八十一話 休憩所に帰還
先に逃げていたティシリアたちが休憩所で待つこと三日。
ようやくキシがファウンダー・エクスリッチに乗って戻ってきた。
しかし、ファウンダー・エクスリッチのボロボロの姿――胸元から上が消失し、背中は金属の破片が突き刺さったままで、機体のバランスを取るためにしゃがんだ状態で無限軌道を使って移動している――に、ティシリアたちはとてつもない衝撃を受けていた。
「まさか。キシのファウンダー・エクスリッチが……」
ティシリアが青い顔で、呟きを漏らす。
人型機械に乗ってたたかうキシのことを、死なない英雄のように思っていたため、ファウンダー・エクスリッチがあんな状態になるだなんて思ってすらいなかった。
絶対に無事で戻ってくると考えていたからこそ、熟練プレイヤーたちが集まった戦場へ、兄のムディソンを助けに戻って欲しいとお願いしたのだ。
その結果が、ああして廃材一歩手前のような姿になった、ファウンダー・エクスリッチである。
自分の考え違いによって最悪の状況を考えてしまっていたティシリアは、コックピットへと視線を向けなおして、一気に顔色が戻った。
視界確保のために解放されたハッチから、キシの無事な姿が見えたためだ。
「よかった」
盛大に安堵しながら、ティシリアは迎えに行こうと、休憩所の外周まで歩いていく。
キシの方も、近づいてくるティシリアの姿を見つけ、万が一の惨事を考えて、ファウンダー・エクスリッチを少し遠間に移動を停止させると、スイッチを切ってリアクターの働きを止めた。その後で、コックピットからモタモタと下りて、地面に着地する。
キシは砂と岩石の地面を歩いていき、出迎えにきたティシリアが飛び掛かるようにして抱き着いてきた。
色っぽい展開が始まるかと思いきや、ティシリアはキシの体をペタペタと無遠慮に触っていく。
「ねえ、怪我とかしてないわよね。実は背中に破片が刺さっていたりしないわよね!?」
「ちょ、わぷっ。大丈夫だから。怪我はしてないから」
体だけでなく頬まで触られて、キシは喋りづらそうにしながらティシリアを押し退かし、元気だとアピールするべく力こぶを作るような動作を行う。
それでもティシリアは心配なのか、しきりに視線を動かして、キシの体のチェックに余念がない。
その姿は、母がヤンチャな子供を心配しているような雰囲気がある。
「本当に無事なのね。ファウンダー・エクスリッチがあんな状態だから、見たとき生きた心地がしなかったわよ」
心配させないで欲しいと膨れる姿も、どこか母性というか、保護者然とした趣が強いように、キシには感じられた。
そのため、ティシリアにこれ以上気をもませないように気遣って、ことさらに明るい口調で事情を話していく。
「相手が悪すぎてね。あんな状態になる戦法を使ったのに、一矢報いるだけで精いっぱいだったよ。ああ、ティシリアのお兄さんは無事に逃げたみたいだよ――って、情報を扱う『知恵の月』ならすでに知っているよな」
「お兄ちゃんのことはすでに知っているわよ。キシの働きに感謝するって、人型機械二機分のお見舞金を渡されたわよ。きっと、キシが死んだって思っているわよきっと。こうして生きているっていうのに!」
不満そうに言うティシリアの語気の強さに、キシは思わず困り笑いする。
「まあ、死んだふりでやり過ごしたからね。あの戦いを見ていたら、そう思ってもしかたがないかな」
「それにしてもよ。死亡確認をしてないのに、死んだものとして扱うなんて、酷い行いよ。お兄ちゃんってば、昔っから人の扱いが悪いというか、人を使って利益を得ることばっかり考える節があるというか」
兄妹の関係で不満が溜まっていたのか、ティシリアの愚痴が続く。
