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七話 情報の擦り合わせ

 補給地点にある休憩所。そこは、アメリカ映画で警官が休む時に使う、コーヒーショップのような建物だった。しかし内装のほぼ全てが金属製だ。

 店内にある四人掛けのソファーや一人用の足の長い丸椅子も金属でできていて、その座面や背もたれにクッションはない。

 キシは総金属の座り心地に慣れなれていないため、尻の座りが悪い気分を抱きながら、ソファーに座る。横にビルギが、対面にティシリアともう一人の情報官であるアンリズが座った。

 口火を切ったのは、ティシリアだった。


「キシが情報を隠していたっていうのは、本当なの?」

「どうやらそのようです」


 同意したビルギに、キシはすぐに割って入った。


「語弊がある。俺が知っているのは、ゲームの『メタリック・マニューバーズ』の世界観設定という、いわば俺たちの側が勝手に作った想像の産物だよ」

「あら、そうなの。でも、補給が終わるまでの、いい暇つぶしになりそうだから話してくれない?」


 キシの説明を、ティシリアは半信半疑どころか、八割がた疑っている様子だった。


「話す分には構わないけど。この世界の現実とは違うからって、怒らないでくれよ」


 キシはそう断りを入れてから、メタリック・マニューバーズの設定に書かれていたことを、掻い摘んで話し始めた。



 ゲームの舞台は、天の川銀河にある、地球とは別の星系にある惑星。その星の中にある、北半球から南半球にかけて存在する、巨大な大陸だ。

 その形は、北アメリカ大陸の南西にオーストラリア大陸の北東部をくっつけたような、上下で段違いになった『呂』の字のような見た目をしている。

 上半分の西側、上下を繋ぐ細い土地、下半分の東側は森林地帯となっていて、現地住民の生活の場となっている。

 しかしそれだけの生活圏では人口が賄えなくなり、人々は森林地帯から山を越えて、砂漠と岩石が広がる土地へと移住を開始した。

 そして広い荒野の中で、不可思議な物体をいくつも見つける。


「それが朽ちかけた人型機械で。それを復元して始まりの三つの機体となり、それら元にして開拓者が独自の機体の開発を始める。それらは、ときに作業機械として運用され、ときに戦争で使う道具となった。そんな人型機械を使った戦争の場面に、仮想の傭兵として参加するという設定でゲーム化したのが、メタリック・マニューバーズってわけだ」


 キシが語った一番大本となる設定に、ティシリアはしきりにうなずいている。


「上下に二つ大陸があるってことは知らなかったけど、この大陸の右側に山脈があって、その向こうに森林地帯があるのは本当のことね」


 ティシリアの呟きに、ビルギとアンリズが続く。


「人口増加で山を越えたっていう部分も本当ですよ。でも、そのとき既に人型機械は動いていたので、僕たちが修復したり開発したりはしていませんね」

「機体を操っているのも、傭兵ではなく、キシのようなどこから来たかわからない人物だしね」


 所見を交換しあった三人は、キシに続きを話すよう視線で求めた。

 キシは頷きつつも「その前に」と断りを入れる。


「俺が捕まった場所――ビューシュケイス廃都って名でこっちは呼んでいたが。そこは下半分の大陸にある土地だ。ティシリアもさっき、右側に山脈があると言っていたから、そういう認識であっているよな?」

「そうね。まあ、上半分があるかどうかは、私は知らないけれどね」

「じゃあ、とりあえずここが下半分だとしよう。そうすると、運転中にビルギが言っていた『北極星』が見えるのが変なんだよ」

「どうして?」

「だって、この土地は南半球にあるんだ。見えるのは『北』じゃなくて『南』の極星じゃないか」

「キシこそ何を言っているの。大陸の下側が北、上側が南じゃない。そしてこの大陸は、北半球にあるのよ」


 ティシリアは常識を語る口調だったため、キシは混乱をきたした。


「地図が上下逆さま――じゃないな、森林地帯は右側にあるんだし。となると、北と南の概念が、元の世界とは逆ってことなのか……」


 常識が異なる様に混乱を深めるキシは、一つの質問をティシリアにした。


「太陽が昇るのは、森林地帯側、砂漠地帯側、どっちから?」

「昇るのは東からだから、森林地帯に決まっているじゃない」

「東西はそのままなのかよ……」


 キシはこの世界の方角がよくわからなくなり、方向音痴に陥ったような錯覚を得た。


「北と南のことは置いておくとして、メタリック・マニューバーズの他の設定について、続きを話すぞ」


 人型機械を操る傭兵のもとには、様々な依頼が舞い込んでくる。

 砂漠を行くキャラバンの襲撃、敵対する相手の拠点の破壊、襲い掛かる傭兵からの防衛、一対一から十対十までの勢力間代理戦争、害獣の駆除、鉱物採取のための岩石破壊、等々。

 ミッションごとに得られるポイントが違うので、プレイヤーは自分の腕前に合う限りの仕事で高得点を狙う。

 そのことについて、ティシリアから疑問が。


「得点を稼ぐのは、なんのためなの?」

「ポイントはゲーム内通貨として使えて、機体のパーツに武器の購入ができる。パイロットの服装の変換や、機体運搬カーゴの改造にも使う。型落ち品限定ではあるけど、人型機械そのものも手に入れることができる」

「新作はその得点で買えないの?」

「一応買えはする。けど、べらぼうな値にポイントが設定してあって、現実的じゃない。それだけのポイントを集める作業量とプレイ料金を考えたら、リアルマネーで決済したほうが百倍は楽だ」

「そうなんだ。それで買った機体って、どう納入されるの?」

「傭兵の斡旋会社が仲介して、機体を作った企業から機体をもらい、専用の運搬機でプレイヤーのカーゴまで運んでくる。そういう設定だから、購入から操縦できるまで、少し時間が必要なんだ」

