八十話 VS『比野(キシ)』
ペンギン型の機体から現れた『比野』の布魔に、観戦していたプレイヤーの数人が色めき立った。
『うはーー! なんだこれ、なんだこれ!!』
『ご本人様が、自分の戦闘技術をコピーした相手(NPC)を倒しに現れたぜ!』
『えっ、まさか。あれって本当に、噂の元日本代表かつ元世界王者で、現在一号店の店員をしているっていうプレイヤーの人なのか!?』
混乱する彼らに向かって、布魔は丁寧なお辞儀をした。その滑らかな動きを見れば、関節の駆動系が出荷状態より良く改造されていることが理解できる。
『初めまして、皆さん。俺が噂になっている、例の店員本人です。本当に、自分のコピーがゲーム内で大暴れしてくれたことで、風評被害が酷いことになって困っているんですよ。優しさが欲しいです』
『うははー。本人宣言、きましたこれは!』
『なあなあ! あのファウンダー・エクスリッチを討伐し終わったら、オレたちと戦ってくれよ、いいだろ!?』
『くっそー! こんな機会があるって知っていたなら、水陸両用機じゃなくて主力機を持ってきたってのにー!』
ワイワイと騒ぐ彼らを見て、キシはこっそりと逃げようとする。
この状況は、ティシリアが言っていた無茶な現状であり、逃走に値する現場と判断したからだ。
しかしその判断は、『比野』に読まれていて、布魔の目はファウンダー・エクスリッチをとらえたままだった。
逃走は無理と判断したキシは、腹を括る。
ファウンダー・エクスリッチで、最新機体かつ改造まで施されている布魔と戦う決意をしたのだ。
その決心が伝わったのか、『比野』は安心したような態度で、メタリック・マニューバーズのゲーム店の店員らしく、プレイヤーたちに調子のよい言葉をかけていく。
『これはバトルロイヤルですからね、戦闘の受け付けは戦闘時間が終わるまでしておりますとも。ということで皆さん。俺があのNPCと戦うことに、意義はありませんね?』
『『異議なーし!』』
『実質、世界大会レベルの戦闘が見られる機会だし、邪魔する気はないぜ』
『本人とコピー品のどっちが強いか、興味もあるしな。惜しむべきは、両方の機体に性能差があることだけど、そこも楽しみだしな』
『ファウンダー・エクスリッチなんて旧型中の旧型テンプレ機体で、最新機にどこまで追いすがれるのか、いい参考になるよな』
『機体性能だけが勝負を決する差ではない――なんていう台詞がアニメにあったぐらいだしな』
全波帯通信で送られてくる、浮かれた子供のようにはしゃぐ声を聞きながら、キシは集中に集中を重ねていく。
相手は自分自身も同じだ。ファウンダー・エクスリッチという旧式機で戦うには、少しも気が抜けない敵だと理解しているからだ。
そうして緊張感を高めるキシとは裏腹に、『比野』はどこか侮った口調で通信を送ってくる。
『さて、俺のデータから生まれたNPCくん。手合わせ願うよ。どの程度、俺と同じなのか見てあげるよ』
来いと手招きする布魔。
しかしキシは取り合わずに、ファウンダー・エクスリッチを足下にある無限軌道で後ろへと下がらせた。
布魔は高速機かつ接近戦が強い機体だと、前に操ったときに感じていたため、距離を取って戦おうとしているのだ。
その行動を『比野』は評価した。
『俺が立場を変えた同じ状況に置かれたなら、挑発には乗らずに同じような選択をするけど――本当に出来がいいNPCだな』
少し違和感を持った口調ながらも、『比野』は布魔を発進させて近づいてくる。
その動きは、キシが布魔に乗っていたときに比べて手慣れた感じがあった。
どうやらキシがこの世界で過ごすようになって以降、『比野』は布魔を度々使っていたようだ。
機体操作の熟練度というカードですら優位に立てないと分かり、キシはいよいよ腹を括る。
「最悪の最悪で、ファウンダー・エクスリッチは捨てることになるけど」
それ以外に、『比野』を打ち負かして逃げることはできないと決意を固め、キシはファウンダー・エクスリッチに銃撃を行わせる。
布魔は、ファウンダー・エクスリッチのアサルトライフルが火を噴く直前に、ふわりと浮かぶような身動きで上空へと飛んだ。背中にあるバーニアの噴射力を小刻みに操作することで、機械ではあり得なさそうな挙動を獲得してみせたのだ。
キシは急いで狙いをつけて銃撃するが、右に左にと空中を漂うように移動する布魔に当てきれない。
