八十二話 比野/試行中
地球の日本。そして東京の中野区にある『メタリック・マニューバーズ』専用ゲーム店舗一号店。
比野はこの日もお客に詰め寄られていた。
「なあ、店員さん。あんたのデータが入ったNPCと戦えると聞いて、例の水場のマップに行ったのに、いなかったんだけど!」
「申し訳ございません。どうやら撃破されたら現れなくなる敵だったようでして、それ以降は現れていないんですよ」
「ええー、詐欺じゃんかー。っていうか、本当にそんなNPC居たのー?」
疑う客に、比野はにこやかにお店の端末を見せ、画面に一つの映像を流し始める。
「いたことは間違いないですよ。こうして、映像が残っていますので」
比野が流しているのは、湖での戦闘の映像を編集したもの。
元は店長が、比野に預けた愛娘作のペンギン型外装の雄姿を撮るために、参加機体から収集した映像だった。
比野は、その娘さんに見せる映像を編集する作業を任せられたとき、ついでに例のNPCの映像も編集していたのである。
見どころは、やっぱり最終版。比野とNPCが戦う場面。生き残りのプレイヤーたちが観戦していたため、良いアングルが選びたい放題だった。
特に最後の最後、両手を失ったファウンダー・エクスリッチが、機転を利かせて自爆するところが迫力満点だ。
一連の映像を頭から最後まで見ていたクレーム客は、感心したような声を上げる。
「ほへー。本当に噂のNPCはいたんだ。でも、凄い腕前だなぁ。これが一番最初、初心者向けのマップに現れたって、鬼畜過ぎでしょ」
「本社発表ではないですけど、噂では初心者用ミッションをサブアカで荒らすプレイヤーへの警告じゃないかって言われてましたね」
「店員のお兄さんも、そう思っているわけ?」
「さあ? 意外と、本社の人が遊び心で入れたって感じじゃないかなって、個人的には思ってますね」
「ふーん。まあいいや。いいもの見せてくれてありがとう。この映像、掲示板にアップしないの?」
「そうですね。今日の業務が終わったら、個人的に投稿してみるかもしれませんね」
「絶対に公開したほうがいいって。見どころあるし、トッププレイヤー同士の戦いって感じで人気が出ること間違いなしだよ」
「片方、NPCなんですけどね」
「そんな細かいこと気にすんなって。そんじゃあ、別のマップに出撃するとしますかなー」
不満が解消された様子の客は、意気揚々とゲームに戻っていった。
比野は苦笑いで見送ると、業務に戻った。
そしてこの夜、あの客と話し合った通りに、比野は例のNPCの映像をメタリック・マニューバーズの映像投稿用の掲示板に投稿した。
映像を見たプレイヤーたちは、様々な反応を起こす。
『なんだこれ。説明文だとファウンダー・エクスリッチはNPCって書いてるけど、大会代表レベルだろ』
『編集してあるし、プレイヤーが操っている機体を撮って、NPCって言っているだけのニセモノじゃねえか?』
『俺、初心者。このNPCと戦ったことあるけど、間違いなくこんぐらい強かったってばよ』
『本当か嘘かわからないけど。本当のことだったら、手軽に大会代表レベルの相手と腕試しできるんだから、機会があったら戦ってみたいよな』
『賛成。おい、開発元の四角辻研究所。このNPCと戦えるミッション作れよな!』
『こんな相手と戦える戦場を用意しているなら、事前告知しろよ! 使えねえ!!』
掲示板内はワイワイとお祭りのように騒がしくなりながら、この日は更けていった。
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休憩所で英気を養った後、キシ、ティシリア、キャサリン、ヤシュリ、タミルは、二機の人型機械に分乗して、ビルギ達が作業している発掘現場へと向かった。
向こう側からくる報告だと、発掘作業は進んでいるものの、集まってくれた他の抵抗組織は破壊されたファウンダーとハードイスを運び出す方を優先しているらしく、急いで向かうほど進捗はないらしい。