キシは困り顔のままで聞いていたが、不意にティシリアが真剣な目つきに変わった。
「それで、キシが乗るファウンダー・エクスリッチをあんなにした相手って、キシの知っている相手だったの?」
「知っているもなにも、俺、だったよ」
「? なにか、意味が分からないことを聞いたような気がするのだけど?」
「詳しく言うなら、地球にいる『比野』の知識を入れられた人物で、俺とは別の『キシ』が相手だったってこと」
「キャシーとキャサリンみたいに、元は同じでも別の人間ってことよね?」
「そういうこと。それで、別の俺に俺はやられてしまったってわけ」
「同じ人間なら、腕前も同じでしょう。なのに、あんなになるほど負けちゃったの?」
「相手の機体が、改造を施された最新鋭機の布魔だったからな。ファウンダー・エクスリッチじゃ、勝てる見込みが薄すぎたよ」
キシが苦笑いで肩をすくめると、ティシリアは意外そうな顔をした。
「布魔って、うちの運搬機のハンガーに入れてある機体よね。その機体がいい機体だっていうのなら、どうしてキシはファウンダー・エクスリッチに乗り続けていたのよ」
「並大抵の相手ならファウンダー・エクスリッチで対応できるし、もし破損しても元はファウンダーとハードイスとエチュビッテだから修復材料が手に入りやすいからな」
もしもこの世界がゲームの通りだったのなら、キシは布魔にすぐ乗り換えていたことだろう。
しかしここは現実の世界だ。布魔の手足が壊れたからといって、すぐに修復する材料が手に入るわけではない。それなら布魔は虎の子として温存しておいて、使い倒せるファウンダー・エクスリッチに乗り続けたほうが継戦に適していたのだ。
「とはいえ、あんな状態になっちゃったら、ここは素直に布魔に乗り換えるしかないな。それに、俺は布魔の価値を勘違いして、低く実力を見積もりすぎていたってことを、別の俺が教えてくれたしな」
「意外。キシでも人型機械のことで見誤ることなんてあるのね」
「そりゃあるさ。あの布魔を使っていた運転手のヘボな挙動の印象が強すぎて、最新鋭機とは名ばかりだって誤った判断をくだしていたよ」
キシは、このまま人型機械談義に入ろうとしたが、ティシリアの表情が興味なさそうだと理解して、説明を止めた。
「なんにせよ、俺が布魔を使いだしたら、それこそ他に敵はいなくなるだろうな。もう一人の俺相手でも、圧勝して見せると約束するよ」
「それはよかったわ。ささ、キシは戻ってきたばかりで疲れているでしょ。休憩所でゆったり休みましょう。移住してきた人が、人型機械の排熱や太陽の光で温まった地面の熱を利用して水を温めた、お風呂屋を開いたのよ。入れば疲れが取れるわよー」
「お風呂! この世界にきて初めてだな。というか、お湯の風呂の概念があったことに、ちょっと驚いたよ」
「ふふっ。お風呂といえば、機械の排熱を利用したサウナだものね。でもお湯のお風呂は、リアクターが豊富な場所の贅沢として、前々から作られていたわよ」
さあさあと背中を押されて、キシはそのお風呂屋へと連れていかれた。
利用代は『知恵の月』のメンバーだからと無料になり、人型機械用の弾の薬莢を流用したドラム缶風呂を堪能させてもらうことになった。
キシが作法としてかけ湯や先に体を石鹸で洗ったりしていると、風呂屋の店主に面白いものを見る目を向けられてしまう。どうやら、この世界の人はドラム缶風呂の中に入った状態で、体を洗うそうだ。そうしてお湯が汚れるからこそ、ドラム缶風呂という、一人用のお湯の風呂が作られているそうだった。
なにはともあれキシは、地球で暮らしていた『比野』の知識を抜きにしたら、人生で初めての風呂を堪能したのだった。