「布魔の文字味は、この挙動だってことを、いまやってくれて見せているってことか」
自分と同じような存在ながら、遊ぶような身動きに、キシは腹が立ってきた。
しかし、その幻惑な挙動に、アサルトライフルの狙いが合わない。
そうこうしているうちに、布魔は地面に柔らかく着地し、そこから突如一直線に突っ込んできた。
緩急つけた挙動に、キシは面食らいながらアサルトライフルを発砲する。
弾が命中する直前、布魔が横滑りしたかのような挙動で回避し、さらに接近してくる。
流石は高速機。距離を空けていたのにもかかわらず、もう肉薄と言っていい距離しか、二機の間にはなくなっていた。
「このっ!」
キシは苦し紛れに、アサルトライフルをフルオートでばら撒いた。
少しでも接近を遅らせようという魂胆だったが、布魔はティシュー装甲を撒いた片手を頭部の盾に使って弾丸をやり過ごし、ナイフの距離にまで近づき終える。
『良い腕だよ。ファウンダー・エクスリッチの性能を十全に引き出せているね』
『比野』はキシを評価しながら、布魔に背中にあった刀を抜かせた。
この近距離で振られたら致命傷は避けられないと、キシはファウンダー・エクスリッチの右腕を突き出させ、そこに装備している短機関銃を発砲しようとする。
だが、操縦桿の引き金を引くことは出来なかった。
なにせ短機関銃の銃口を、布魔の掌が押さえている。ここで発砲しようモナなら暴発し、銃身が破裂して機関銃が壊れるどころか、装備している右腕にまで被害が及んでしまう。
「自分と同じ存在ながら、なんて先読みをするんだよ」
キシは短機関銃を撃つことを諦めて、左腕の隠し刃を伸長させる。そしてその刃でもって、布魔が片手で振ってくる刀を受け止めた。
遠心力が乗った威力を受け止めたことで、ファウンダー・エクスリッチの左腕に強い負荷がかかる。
それは、多段式ロケットランチャー装備の機体を倒した際に、補助関節部が破損していた左肘に悲鳴を上げさせる結果を生んだ。
「左腕が壊れる! ここで壊れるのは、いかにもまずい!」
キシは右腕を腰までひきつけて、短機関銃を発砲しなおす。
だがもうそのときには、まるで一瞬で霧と化したかのように、射線上に布魔の姿はなくなっていた。
本当に機械の塊が消えるはずはないため、どこかに移動したことは確実。
その居場所を、キシは当てずっぽうながらも理解していた。
「俺なら後ろを取る!」
ファウンダー・エクスリッチは背部にある大型とサブのバーニアを最大噴射させて、前へとかっ飛ぶ。
その半秒後、ファウンダー・エクスリッチが居た場所に、布魔の刀が振り下ろされていた。
『思い切りもいいな。いや、本当にAIが動かしているNPCか?』
全波帯通信で送られてくる『比野』の言葉に、キシは悪態をつく。
「NPCじゃなくて、お前と同じ存在だっていうんだよ」
通信の送信を切ったままなので伝わるはずのない言葉をつぶやきつつ、キシは一矢報いる方法を考えていく。
最上は、相手が思ってもみない行動を考え付くことだが、相手はキシと同じ存在だ。キシが思いつくことを、思いつかないわけがない。
次点は、機体の性能を生かした戦法だが、対する布魔は全てのスペックがファウンダー・エクスリッチより上だ。しかも腕前はお互いに同じと考えられる。これでは性能の生かしようすらない。
「となると、泥臭い戦いしかないよな。幸い、壊れにくさだけなら、ファウンダー・エクスリッチは現時点でもいい線いく機体だしな」
キシは作戦を決めると、遠距離線を放棄して、自分から接近戦を挑む。
布魔に乗る『比野』も、分かっていたかのように、一直線に近づいてくる。
『あんまり長引かせると、NPCと腕が同じと思われちゃうからな。ここら辺で決着をつけさせてもらうよ』
「ゲーム感覚でものを語るなよな。こっちは必死だっていうのにさ!」
伝わるはずのない言葉を吐きながら、キシは布魔へ銃撃する。左腕一本で構えたアサルトライフルと、右腕にある短機関銃を、両方連射させる。
これで瞬間的に濃い弾幕が生むことができたが、この行動は『比野』の予想範囲内だ。
『ファウンダー・エクスリッチにできない、三次元戦闘を見せてあげるよ』
『比野』は宣言しながら、布魔を上空へと跳び上がらせた。今度は勢いよく、跳ぶ高さを得るための跳躍だ。