「その仕組み、私たちが使えないかしら」

「うーん。ポイントの計算はカーゴ内のコンピューターが管理し、斡旋会社のコンピューターに送信している、って設定だったから。プレイヤーからカーゴを分捕ることができれば、可能かもしれないけど。それはそれで難しいんだよなぁ……」

「それはどうして?」

「さっきポイントでの購入のときに言った、カーゴの改造の話に戻るんだけど。カーゴは害獣とかに襲われる心配があるからって、防衛手段を真っ先に設置することになっているんだ。始めたばかりのプレイヤーのならまだしも、それ以外のプレイヤーのカーゴは機銃から対人散弾や対害獣用ミサイルなんかがあって、『知恵の月』の人数じゃ攻め落とせないな」

「キシの乗っていた運搬機にも、そういうものはあったのね」

「俺のプレイ歴は長いからな。カーゴは内容量最大のものに買い替えて、防衛設備も最上のものを付けてあった。いわば要塞化していたから、カーゴを適当に大陸中を走らせるだけで、害獣撃破ポイントが入るほどだった」

「ふーん。そうそう簡単に、運搬機は手に入らないってことね」


 次の話題として、キシは設定に書かれてあった大陸の歴史――特に人型機械の開発史を語った。

 しかしそれはすぐに、ティシリアから止められる。


「始まりからして、まったくの大嘘ね。聞く価値がないわ」

「そりゃそうだろうな。なにせゲームが稼働して十年も立ってないのに、歴史上は三十年も経っているんだもんな。でっち上げに決まっていたか」


 キシが苦笑いして言った言葉に、ティシリアだけでなく、ビルギもアンリズも驚いた顔をしていた。


「私たちの親世代が、この砂漠地帯に出てきたのは、その通りに三十年ほど前よ」

「もしかして、キシさん。ここ十年の中で重大な事件があった日は書かれてませんでしたか?」

「抵抗勢力の一大拠点が、三年ほど前に多数の人型機械に襲われて潰されたの。そのことについて知らない?」

「そんな事件は設定に書かれて――」


 キシはそう言いかけて、アンリズが言った『三年』という年月に注目した。

 現実世界での十年が、こちらの世界の約三十年と同等とすると、彼女が言う『三年』はキシにとって『一年ぐらい前』になる計算だ。


「――その時期に、不可思議なミッションがあった。NPCの巨大集落を殲滅しろって簡単な内容にしては、変に各種取得ポイントが高く設定されていたやつ。美味しいミッションだからってプレイヤーが店舗に押しかけて、処理に大わらわになった覚えがある」

「あれだけの大事件だったのに、そっちはそんな軽い認識だったっていうの?」


 アンリズから放たれた冷たい口調に、キシは思わず背筋を伸ばしてしまった。


「えっとその、あのときはゲームが本当の世界のできごととは知らなかったから……」

「――いえ、ごめんなさい。あなたに怒るのは筋違いよね。なにせ『赤目』の機体は、あの場で確認されてなかったんだから」


 頭を冷やすからと、アンリズは休憩所の外へと出て行った。


「もしかしてアンリズさんって、その拠点にいた一人だったとか?」

「その通りよ。あの事件があったのは、大人数と沢山の武器と数機の人型機械が集まったことで、大人たちが増長して情報収集を怠ったからだって、アンリズは思っているの。だからこそ、いまでは優秀な情報官になっているわ」


 重々しい雰囲気になってしまい、そして情報官のアンリズがいつまでも戻ってこないため、これ以上の情報提供は取りやめになった。

 そう判断を下したティシリアのお腹から、ぐぅっと音が出た。


「あははっ。空気を読まないお腹の虫で、ごめんね」

「僕が買ってきます。といっても、ここじゃレーションしか食べ物はないですけどね」


 ビルギが苦笑しながら席を立ち、休憩所の奥にいた人に硬貨らしきものを渡して、四つの銀色をしたパックとストローを持ってくる。

 一人に一つずつ配ってきたので、キシも相伴に預かり、他の二人がそうしているようにストローをパックに突き刺して中身を吸った。


「うえぇー、なんだこりゃ……」


 シェイクのように吸いにくい液体なのに、水で薄めた豆乳のなかに栄養剤を砕いて入れたような味がした。そして後味はやけに粉っぽい。

 そんなわけのわからない物体を、ティシリアとビルギは美味しそうに飲んでいる。


「二人は平気なのか、これ?」

「平気もなにも、美味しいわよ。これひとつだけで、かなりお腹にたまるし」

「運転の中で言っていた、人型機械が生み出す食べ物がコレですよ。でもこれさえ飲んでいれば、栄養失調になる心配がない完全食です。僕の地方じゃ子供のうちから、よく飲まされていましたよ」

「給食の牛乳みたいな、健康ドリンク的な位置づけのものなのか……」


 キシは手のパックを少し見つめ、貧乏性からもったいない精神を発揮し、目をつぶって中身を味わわずに飲み干すことにした。

 そして完食ならぬ完飲し終わった後で、ハッと気付く。


「この場所で水と食料を補給するといっていたけど、もしかして」

「その通り。コレを買い込むわ! 資金が許す限り、全部!」

「直接買い付ければ安いですし、日持ちします。そして擱座した機体がない休憩場所では、他の人たちとの物々交換で、優先的に取引できる優れものですから」

「ひどい味の栄養ドリンクが通貨替わりって、ディストピアのゲームの設定だよなぁ……」


 今後も付き合うことになりそうな銀パックへ、キシは恨めしい視線を送ることしかできなかったのだった。

ここからは、一日一話更新になります。

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