風呂から上がったキシは、休憩所の建物内で水を飲み、レーションを食べながら、ティシリアが語る今後の予定を聞いていた。
「とりあえず、『タラバガニ』のリアクターを運んでいた飛行物体は、辿る糸が切れちゃったから続行不能よ。そのため、私たちはビルギたちが継続してくれている発掘作業に、力を注ぐことにしたわ」
「崩落した先に、人型機械の親玉に通じるものがあるか探すんだよな」
「理想は双方向でやり取りできる通信機だけど、最悪でも次につながるヒントのようなものがあればいいわね」
「望み薄そうな表情をしているけど?」
キシの指摘通りに、ティシリアは大して期待していないような顔つきだった。
「だって、人型機械が集ってくる様子がないんだもの。一機の運搬機ですら、数日かけてでも取り返しに来たっていうのに」
「その反応の鈍さから、大した情報はない見込みなわけだ」
「手がかりがなくても、振出しに戻るだけ――いいえ、大量の人型機械の残骸がある施設だし、売ればそれなりの資金が手に入るわ。どちらに転んだとしても、『知恵の月』には得しかないわね!」
無理やりに元気な言葉を作るティシリアが可愛らしく映り、キシは悟られないように忍び笑いながら話を続ける。
「それじゃあ、俺たちはまた移動するわけだな。でもトラックはないし、運搬機は休憩所から動かせない。俺は布魔に乗り換えるとして、キャサリンはドドンペリに乗るだろ。ティシリアとメカニックの二人はどうするんだ?」
「分乗するしかないでしょう。キシとヤシュリの男性組、ワタシとキャサリンにタミルの女性組にね」
「まあそうなるよな。一応、サンドボードはもう一つあるようだけど、使わないのか?」
「そう急いで移動する必要はないもの。人型機械二機だけで行きましょう」
「出発はいつ?」
「向こうに問題が起こっているわけじゃないし。休憩所で二、三日ゆっくりしてからいくとするわ」
予定が立ったところで、キシは後ろから抱き着かれた。振り向けば、キャサリンだった。
「キシー、ようやく帰ってきたのねん。無事の帰還を祝って、祝杯を振舞っちゃうわん」
キャサリンが抱き着きながらキシの前に置いたのは、白濁した液体だった。
レーション酒と思わ肢き飲み物に、キシは鼻白む。
「肉体年齢的に、お酒はちょっと」
「大丈夫、移住者から教えてもらったノンアルコールだからねん」
早く早くと、背中に豊かな胸を押し付けながら言うキャサリン。
キシは観念して、とりあえず一口飲んでみることにした。
「……スポーツ飲料――いや、甘酒??」
キシが感じた酸味と甘みは、濃厚なスポーツ飲料とも、さらさらとした甘酒とも似ている。
不思議な味わいに、二口、三口と飲んでいく。
キシが飲料に集中しているため、無視される形となったキャサリンはムッとしながら、キシの耳元に口を寄せた。
「その飲み物ってね、疲れた時に飲むもので、地球で言う栄養剤みたいなものらしいわよん。飲んだ日の夜には、ギンギンっていってたわん」
「ぶふっ!? な、なんてものを飲ませたんだよ!」
「あらん? 激闘の後に、ボロボロの機体で逃避行してきたのよねん。そんなお疲れのキシには、もってこいの飲み物だと思ったのだけど――ああー、若いんだから、飲まなくたってギンギンってわけねん」
「どこを見ていっているんだよ。っていうか、くっつくな、離れろよ!」
「ああーん。こうしてぞんざいに扱われるのも、キシ相手にならいいわ~ん♪」
ぐいぐいとキシはキャサリンを押して退かし、変な飲み物の口直しに水を飲むと、念のために布魔のコックピットに籠城することにした。
その夜、変な飲み物の効果か、ここまでの疲れが吹っ飛んで眼が冴えてしまい、キシは眠るに眠れないまま朝を待つことになってしまうのだった。