キシはファウンダー・エクスリッチの銃口を上へ向けようとするが、ファウンダー・エクスリッチの腕の持ち上がり方が遅い。銃撃を諦め、足下の無限軌道を利用した、地面にスラロームを描く回避を行う。
空を飛んだ布魔は、背中のバーニアを噴射させると、空中を飛行し始める。飛行専用機でなくとも、最新世代の機体なら、短時間の飛行が可能となっているのだ。
眼下で逃げ惑うファウンダー・エクスリッチに向けて、『比野』は電磁コイルガンを構えてダーツ弾を発射させた。
単発威力を上げた設計の銃撃を、キシはファウンダー・エクスリッチの盾で受ける。
しかしダーツ弾は、もともと貫徹力が高いうえ、布魔の銃は高威力だ。盾の表面から突き入った太い釘のようなダーツ弾は、左腕の中まで貫通して止まった。
運が悪いことに、この一撃で手への電送系が傷ついてしまい、ファウンダー・エクスリッチの左手からアサルトライフルが零れ落ちる。
貴重な攻撃手段を失ったが、キシはまだまだ諦めていない。
「跳び上がるだけなら、ファウンダー・エクスリッチにもできる!」
大型バーニアの推力任せに、キシは飛ぶ布魔を狙って、ファウンダー・エクスリッチを空中へと飛翔させた。
構えた盾をぶつけるシールドバッシュ狙いの行動だが、『比野』は冷静に対処する。
『その機体で、三次元戦闘を行うのは無謀だよ』
布魔のバーニアが強く輝いて、再上昇する。そして突っ込んできたファウンダー・エクスリッチの肩を足で踏むと、蹴り下ろすように足を動かして体勢を崩させた。
大型バーニアの推力が災いし、ファウンダー・エクスリッチは傾いだ体制のままで回転を始めてしまう。
キシは大急ぎでバーニアの噴射を止め、回転方向にカウンターを当てるようにして再噴射。無様に地面に墜落することだけは回避した。
どうにか着地したファウンダー・エクスリッチに、上空から降りてきた布魔が刀を手に襲い掛かる。
盾を構えて防ごうとするが、その盾ごと左腕を斬り落とされてしまった。
「片腕ぐらい!」
必要経費だと、近くにいる布魔の頭を狙って、右腕の短機関銃を乱射する。
弾丸の一発目、二発目は、狙いをつけきっていなかったことで、布魔の頭部の横を通り過ぎてしまった。
三発目、四発目になると照準が合い、命中する軌道になる。
だがここで、布魔が刀の腹を盾にすることで弾丸を弾いてみせた。
もちろん、弾丸をそんな場所で防げば、刀が無事で済むはずはなく、大きくひび割れていく。
しかしながら、発射された短機関銃は弾丸はすでに七発目まで達していて、八発目、九発目も刀の残骸で防がれてしまった。
この一秒にも満たない時間稼ぎは、『比野』が操る布魔が攻撃に移行するには十分だった。
布魔が右腕を振り抜くと、ファウンダー・エクスリッチの短機関銃が両断され、装着されていた右腕も半ばほどまで斬り裂かれる。
見れば、布魔の右腕の先から隠し刃が伸びていた。
「刀を持っていたくせに、もともとの装備は取り払っていなかったってのかよ」
キシはずるいと思いながらも、二の腕の半ばまで断たれてしまっている両腕をクロスさせて、両肘で布魔が突き出してきた左腕を防ぐ。右腕と同じように、左腕にも隠し刃が現れていたからだ。
どうにか攻撃をしのいだキシだが、両腕の肘から先を失っては、攻撃する手段がない。
布魔が振るう両腕の刃、そしてコイルガンから発射されるダーツ弾を、肩から肘までしかない腕にある装甲で防いで致命傷を受けないようにする。
だがこのままでは、じり貧に過ぎた。
『AIにしては、生き汚くも上手い戦い方だけど、ここから逆転は出来ないと思うよ?』
『比野』からの諦めろという提案がきたが、キシは肩から当たる体当たりで拒否の姿勢を見せた。
「両腕を失っても、まだ戦う方法はあるって言うんだよ!」
キシは突如ファウンダー・エクスリッチに背中を向かせると、すぐ近くにある物体に飛びつき、足で踏みしめた。
それは、ペンギン型の外装と衝突してへし曲がった、サンドボードの残骸だった。
その縁を蹴り上げるようにして立たせると、ファウンダー・エクスリッチはその影に身を潜らせる。
『それを盾に、もうひと頑張りってところかな?』
それならと『比野』は、残骸ごとファウンダー・エクスリッチを打ち倒すべく、斬撃と銃撃を至近距離で加えていく。
しかしキシの狙いは、残骸を盾にすることではなかった。
