとわかる。
「このリアクターが生み出す電力で、工場を可動させていたのね。そして爆発の衝撃で、この場所と工場を繋ぐ電力パイプが切断されたことで、施設全体が停止したと見るべきね」
「では、そのパイプを繋ぎなおせば、この施設は再び蘇るわね」
「それこそ、作業員が故障していた『基地』にできるわ。資材がある限り、ファウンダーとハードイスを作れるんだから、ここを入手した組織は一気に大手に躍進よ」
ティシリアの言葉を、アンリズは疑問に思った。
「他人事のように言っているけど、いまこの場所を手に入れているのは、私たちよ?」
「こんな重要施設、十人ぐらいしか人員がいない『知恵の月』が持ち続けられるわけないじゃないの。欲をかいて持ち続けようものなら、他の抵抗組織に狙われ続けることになるわ。そんなことになるぐらいなら、この場所を探索して必要な情報を得たら、速攻で売りに出すほうが安全よ」
ティシリアの主張はもっともなことだったので、アンリズだけでなく三名の戦闘部隊員も支持した。
「ティシリアがそう決めたのなら従うまでよ。けど、これだけの施設を売りにだしたら、値段なんてつけられないんじゃないかしら?」
「その点は大丈夫よ。『知恵の月』としたら、売ったという事実がほしいだけだもの。値段は気にしないから、端末通信でできる、すべての抵抗組織参加のオークションにかければいいわ」
「……最大規模の抵抗組織たちが、値段を吊り上げていく光景が目に浮かぶわ」
「というわけで、よろしくね」
ティシリアに良い表情で肩を叩かれ、アンリズはその仕切りを任せられたと感じ、すぐに頭の中でオークションをどうやるか考え始める。
考えに沈むアンリズを横に、ティシリアと三名の戦闘部隊は巨大リアクター周辺を探索して、人型機械の親玉に通じる情報がないかを調べていく。
しかし、肩透かしに終わってしまう。
「見つけられたのは、運搬機にも使われていた、受信専用の通信装置だけね。でもそのお陰で、ここが人型機械を生み出す工場という見方が正しい証明になったわね」
この場所は自動製造工場であるため、作る機種の指定と作り上げる締め切り日時を設定すれば、万事事足りてしまう。施設から親玉にお願いを通信する必要は欠片もない。
そして製造に問題が起こった場合でも、親玉が気にしないことは、この施設が停止して何日も経っているのに、人型機械を差し向けてこないことを見れば自然とわかることだった。
「でも、工場を再開させたら、私たちがやられたように、襲撃者を送り込んできそうよね」
「そうなると、パイプを繋ぎなおすのは、売り払った後の方がいいってことね」
「これ以上は下手に弄らないまま、売っちゃった方がいいわ。こちらは高値で売る気はないんだし、多少の不備を残してオークションにかけたほうが、他の組織も落札に参加しやすいと思うしね」
ともあれ、『タラバガニ』から続いた、人型機械を操る親玉に通じる情報を得るヒントは、ここで途切れてしまった。
そうと知っても、ティシリアはあっけらかんとしたものだ。
「今回がダメでも、次の機会は絶対にあるわ。それをものにすればいいだけだものね」
周りにいるメンバーを気落ちさせないように告げると、ティシリアは率先してきた道を引き返していく。
そして、作業員にこれ以上の発掘は必要ないと告げて解散させ、この施設を他の抵抗組織に売却するために動き出していくのだった。