それならと、キシたちは無理しない速さで進むことにした。
運転に疲れたら機体を止めて休み、夜になったらコックピット内で就寝し、食事休憩も一同で集まって取る。
その休憩の中で、食事後の食休みの間だけ、キシは新しい乗機――各部を改造されている布魔の操作の習熟訓練を、一人で行うようにしていた。
「これで比野との機体性能に差はなくなる。なら勝負は、お互いの腕前だ」
元が同じ存在なので腕前は同じと言えるかもしれないが、この世界にいるキシと、地球にいる比野とでは環境に差がある。
この世界は地球よりも三倍から四倍も早く時間が流れるうえ、キシは一日のうちで操縦技術を学ぶ時間が多く取れる。
一方で比野は、一日の大半を業務に消費しているし、半引退した身のため業務以外でメタリック・マニューバーズに入ることは少ない。
言わば、キシの方が腕前を成長させることができる環境に、身を置いていると言えた。
「地球じゃ、メタリック・マニューバーズだけやって生きていけるってわけじゃないからな」
苦笑いに近い感情を抱きながら、キシは布魔の挙動を確かめるための操作を行う。
各部の反応速度、機体比重による動きのクセ、武器持ち換え動作にかかる秒数、バーニアの可動噴射角と最大放出速度。
そして一番大事な三次元戦闘――空中での機動力を確かめていく。
「縦横無尽とまではいかないけど、高く跳び上がった後で、落ちながら前後左右に移動することは可能だな。こんな挙動を取られたら、当てるのは難しいよなぁ」
バーニアの噴射角度を変えることで、ゆらゆらと揺れながら落ちるような挙動を取ることができた。
空中へ跳んで、その後にバーニアを噴射させて前方に逃げるということは、前々から可能ではあった。しかし、空中にいて玄妙な動きで相手をかく乱できるような挙動は、一握りのトッププレイヤーが専用の機体を使わないとできないことだった。
しかし、布魔という機体は、その空中機動をかなり簡略化して行うことを可能にしていた。忍者っぽい見た目に似合った挙動ができるようにと、機体の開発元が苦心した結果である。
そして、キシが乗るこの布魔は、その空中機動の強みを生かした改造を施してあるようだった。
「元は高速機なのに、中速度帯のバーニアに付け替えたのかが謎だったけど、空中での挙動を複雑化できるようにしたんだな。高速機用のバーニアだと加速が直線的だし、力が強過ぎるもんな」
この布魔を改造した改造師の腕がいいと理解しつつも、キシが鹵獲した際にこれに乗っていたプレイヤーの腕がより残念だったと知ることもできた。
「やっぱり機体性能だけあっても、使いこなせなきゃ意味がないってことだよな」
キシは熱意を入れなおすと、訓練を繰り返していく。
空中で移動しながら地上の目標に照準を合わせてみたり、隙ができる着地の瞬間をどうカバーするかを試したり、地上を高速で移動しながら唐突に空へ跳ぶ挙動を行ってみたりする。
その試行の一つ一つが経験となって積み重なり、キシの布魔を操る腕前がメキメキと伸びていく。
とはいえ、延々と訓練をしているわけにもいかない。
訓練を楽しく続けているキシに、ティシリアからの通信がやってきた。
『訓練に精を出すのはいいけど、移動を再開する時間よ。ヤシュリを取りに戻ってきなさい』
「はいよー。いまから戻る」
キシは布魔を地面に着地させると、各部のチェックをサブモニターで行う。
多少無茶な挙動も試したが、各部に疲労が溜まっている様子はない。各関節も、改造で補強が入っているようだ。
「既存機だとティシュー装甲で覆われている部分を、通常装甲に変えたことで重量が増しているもんな。関節も強化しておかないと、壊れる原因になっちゃうよな」
キシはこの布魔を改造した人の腕前を褒めてから、ティシリアが食事休憩をしている場所へと戻っていった。