「これが最後の手段だ。いけえええええええええ!」
ファウンダー・エクスリッチは背中のバーニアを最大噴射させて、残骸を布魔へと押し込んでいく。
残骸ごと攻撃に転じると思っていなかった『比野』は、すぐに真っ直ぐにしか突っ込んでこれないと悟って、回避を選択した。迫る残骸の横へと移動し、衝突寸前のところで避けきる。
その瞬間、残骸から何かが動く音が響いてきた。
「俺なら、そうやると思ったよ」
ファウンダー・エクスリッチのコックピットの中でキシは呟き、操縦桿のボタンを押し込んだ。
そのボタンが割り当てられた役目は、サンドボードに搭載された砲や機銃を射撃させること。
ボタンは機能を十全に果たし、へし曲がったサンドボードの銃器の撃鉄が下りる。この音を、『比野』の布魔は拾ったのだ。
そして、潰れた砲身の中に、弾丸が発射される爆発エネルギーが充満し、やがてサンドボードの装甲ごと爆発した。
超大型の破片手榴弾のような、爆炎と破片を周囲にまき散らす自爆攻撃に、布魔は至近距離で晒されることになった。
『ぐぐううう。機体の損壊を厭わない、思い切りのいい戦法は、俺もよく使うけどさ。まさか自爆までしてくるだなんて!』
頭部とコックピット部だけは両腕で防御しながら、布魔は爆心地から離れるべく上空へ跳躍。
大きな破片が太腿と左肩に刺さるが、大きな被害はそれだけだった。
やがて黒い煙と砂煙が晴れ、自爆攻撃を仕掛けたファウンダー・エクスリッチの姿が見えてきた。
うつ伏せに倒れた背中には、無数の大小さまざまな破片が突き刺さっている。そして残骸を押す支えにしていた頭と両肩は、爆発によって吹き飛んでいて、胸部にあるリアクターが剥き出しになって見えてしまっているほどだった。
『比野』は朽ち果てたその姿を見て、感謝の念が沸き上がった。
『頭部破壊によって、こちらの勝ちが決定。でも、俺のデータを使ったNPCと聞いて、どんなものかと興味を持ったけど。性能が劣る機体で、最後にこれだけの破損をさせられるなんて、予想以上だったな。こんなことがあるから、メタリック・マニューバーズはやめられないんだよ』
『比野』は嬉しそうに呟いた後で、自身との対戦希望の有志を募るべく、観戦していたプレイヤーの元へと飛んでいった。
一方、ズタボロになったファウンダー・エクスリッチ。
そのコックピットの中。電力が落ちて非常灯の明かりで赤く染まっている空間に、キシは寝転がっていた。
「絶対に勝てない状況だからって、自爆でファウンダー・エクスリッチを残骸にすることで死んだふりして、布魔との戦闘をやり過ごそうだなんて、自分ながら思い切った手をやったよな」
キシは座席の裏に目を向ける。
そこには飛んできた破片がコックピット内へ入り込み、座席の背もたれに尖った先端が少しだけ埋まった光景があった。
「俺の悪運も捨てたもんじゃないな。はてさて、ファウンダー・エクスリッチの上半身はボロボロにしたけど、下半身はだいぶ健全に保てているはずだ。湖で戦うプレイヤーたちが立ち去ってから移動することが可能か、サブモニターでチェックするとしますか」
サブモニターに映し出された、ファウンダー・エクスリッチの全身概要図は、見事なまでに上半身が異常を知らせる真っ赤に染まっていた。
背中も全面にわたって赤く濡れれていて、バーニアは全滅だ。
その代わりのように、爆発の瞬間大地に伏せていた機体前面は損傷が少ない。リアクターからの動力が送られる線も、機体前面のバイパスを使えば下半身へと送電可能の状態だった。
「流石はタフさで定評があったファウンダー・エクスリッチだ。こんな状態でも、動けるぞ」
さて命綱となりえる脚部の調子はというと、ほぼ損傷ありの黄色で一部が赤色になっていた。
「無限軌道は利用可能。左足の電送系に問題はあるけど――迂回路で修復できる。よし、移動は可能だな。それなら、損傷が多い場所の送電は止めるように調整して、不意の火花で誘爆しないようにしないとな」
キシはファウンダー・エクスリッチの頑強さに安堵しながら、赤い非常灯の下、サブモニターで電送系の調整を始める。
地面から伝わってくる戦いの音は続いていて、まだまだプレイヤーたちの戦闘が終わる気配はない。
時間はたっぷりあると、暇つぶしと後の逃走における安全確保のために、調整は微に入り細を穿つような精度で行っていったのだった。




